33,味方
警戒心を抱いたところで巻き込まれるときは巻き込まれるのだ。
館へ戻れば笑顔が怖いグライスさんにお迎えされた。
「あの若造になにかされませんでしたか?」
彼のブラックリストに入ってますよラスティン様。
グライスさんを宥めながら、帰りの馬車での会話を思い出す。
「このことは王国の者にも言わないでほしい」
「私一人が介入したところでどうにかできる問題だと?」
「そうではない。現状ではどこに敵がいるか分からない状態だ。協力者は慎重に選びたい」
アウタイン王国の使者まで疑うというのか。
「あんたの不満はもっともだが、身近な人間に全幅の信頼を寄せるのは危険だ」
真剣に言われれば、その裏の事情を察して口を継ぐんだ。
私は王国の人たちを信頼している。それはこの世界へ来てからの根拠だ。
黒幕の見当はついているが証拠は掴めていないという。
「あんたに直接頼むようなことは恐らくあまりない。ただ、あちらが聖女様に接触してくる可能性がある。信頼のおける護衛を寄越すが、肝に銘じておいてくれ」
公子を暗殺しようと企んだ輩に狙われていると聞き、縮み上がった。
「私はどうすれば……?」
「今まで通りエルの治癒を頼む。外出の際にはできるだけ声をかけるように」
「公国からの要請では魔道具の点検も頼まれているのですが」
告げれば青年の眉間にくっきりと皺が刻まれた。
ええ、魔道具ですからね、なんとなく気づいていましたよ。これはあちら側の依頼なんでしょう。
「どうにかこちらに寄越すよう伝えておく」
それほどの権限があるのだろうか。
断ることも考えた。公国の内政に関わる気など微塵もないし、下手すれば私の行動によって王国に迷惑がかかってしまう。
「他国の事情に深入りするつもりはありません。王国に害が及ぶようなら報告しますし手を引きます。それでもよろしければ」
私はこの人たちだって簡単に信頼するわけにはいかない。
「それでいい」
満足気に頷かれ、別れた。
「お帰りなさいませ、聖女様」
部屋で出迎えた公国の侍女に返事をし、荷物を預けてソファに突っ伏す。取り繕うだけの気力は残っていなかった。
「だいぶお疲れの様ですが、食事の前に休まれますか?」
「そうですね……」
返事をしようと彼女を振り返った私は驚いてバランスを崩し、ソファから転がり落ちた。
「聖女様!?」
「うあ、すみません大丈夫です、ちょっと手が滑りました」
怪我はないとアピールし、このまま夕食まで休みますと伝えれば心配そうにしながらも退出していく。
エリーも含め、侍女がすべていなくなったのを確認し声をかけた。
「アイザックさん……心臓に悪いです」
先程振り返った私が見たものは、侍女の横にしれっと立っていた彼だった。誰一人気にした様子がないことから、姿隠しを使っていたのだろう。
「声をかけるわけにはいかなかったので」
そうだけれども。
「なにかありましたか?」
「あったのは聖女様でしょう。どうされるんです、本当に他の者には黙っておくのですか?」
内密にと言われた話に触れられてぎょっとした。お店で彼は個室の外に待機していたはずだ。
「なんの為に俺が選ばれたと思っているんですか。壁一枚挟んだところで魔法があれば筒抜けです。馬車での会話はさすがに難儀しましたが」
風魔法とはそんなこともできるのか! 盗聴スキルとは恐れ入る。
さっそくラスティン様との約束を破ってしまったことになる。だが気を張り詰めていた私は藁にもすがる思いで詰め寄った。ただし青年と約束したので物理的な距離は保ったまま。
「どうしたらいいと思います!?」
「俺に聞かれても」
政治はさっぱりだという。分からないというより分かる気がないのだ彼は。そう思ったところで気がついた。
アイザックさんは魔法以外に興味がない。これほど信頼のおける味方はいないのではないか。というか既に知られてしまっているのでどうにもならない。
「そもそも、私自身にできることなどないと思うのですが」
「なに言ってるんですか。魔力の塊など研究職の人間からすれば渇望しますよ」
魔力の塊扱いされた。
アイザックさんは合成獣、そも魔獣には興味がないのかと聞けば否定される。畑違いというものだろうか。
「聖女様に接触を図るのであればその魔力が目当てでしょう。国力を鑑みても公国は現時点で戦争を起こす気などないでしょうし、正式に訪れている以上命を狙われたり表立った行動などはないと思いますが」
聖女様が公子側に協力せず、助力を求められたことが公国側に伝われば、今度こそ彼らの命はないかもしれませんね。
さっぱりと言いつつも私より現状を把握している。
「大公様は自分の息子を消そうとしてるってことですか?」
それならなぜ私に治癒の要請を?
「さぁ。国というものはそう単純なものではありません。その可能性もありますしそうではないこともある」
それこそ専門外だと言われてしまえばぐうの音も出ない。
自分の行動で人の命が左右されるなど勘弁願いたい。到底一人で抱え込む問題ではないが、不用意に口にすることはできなかった。
幸い王国の人間ですでに事情を把握している者が目の前に一人。
「あ、嫌な予感がします」
「以上、報告です。まだアイザックさんで止めておいてください」
しれっと巻き込ませていただいた。
翌日も公子の元へ向かえば、ラスティン様の横には初日に案内をしてくれたおじ様がいた。
「ご覧いただきたい魔道具をお持ちいたしました」
おじ様ことキアロッフォ卿は大公の側近だという。
「公国の生活には慣れましたかな」
「はい。快適に過ごさせていただいております」
共に公子の待つ部屋へ向かいながら尋ねられる。
「先日はラスティン様とマクラーレ様を伴い街に出られたとか」
「ありがたくも案内していただきました。とても活気のある街で満喫いたしました」
「それはなによりです」
部屋に着き、いつも通りに問診と治癒を行う。治癒後の体調も微熱程度で抑えられている様だった。これなら通常の生活を送れているはずだ。
「変わったことはございますか?」
「いいえ、特には」
目に見えて症状が改善されるにはまだ遠そうだ。
今日はおじ様がいるからか、いつも間近で治癒を見張っているラスティン様は壁際に控えている。
昨日の今日で魔道具を用意させるとは、国政への影響力を既に持っているのかと思えば、
「聖女様は我が国の魔道具も見てくださると聞いたので、こちらに運ばせました。傍で見せていただいてもよろしいでしょうか?」
なるほど、公子の指示という筋書きだった。
「もちろんです。とはいえ、魔道具は専門外なので本当に確認をするだけなのですが」
キアロッフォ卿に手渡されたアルバートさんが一通り確認してから、私の手元に来たそれを観察する。
「結界の魔道具とお聞きしております」
「ええ」
ハンドボールほどの大きさのそれは、鉄製なのかずっしりとした重みがあった。落としては大変なのでローテーブルにそっと乗せる。
ぐるりと一周見回せば、見覚えのある刻印を見つけた。デイヴ様の持つ腕輪に彫られたものと同じだ。渦の中に花の文様。同じ生産元なのだろう。
「こちらの使用は一度きりでしょうか?」
「そうなります。発動させれば数年効果が持続し、魔道具自体は価値を持たなくなります」
依頼はこの魔道具が正常に機能しているか、残存魔力を確認してほしいとのことだった。
腕輪と違いぼんやりとした魔力すら感じ取れない。ただの鉄の塊だ。
こちらへ来る前、王国で魔力補充型の魔道具を触らせてもらった。同じ要領で試しに魔力を込めてみたが、対象をすり抜け、なんの手応えも感じられなかった。
結界ということは魔障も関係してくる。やはりただ魔力を込めるだけではどうにもならないようだ。
「残存魔力はゼロです。この魔道具が発動する様子もありません」
「ありがとうございます、聖女様」
正直、これだけならば公国の人間でも確認できるのではないだろうか。私である必要性を感じられない。
「ところで聖女様、こちらの刻印に見覚えはございますか?」
「王国で他の魔道具に刻まれているのを見ました」
そうですか、と頷いたキアロッフォ卿は再度お礼を告げ、空の魔道具を抱え退出していった。
最後の質問が本当に確認したかったことなんだろうか。
(聖女と刻印になにか関係が……?)
帰り際、公子に今後もよろしく頼むとお願いされた。
治癒だけを指しているのではないのだろう。




