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27,星見

 やっと落ち着いたところで蒸し返したくはなかったが、どうしても気になったので聞いてしまった。


「女性と思った上でのあの挙動、なかなか容赦ないですね」

「僅かでも容赦をすれば既成事実を作られる」

 苦労してきたんですね……。


「本当に怪我はないか?」

「はい。あとから症状が出ても治せますから。今治癒をかけた方がいいですか?」

「痛まないならいい」

 ホッとしたように力を抜く青年に申し訳なくなる。


「公国へ行く前に話したいことがあったんです。でも難しければ戻ります」

「大丈夫だ」

 体調は悪くなさそうだが、今のでより疲れさせてしまった気がする。手早く用事を済ませよう。


 許可をもらった私は彼をテラスへ誘導した。夜は一段と冷え込むので暖かい空気を纏うことも忘れない。室内と違い留めておくことはできないけれど、訓練のおかげか魔法の発動は短く、持続は長くなった気がする。手すりを軽く掴んで見上げれば雲一つない澄んだ空に星が輝いていた。


「指輪のお礼です」

「クローバーか」

 刺繍を施したハンカチを渡せば、ありがとう、と目元を和らげて受け取る青年。彼の手の中で歪な四葉がさらに際立った気がしたが今の精一杯なので勘弁願いたい。本題はここからだ。


「魔獣討伐のときも宿で見た星空が綺麗だったんです」

 横からの視線を感じながら、あのとき伝えたいと思ったことを口にする。


 旅の途中で元気をもらってたこと、離れて心細くなったこと、星の輝きで思い浮かべたこと。守ってくれてありがとうと、やっとお礼が言えた。


「勝手に心の支えにさせてもらってました」

 気づかれていたようなので何度も見られて不気味に思うこともあったかもしれない。申し訳ない気持ちはあるが、それよりも伝えたいのは感謝だった。

「また離れるのは寂しいですけど、頑張ってきますね」


 あの時と違うのは自分の気持ちを伝えて彼の気持ちを知っていることだ。心配はしても不安になったりしない。



 お話はそれだけです、遅い時間にすみませんでした。そう口にして部屋へ戻ろうとした体は、隣から伸びた腕と手摺りに囲われてその場に留まった。振り返ろうとした顔は被さるようにもたれかかってきた青年により叶わない。胸に触れる背中からは自分のものではない鼓動と体温が伝わってくる。これはいわゆるバックハグ……!


 ここ数ヶ月で覚えた大好きな香りに包まれている。こちらの胸の爆音が伝わらないのは助かるが、全神経が背面に集中して変な汗が出そう。あ、頭に顎を乗せられた。いちいち可愛い。


「……些細なことで嫉妬して情けない」

 長いため息のあと、消え入るような声が聞こえた。


 魔法師団へ迎えに行けば見知らぬ男性と二人きりで楽しそうにしている。そこに恋愛感情はなくとも面白くない。自分は傍にいられないのに隣国へ共に行ける彼が妬ましくて見苦しい態度を取ったと謝られた。


 なにそれ。好き。やきもちを焼かれた私は嬉しさしかない。むしろその場で言ってくれたらよかったのに。シンディア様の時はあんなに表に出していたというのに。

 興奮のあまりぐりぐりと背後の彼に頭を擦り付けてしまった。ぐ、と呻くような声が聞こえて喉元を攻撃してしまったかと慌てて止める。


 冷静になり、婚約者がいるのに異性と二人きりはあり得なかったと反省した。私だって他の女性と親しくしているデイヴ様など見たくない。想像しようとして失敗した。女性に当たりの強い彼しか見たことがなかった。いやいや、たとえばほら、クリスティーナ様とか。……美男美女が並ぶと眼福……。いやいやいや。


「ごめんなさい、軽率でした。気をつけます」


 気軽に会話していることも気になる要因だったそうだ、一体どこから聞かれていたのだろう。だがそちらに関しては安易に改められなかった。嫌われたくない相手には雑な態度は取れないのでそこは許してほしい。

 でも、と思い直す。私に対してツンとしたデイヴ様を想像してみた。それはそれでいい。


 囲っていた腕が離れたので今度こそ振り返ろうとすれば、こめかみ辺りを抑えられた感覚がした。触れたのが彼の唇だと理解した瞬間、一気に顔が熱くなる。挨拶で頬へ軽く触れることはあるがいまだに慣れない。


 びっくりして顔を向けると近くにとても整ったお顔があった。じっと見つめられて居た堪れずに瞼を伏せれば、今度は唇に触れてくる。思わず止めた呼吸が苦しくなる前に離れていったそれを、瞼を上げて追う。伏せた睫毛の先まで美しい形をしていた。今の私は顔どころか首まで真っ赤だろう。


 キスをしてしまった。


 反射的に伏せようとした顔はくっつけられた額により防がれたけれど、肩に回された腕は振り払える緩さだ。強制力など微塵も感じない。恥ずかしくて漏れそうになる声を必死に堪える。ぐぅ。眼前の青年からダダ漏れる色気を直視できないでも見たい。欲望に抗えず向けた視線は愛しさが溢れるそれで受け止められた。


 毎日どころか毎秒好きを更新している。たまらずに自分から顔を寄せてしまった。愛しさを感じると人は触れたくなるのだと知った。



 その後の、顔の至る所へ口づけ出した猛攻は彼の胸に飛び込むことで防いだ。


「ゼロ距離は少しづつでお願いします……」

「善処する」



 その夜は空が白むまで二人で過ごした。この世界で朝日が昇るのを見るのは初めてだった。


次回から三部の予定です。番外編を挟むかもしれません。

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