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32,密輸

 カナメが公国へ立ち、ひと月が経った。そろそろ首都へ着く頃だろうか。


「デイヴィッド様、商会の者がみえております」

「今行く」


 家令に呼ばれ応接間へ向かえば、そこには品の良い被服に身を包んだ物腰の柔らかそうな青年が待っていた。


「ご無沙汰しております」

「元気にしているようだな」

「おかげ様で、こうして代理を任せていただけるまでになりました」


 ヨルク商会の跡取りであるダニエルとは、実家にいた頃からの付き合いだ。親に付き従い伯爵家を訪れた彼と知り合って以来なにかと世話になっている。聖女召喚以降はお互い多忙になり、こうして顔を合わせるのは久しぶりだった。


「まさかデイヴィッド様が聖女様とのご縁を結ばれるとは」

「お前も縁があるだろう」

 カナメの侍女であるエリルシア嬢と懇意にしていると聞く。


「エリーは面倒見はいいのですが、それ以外が心配で……」

 言わんとすることは分からなくもない。相変わらず俺への当たりは強い。

「侍女としての務めはもちろん、カナメの友人としてもよくやっている」

「それを聞いて安心しました。こちらが彼女から預かった手紙です」


 差し出されたそれを受け取る。

 今回、公国へ向かった王国の使節団とは別に連絡手段を設けた。それがこのヨルク商会を通じたルートだ。


 中を確認すれば二週間ほど前の日付で、大きな問題もなく公国へ入ったという内容と、彼女は元気であるということ。食事も問題なさそうだと書かれていた。思わず口元が緩む。


「ありがとう。これを頼む」

「承りました」


 用意していた手紙を預け、本題に移る。

「聖女様の婚姻へ向け、ありがたいことに注文が舞い込んでおります。中でもトルの宝飾品は目玉商品ですね。北部では富裕層向けの嗜好品が人気です」

「それはなによりだ」

「その北部ですが、一部の領地で違法な魔道具が出回っているようで」

 潜められた声に眉を顰めた。


 貴族御用達のヨルク商会は各地の領主とも繋がりがある。

「領主の話では流れの商人から平民を介して入手したということです」

「持ち込まれたものは?」

「確認できたのは認識阻害の魔道具のみでした」


 これまでも違法魔道具がもたらされるのはほぼ、北に隣接するヴァプニー公国からだった。

 現在、隣国との繋がりがある者は聖女の情報を流している可能性があると見て調査している。当の領主は候補に上がっていなかった。


 検問をすり抜けている時点で貴族が絡んでいるはずだ。わざわざ一度、平民へ流しているのも気にかかる。

「出回った時期はひと月ほど前で、商人の足跡を追うのは無理でしょう」

「分かった。報告は上げるが迷惑はかからないようにする」

「助かります」


 北部には国外へ販路を広げるヨルク商会と地方を拠点とする国内の小さな商会がいくつか。そして


(モントール子爵の持つジャスカー商会……)


 長く息を吐き、力を抜く。そちらにばかり向かってしまう意識を意図的に逸らした。

「引き続き頼んだ」



 ダニエルが去った後、もう一度受け取った手紙を開く。

 預けた手紙が届く頃には治癒もひと段落しているだろう。私的な頼みを持ちかけたときには嫌味の一つでも覚悟していたが。


『カナメが喜ぶのならば構いません。引き受けましょう』


「敵わないな」

 侍女の目線による、事細かに書かれた道中の彼女の様子が目に浮かぶようだ。締めくくりにはしっかりと厳しい一言が添えられていた。





 宰相閣下へ報告し、違法魔道具が出回っているという男爵領の視察へ向けて準備を進めていたある日。


「モントール子爵から告発があった。北のニコラハム男爵領に持ち込まれた魔道具は自身の商会を介したものだと」

 まさにこれから調べようとしていた答えが宰相よりもたらされた。


「流れの商人にジャスカー商会の荷運び人が買収され、検問を通過したそうだ。男爵領側は一才関与しておらず、罪状は違法魔道具の購入と所持のみになる」


「出回った魔道具はすべて回収し魔法師団支部へ。買収された商会の荷運び人は既に処分し、騎士団に連行したそうだ」

「王都で取り調べることは……」

「難しいだろうな」

 商会とモントール子爵へもなにかしらの咎めはあるだろう。


 そんなもの、精々罰金や利権の一部停止だろう。なんの戒めにもならない。

 荷運び人などという末端にどれほどの情報が与えられるものか。切り捨てる判断があまりに早い。これでは、持ち込まれた経緯もその理由も分からなくなってしまった。

 険しくなる表情を抑えきれない。


「あちらが一枚上手だったな」





「これは、フォーサイス伯爵令息。晩餐会以来ですね」

 最大の目的を失ったものの、一度現地に向かうべきかと予定を組み替えながら帰宅の途に着いたところ、王城の入口で声がかかった。


「モントール子爵」

「おや、その様子では既に聞き及んでおりますか? お恥ずかしながらこの度は配下の不始末で登城することになりましてね。私も暇ではないのでほとほと困っているのですよ」

「それは災難でしたね」

 まるで困っているようには見えない子爵に内心で歯噛みする。


 彼の横を通り抜け、馬車留めへ向かおうと足を向けた時だった。


「余計なことをしてもらっては困ります。あなたは聖女様をお守りすることだけに注視していただかないと」





 馬車の中、先程の言葉を反芻する。

 聖女を守れとはどういうことだ。あれは聖女を狙っているのではないのか?


(いや、それすら誘導の可能性も否めない)


 そもそも、違法魔道具を持ち込んでどうするつもりだったのか。


 ヴァプニー公国の魔道具は年々力を増している。従来の身を守るものばかりではなく攻撃性を高めるものへ。魔獣だけではない、その対象を人間へも向け始めている。認識阻害などその筆頭であろう。

 我が国の魔法士たちすら欺く性能を秘めたものは法律で禁止され、秘密裏に対処法の研究が行われている。


 和平協定のある現在、戦争などという事態にはならないだろうが、とても軽視できるものではない。

 聖女の情報が流れたことに加え、隣国からの使者が来た際に警備が厳重化されたのはそのせいだった。


 王国を立つ前、それらの魔道具は聖女には効かないであろうと一通りの確認が行われている。国王は彼女自身に危険が降りかかることはないと結論付けた。


 守るよりも足手纏いになると言われ引き下がったのは、自分にできることはこちらにあると判断したからだ。

 だが、目の届かないところへ行かれるのは相変わらず恐ろしいと思う。


 無意識に彼女の刺した四葉を握り込んでいた。




「兄上!」


 帰宅するなり駆け寄ってきた、珍しく焦りを露わにするエドワルドに、さらなる問題が舞い込んだと溜息を吐いた。

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