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37,尋問

 ヨルク商会に手紙を預けてから二週間ほど経った頃、実家から呼び出しがあった。


「ニコラハム男爵領についての調査だ」

 そう言って兄が差し出した資料に目を通す。


「農作物や街道の通行量に例年との差はない。にも関わらず領民の生活に潤いがある」

「ああ、富裕層向けの嗜好品が人気だと聞きました」

「税が大幅に下げられたそうだ。なんでも聖女様のお祝いという名目で一定期間」


 北部は気候柄、育てられる農作物は決まっている。飢えることはないが、生活に特別余裕があるわけではない。だが男爵の事業がうまくいっているという話も聞かない。


「男爵はアニスバーン伯爵家に資金援助を受けていた。表向きは一部農作物の独占と街道の通行料免除。実際は男爵家から魔力の強い子供を養子に取ったという噂がある」


 南方のアニスバーン伯爵家はミラッド伯爵の晩餐会へも参加していた保守派だ。


「男爵家からですか?」

「だからあくまで噂なんだ。俺自身、先代の頃から跡取りに苦慮していると学院時代に聞いたことがある」


「保守派を調べるのであれば気をつけろ、敵に回すと厄介だ」





「それで私のところへ来たのですか? 正直その思考を疑いますね」

「あなたが誰よりも情報を持っていると踏んだ」


 兄の報告を受けた翌日、やって来たのはモントール子爵のタウンハウスだった。

 子爵は普段、南方の領地と王都を行き来している上に、商売で国のあちらこちらを移動している。探すとなれば時間がかかるのでまだ王都へ滞在していたのは助かった。


 訪問して以来探るような視線を向けられているが、そんなものには慣れている。子爵が対立する者であろうがなかろうが、情報が得られるのならば構わない。その後の対処次第だ。


「なにをお聞きになりたいのです」

「聖女様に関する間諜について」


 男爵や伯爵の名を出したところで答えは得られないだろう。余計なことをするなと釘を刺してきたくらいだ。だが聖女に関してならばどうだ。


「……残念ながら私はそのような情報を持っておりません」

 ぐ、と感情を飲み込み堪える。

「おや、氷刃の貴公子でも感情は出るのですね」

 晩餐会のときですら揺らがなかったのに、と楽しそうに言われ、軽い挑発にも反応しそうな己に嫌気がさす。


「私では望む答えを用意できませんがーー別の者に用意させましょう」

 どういうことだ。


「フォーサイス様、尋問の経験は?」

「それなりに」

「魔法は使えますか?」

「……多少なら」

「助かります。私は魔力がからっきしなので」


 そう言って連れてこられたのは、屋敷の奥まった場所からさらに地下へ降りた扉の前だった。


「この奥にはジャスカー商会の元荷運び人から平民を介して違法魔道具を受け取った、男爵家の使用人がいます」


 そのような報告は上がっていない。どのようにして連れてきたのかも尋ねたいところではあるが。


「彼はおそらくヴァプニー公国の人間です。あなたならお話できるでしょうか?」


 公国の人間ならば魔法に対する耐性がない。俺に尋問をしろということだろう。頷けば満足そうにし、扉の鍵を開ける。


 中に足を踏み入れれば、目に入ったのは薄暗く狭い空間に足元のランプがひとつ。その向こう、壁を背にして座らされた椅子に胴と手足を括り付けられ、目隠しをした一人の男がいた。薄汚れ、伸び放題の髭からは年齢などは伺えない。


「また来たのか、アンタも懲りないな。オレはなんの情報も持ってねぇよ」


 声からそれなりに年嵩だと判断する。あの食えない子爵が手こずった様子であり、この空間にも耐えうる精神力の持ち主だ。簡単には口を割らないだろう。

 入り口でこちらを窺う彼に尋ねる。


「残した方がいいものはあるか?」

「お好きにどうぞ」


 命すらもいらないと。垣間見えた子爵の危険性については後回しだ。

 扉が静かに閉まったのを確認し、今度は意識して空間を冷やした。人間を氷漬けにするほどの力はないが、凶器を振りかざさないように気をつけなければ。





 アニスバーン伯爵は帰国した聖女を男爵領で誘拐する予定だ。


「さすが、フォーサイス家の御子息御息女は皆優秀と聞いておりますが、ここまでとは! 尋問のために魔力持ちを雇うのはリスクが高くて躊躇っていたんです」


 結果に満足したのはモントール子爵だけだった。あの男が公国の人間であるということは最後まで引き出せなかった。それとも、満足と見せかけての嫌味だろうか。


「雇い主の目星はついておりますので」

「……」

 尋ねても答えなど返らないだろう。長時間の魔法使用で疲れ切った今、表情を取り繕えず睨むことしかできない。


「魔道具の密輸に関しては国が調査しているでしょう。そちらに尋ねた方が早いのでは?」

 つまりは公国で調べのついた者が雇い主と見ていいのか。では背後にいる者を知りながらも、子爵自ら間諜の尋問をしていたのは一体。


『あなたは聖女様をお守りすることだけに……』


「子爵は、」

「もうじき日が沈みます。屋敷までお送りいたしましょう」

「……馬で来ているので結構です」

 これ以上話すつもりはないらしい。


 ああ、それと。

「訂正します。晩餐会では揺らがなかったと言いましたが、結構出ていたのですね」


 制御できなかった魔法のことを指摘され、黙り込んだ。





 遅い時間であったが、そのまま屋敷ではなく王城へ向かった。まだ残っていた上官へ声をかけた後、宰相の元へ急ぐ。


 モントール子爵と地下にいた男については包み隠さず報告したが、宰相の判断で悪いようにはならないだろう。


「ご苦労だった。それにしてもアニスバーン伯爵か……」

「なにか思い至るようなことでも?」

「いいや、だが……卿は第二王子殿下の派閥であったな」

 保守派の中でも実動的な方であるとはいえ、聖女様を誘拐する必要があるだろうか。王国を守るための象徴だというのに。


「これは私の方で裏取りしよう。お前は魔法士と騎士団員を連れ国境へ向かわす。先日、治癒の進捗状況から滞在は伸びる可能性があると知らせが届いた。だが当初のひと月に合わせ待機しろ。男爵領へは別働隊を送る」

「承知しました」


「状況によっては公国へ向かう準備もしておけ。お前の弟のこともある。我が国以上の情報を持っていないとも限らん」




 王城を後にし、馬を走らせながら半月前のことを思い出す。


 あの日屋敷に駆け込んできたエドワルドは、魔力が強くなっていた。聞けば心当たりはカナメに会ったことしかないという。

 これまでに生まれもった魔力量の増減という現象は確認されていない。解明されていない聖女の力について、もし王国以上に詳しいものがいるのならば危険だ。

 今すぐ安全を確かめられないもどかしさに、離れた距離が憎らしかった。



 そうして向かった先の国境の街で、滞在中の館からカナメが居なくなったと知らせが届いたのは待機して五日目のことだった。

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