31,厄介
「お茶でもどうだ」
本日も公子を訪ねて経過を観察したあと、昼前に滞在している館へ戻ったばかりだった。
先程まで共にいて、私を見送ったはずのラスティン様が訪ねてきた。
「突然ですね」
「どうせ予定もないだろう」
彼の態度に横にいるグライスさんの肩が震える。外向きの笑顔で怒りを押さえているのが分かってしまった。
「聖女様は本日のお勤めでお疲れです。申し訳ございませんが……」
「では空いている日を教えてくれ」
「個人的なお約束は致しかねます」
「随分と大事にされているのだな。王族だったか?」
「我が国にとって重要なお方ですので」
応接間でバチバチと火花が飛んでいる。話題の中心となっている私は非常に居心地が悪い。
「ラスティン様、こちらでご用件を伺うのではいけませんか?」
この青年はただお茶をするのが目的ではないだろう。
第一声以来、様子を窺っていた私が口を挟めば、視線をこちらに向けた彼にじっと見つめられた。なんだなんだ、不満なら口に出してくれ。
「お茶のついでに街を案内しようと思っていた。それとも聖女様は要件以外は引きこもっているつもりか?公国のことはどうでも良いと」
「けしてその様なことは思っておりません」
挑発には乗らないぞ。だが相手もなかなか引かない。
「上にはあんたを誘う許可を得た。なにも婚約者のいる聖女様と二人きりになろうとは思っていない、こちらも婚約者を伴ってきた。それなら構わないだろう」
警護も万全だ。
完全に外堀を埋めているではないですか。あまりに非常識だがここで断るのも分が悪い。グライスさんによれば彼のラスティン家は大公の遠縁に当たるという。公子への気安い態度も頷ける。
「婚約者様はどちらに?」
「馬車で待たせている」
こちらの準備だってあるだろうに、女性を長いこと馬車に押し込めるとはなんて奴だ。
この場まで伴って来たところで困るのは聖女だろうと言われた。今よりも圧力が増し増しになること請け合いだ。
こんな人とは絶対に結婚したくない。
グライスさんを伺えば同じ考えに至ったのだろう。溜息を我慢して了承した。
急遽、街へ出る準備をして護衛と共に馬車へ向かえば、そこには可憐な少女が待っていた。まるでお人形のような愛らしさにほうっとしたのも束の間。
「フィオレット・マクラーレと申します。聖女様、この度は我が婚約者のためにお力を貸してくださり感謝いたします」
我が婚約者のために……? つまりは。婚約者って公子の方じゃないですか!
「誰も俺のとは言っていない。エルも承知だ」
いけしゃあしゃあとのたまう青年の足を踏んづけてやりたくなった。
「ラスティン様のご婚約者はこの状況をどう見られるのでしょうね」
三人で馬車に乗り込み、動き出したところで尋ねればふたたび、短くもない視線を向けられた。
「俺に婚約者はいない。少し前に話は上がったが流れた」
この性格が問題だったのではと推測した。かなりの確率で合っていると思う。
「なにか言いたそうだな」
「いいえ」
公国が用意したという護衛以外に、こちらもシェルビアさんと数名の騎士、さらには魔法士のアイザックさんがついて来ている。後者に関してはよく了承してくれたなという思いだ。
多国籍の街なので私のような人種の違う者が歩いていてもなんら問題はないというが、一応の変装として眼鏡を装着した。護衛も含め街に馴染めるような私服を纏っている。
だが改めて、公子の婚約者が街中に繰り出していいものだろうか。用意したという警護も聖女のためだけではないだろう。
「お忍びは慣れております」
淑やかそうに見えて意外とアグレッシブなようだ。
「それに、我々は認識阻害の魔道具を身につけておりますので危険はそれほどございません」
そんなものがあるのか。王国では聞いたことがないなと、ふと気づく。姿隠しがあれば必要ないものだ。でも使えない人にとっては需要がありそう。
馬車に揺られながらそんなことを考えた。
賑わう街を説明を受けながら一通り歩いたが、あまりの情報量にくらくらしたところでお店に入った。個室完備のお洒落な喫茶店だ。
個室と言っても我が家の応接間より広い空間で、中央にある円卓を三人で囲み、ドア付近には護衛が控えている。話し声は届くが内容までは聞き取れないほどの距離だった。おそらくVIPなお部屋なのだろう。
「あんた体力ないんだな」
「申し訳ございません」
体力は有り余っているが、頭を使いすぎての疲労とはこの人には絶対に言いたくない。
「謝るのはこちらです。お勤めの後だというのに、慣れない土地で連れ回してしまいました。配慮が足りませんでしたわ」
心底申し訳なさそうに気遣ってくれるマクラーレ様に笑顔で応える。しれっとお茶を飲んでいるそこの青年はこの美少女の十分の一でも思いやりというものを身につけてほしい。
「それにしても、認識阻害の魔道具とは便利なものなのですね」
ラスティン様ほどではないにせよ、マクラーレ様も淡い金髪が美しい御令嬢だ。そもそも公表された公子の婚約者である。だというのに街中を歩いていても誰も二人を気に留めなかった。
「王国では魔道具に触れる機会はさほどなかったので驚きました」
「私は魔法を使われる王国の方々に驚きますわ」
「使い手は少ないと聞きましたが、それほど普段目にされることがないのでしょうか?」
「魔力のある者はすべて公国の機関へ招集される」
青年が答える。
聞けば、想像よりも遥かに少ない割合だった。貴重な人材は身分を問わず丁重に扱われ、彼らが魔獣対応へ赴くことはあまりないという。魔道具にかける力をすべて振っているのか。
「国境では兵士たちの魔獣対応を見たと思うのだが」
「いえ、討伐はこちらにお任せいただいたので」
「やはりあの時も聖女様がいたのだな」
しまった。
「そう聞き及んでおります」
努めて冷静に返したが鼻で笑われた。絶対に信じていない。マクラーレ様が聖女様に対して失礼がすぎると嗜めてくれたがどこ吹く風だ。
「ヴァプニー公国の魔獣は見た通り、他国に比べ醜悪で力も桁違いだ」
現場にいた体で話を進めてこられても困る。なぜか分かるか? などと聞かれたところでこの世界へ来て僅かの私が知るわけがない。おまけに、こちらの反応など期待していないとばかりに続ける。
「この国は魔力人口が乏しい。魔道具に頼るにも限界がある。結界で外部からの侵入を抑えているとはいえ、魔獣は一向に減らない。倒すことに苦慮すればどうなると思う?」
うん……?
ぞわりと嫌なものを感じる。心情を悟らせないよう表情を取り繕うあまり、そちらまで気が回らなかった。なりふり構わず話を逸らすべきだったのだ。
「魔獣を研究し、兵器にしようと考える者が生まれる。そうして繰り返された実験の結果が通常より凶悪なキメラ型の誕生だ」
うそうそやめて、他国の内情とか知りたくない! それ絶対に一般的な知識じゃないよね!? 習ってないですそんなこと!
討伐した魔獣を思えば合成獣と言われて納得するが、あれほどまでに種が確立された集団がすでに根付いているのだ。ここ数年の問題などでは絶対ない。ましてやそんなことをしようものなら権力や財力、知力が必要だろう。魔獣対応に魔力は欠かせない。先程彼はなんと言った?
魔力がある者はすべて国のお抱え。
これ以上話を聞くわけにはいかないと、取り繕う余裕もなく口を挟もうとすれば
「エッカルト公子はこの悪習を断ち切ろうと秘密裏に動かれていたのです。そしてあのようなことに……」
涙を飲む美少女までグルだった。嵌められた。
たしかに魔獣に対した公子だけ重症を負うというのは不自然だ。事故ではなく故意であれば納得がいく。
しかしこちらは知ったことではない。これは協力を求められる流れだ。絶対に嫌だ。
「他国の事情に深入りするつもりはありません」
「和平を結ぶ相手であろうがどうでもいいと?」
「私は一王国民です。助けが必要ならば上を通してください」
「その上を通せないから直接話している」
ああ! 国ぐるみなんでした!
「騙し打ちのようなことをして申し訳ございません。ですが私どもはもう、他に頼れる術がないのです」
血の気が引くのが自分でも分かる。彼らが聖女になにを期待しているかは知らないが、穏やかでない事情を知ってしまった。厄介なことになった。
指輪のある胸元を押さえながら心底思う。
今すぐデイヴ様に癒されたい。




