28,ヴァプニー公国
当初、三部の扱いでしたが章で分けました。ここから二章です。
「困っている者なら誰でも手を差し伸べるんですね。さすがは聖女様だ」
傍目でも分かる蔑むような目を向けられる。
(なぜ他国の貴族令息に悪意を向けられなければならないのか)
この世界へ来て初めて、人と接することに煩わしさを感じた。
公国を目指し二週間ほどかけてアウタイン王国を出たところで、隣国からの迎えが待っていた。
すでにあの美しい青年が恋しくなっていたが、表には出さずに服の下の指輪を握りしめることで凌いだ。新婚のマイヤーさんが早く家に帰りたがった気持ちが心底理解できた。
そこからさらに二週間、ちらほら出る異形の魔獣を退けながらも特に大きな問題はなく、予定通りのひと月でヴァプニー公国の首都ランシュアへと到着した。商人の街と呼ばれるほど交易が盛んなここは、王都と比べてみても賑やかだった。
「賑わってますね。普段からこうなのですか?」
「ええ。多国籍の街なので、盛んに行われている祭りの日はもっと人通りがあります」
馬車から外の様子を伺う私に、公国の経済に詳しいグライスさんが教えてくれる。彼は今回、聖女の補佐として付けられた王国の文官だ。平民出の有望株で、私より二つほど歳上だと聞いた。
ランシュアは国際的な都市だという。賑わう様は島国の離島で生まれて地方都市で育った私には見慣れない光景だった。人の流れに目が回りそうだ。
アウタイン王国との国土に大差はないが、首都の様子や賑わいを見れば力のある国だということは分かる。ここへ着くまでの国民性も、おおらかな王国民と違い積極的な人が多かった。
街の喧騒を横目に、閑静な貴族街をしばらく進んだところで一際大きな居城の前で止まる。華やかさはなく、冷たく堅牢な印象を受けた。
「聖女様は迎賓館へ滞在していただくことになりますが、これからダンカール大公へ目通りしていただきます。移動はそのあとで」
ここまで案内してくれた公国のおじ様の説明にグライスさんが了承する。
国を出る際、お共がいる場ではあまり口を開かないようにと言われていた。聖女は王国の庇護下にあるのだとはっきり示すためだ。だが失言対策もあると思っている、結構な割合で。
異世界に呼ばれるまでの私は島国の平凡な学生だった。一国のトップと顔を合わせることなどそうそうない。だが世界が変われば環境も変わる。与えられた聖女という立場上、やんごとなきお方とも関わるようになってしまった。本当に人生はなにが起こるか分からない。
首都に入る手前の街で謁見できるような服装に着替えてはいたが、極度の緊張で不安になる。毅然とした態度は無理でも弱々しい印象を与えるわけにはいかないのだ。
うちの国王様が特別なんだとなんとなく分かっているけれど、大公様も似たような気質であってほしい。せめてあまり威圧感のない人でお願いします。
そんなささやかな聖女の願いは叶わなかった。
「よく来てくれた。感謝する」
バリバリの威圧感を肌身に感じる。国王様とそう変わらないお歳と聞いていたが、白髪交じりの髪を上げ、鋭い目元と厳しそうな印象から一回りは上に見えた。
挨拶と軽い受け答えは自分でするが、それ以外のやり取りをお任せしていて本当によかった。長めに話せば声が震える自信がある。謁見の間を出る頃にはじっとりと背中に汗をかいていた。
「国王様に会いたくなりました……」
「我が王も威厳はあるのですよ」
退出後、思わず溢した声にグライスさんがフォローするが否定はされなかった。優しいですよねうちの国王様。
迎賓館へ案内されるまで応接間で待っていた時のこと。先ほど別れた公国のおじ様が戻り、このまま向かうのかと思えば聖女様に挨拶をしたい者がいると伝えられる。予定にない申し出にグライスさんは不審をあらわにし、王国の護衛は身構えるが、公子の近しいご友人が動けない本人の代わりに来たのだと言われたら断るのも憚られた。
このおじ様も大公が寄越した使いだ。初日から危険な相手を寄越すなんてことはないだろう。
グライスさんを促し、部屋へ通してもらう。入ってきたのは一人の青年だった。
「突然お尋ねして申し訳ありません、聖女様。こうしてお目通りの機会をいただけるとは光栄です」
ルーファス・ラスティンと名乗る彼は見事な金髪に若葉色の瞳をしていた。この国でもやはり貴族は顔の整った人が多いのだろうか。
「長いこと苦しめられていた友人もこれで救われると思うと、逸る気持ちを抑えられずこうして赴いてしまいました」
「先ほど公子は動けないとお聞きしましたが、容体はそれほど思わしくないのでしょうか?」
先程の説明に少々聞き流せない部分があった。今日着いたばかりではあるが、症状の悪化などは聞いていない。
「ああ、いえ。公務が立て込んでおり動けないのです。症状は魔道具で抑えられておりますのでご安心ください」
仕事ができるほどには動けるのを知り、安心する。そんな私を見た青年は続ける。
「お噂通り、慈悲深い……困っている者なら誰でも手を差し伸べるのですね。さすがは聖女様だ」
蔑むような口調だった。口元は笑っているが瞳には明確な悪意を感じる。はたしてそれは友人を治しに来た相手に向ける感情なのだろうか。
なんだか面倒くさそうな気配を察知した。
「ラスティン様、ご挨拶だけとのことですのでそろそろ……」
言い返そうとしたグライスさんを制し、どう返そうかと悩んでいれば、公国の使いが止めに入る。おじ様的にもアウトだったんですね。穏便に済みそうでよかったです。
「先程のあれは見逃せません」
迎賓館へ着いたところでグライスさんにお叱りを受けた。発言しようとした彼を止めたせいだ。
聖女様が軽く見られたというが、あの程度で怒ってはそれこそ程度が知れてしまう。
「抗議はしませんが、上への報告はしっかりさせてもらいますからね」
「はい……」
「カナメ、なにかやらかしたの?」
「エリー!」
私の癒し!
先に迎賓館へ着き、荷物を整えていたエリーが出迎えてくれたことで私の疲れは吹っ飛んだ。今回は侍女としてエリーがついて来ている。配慮してくれたのだろう、同行者は馴染みのある人ばかりだった。
他の護衛や魔法士の方々は既に部屋で休んでいるという。当てがわれた客室へ案内してもらえばそこにはアルバートさんもいて、公国へ来てからやっと一息つくことができた。
「貴族に絡まれたの?あんたなんでついて行かなかったのよ」
「配置に関して自分に選択権はありませんて」
起こったことを話せば、エリーの怒りはアルバートさんへ向かった。その後も軽口の応酬が続いている。
慣れない環境続きで自分が思う以上に緊張していたのだろう、ひたすら癒される。二人を横目にソファにぐだりと座っていれば、ノックと同時に声がかかった。
「滞在中、聖女様のお世話をさせていただきます」
そこには公国のお手伝いさんたちがズラリと並んでいた。
そうだ。慣れ親しんだ人たちに囲まれているとはいえ、すべてがいつも通りとはいかないのだ。
気の張る生活を想像して気が遠くなりそうだった。




