25,弟妹
あれほど遠ざけていたのに、どんな心境の変化かしら。
「恋敵を軽々しく招くなんて、障害と感じないほど愛されているという自信なの? 余裕のないお兄様が見ものなのに」
ふたたび我が家に遊びに来たシンディア様がぷりぷりと不満を零している。素直に招かれたらそれはそれで思うところがあるようだ。
(ある意味お兄さん大好きっ子だよね)
透き通るような美声を聞きながら慣れない針を刺す。今日は彼女に刺繍を習っていた。
先日、指輪のお礼になにか欲しいものはないかと青年に聞けば、返ってきたのがそれだった。経験はないがボタン付けなどの簡単な裁縫はできる。練習すれば素人なりにどうにかなるだろうとたかを括っていた。
「まぁ、独創的で素敵ですわ!」
褒め上手~! 自分でもこれはないなと思います。
完成したそれは花なのかヒトデなのか星なのか判別がつかなかった。道具を用意してくれたマーヴィー夫人の判定では砂糖菓子だった。自分の不得手をまたひとつ発見してしまった。
公国へ行く前にデイヴ様に渡したかったけれどこの力量では厳しい。こういうのは心が篭っていればという意見もあるが、歪な刺繍入りのハンカチを使用する青年を想像してみた。却下。スカーフの見えない場所に入れたとしても許し難い。せめて形の判別ができるレベルにしなければ……。反省していると、向かいで優美に刺していたシンディア様も完成したようだった。
「わぁ……」
出来上がったそれを見せてもらえば、繊細な蔓に鮮やかな薔薇が優雅に咲いていた。素晴らしい腕前だ。つい見惚れてしまう。
「よろしければ差し上げますわ」
「いいんですか?」
嬉しい! 存分に眺めたあと大事に使おう。
「ええ。その代わり、カナメ様の初めての刺繍をくださいな」
「いいんですか!?」
美少女が所有していいものではない気がします!
シンディア様が使っているところを想像しても違和感しかないのだが、じっと見つめられて断るのも気が引ける。彼女がいいのなら構わないけれど……。それと大事なことがもうひとつ。
「デイヴ様には内緒にしてくださるなら」
見つかったら成長記録として保管されてしまう予感がビシバシする。そこそこの出来になるまでは絶対に見せたくない。
「もちろんですわ」
見せびらかしたりなど誓っていたしません。
その言葉に安心した私は忘れていた。この兄妹がとても似ていることを。のちに彼女の部屋で額縁におさめられたそれと再会することになる。
今日はご実家へ挨拶に伺った日以来となる弟さんも来ている。
「聖女様って案外普通ですね」
刺繍がひと段落した後、兄弟と合流してお茶をしていればしばらくしてそんなことを言われた。兄と妹は理解不能という反応を示すが、彼の感性は至ってまともだ。
聖女の力を抜きにしても周りには私を過大評価しがちな人ばかりだ。デイヴ様は言わずもがな、シンディア様に王妃様もそう。はっきりした性格のエリーだってどこか稀有な存在のように思っている節がある。背筋は伸びるが違和感もある。平々凡々な人生を送ってきた私には降って湧いた魔力以外に特出したものはない。
「エドお兄様は昔から人とは違うところがありますものね」
「それはお前だろうシンディア」
笑顔なのに穏やかではないものを感じ取った。弟さんは綺麗より凛々しいお顔立ちだ。ご両親からバランスよく受け継いだ美貌という印象だった。そんな美男子と美少女の間に流れる空気。この二人はあまり仲良しではないのだろうか、家族仲はいいと聞いていたのだけど……。
「エドワルド様のおっしゃる通り、あちらの世界でも至って平凡な庶民の学生でした」
「先代の聖女様はあまり自身の世界の様子を残されず国を去りました。可能であればカナメ様には情報提供と編纂へもご協力いただきたい」
「エド」
一瞬で意識をこちらへ向け、饒舌になった彼に驚く。
「弟は聖女召喚の研究をしているんだ。まだ聖女様が国に慣れないうちは王からも許可が降りないと嘆いていたが、ここぞとばかりにお前……」
デイヴ様が説明してくれたが、研究という言葉にどきりとした。アイザックさんとそのスパルタを思い出したのだ。似たようなタイプなのかと身構える。
「魔法師団を目指していたのですが、お恥ずかしながら実力が伴わず……」
魔力が足りなかったのか。私の有り余る力を分けてあげられたらいいのにと思ったところで、この国と隣国との魔力人口の違いはなぜだろうと疑問が浮かぶ。聖女召喚を行なってきたとはいえ、魔力の譲渡ができるわけでもない。周辺諸国の中でもアウタイン王国は魔法の存在が色濃いのには理由があるのだろうか。
「我が国には聖女様の加護があるいう記述以外、解明されていません」
聖女に要因があるのならば引き止めも必死になる。今まで加護を祈ってきたが、それはこの国の神の加護だ。聖女から魔力を授けるなどの効果はなかった。こうなると召喚の研究というのも少し気になってくる。
「エドお兄様の魔法は本当にささやかなのですよ、微笑ましくなりますわ」
いきなりディスる妹にムッとするエドワルド様。どうされました、突然の開戦でしょうか。内心で焦っているとデイヴ様がこっそり教えてくれる。仲が悪いわけではなく、こうやって一番下のお兄さんを揶揄うのが彼女のコミュニケーションなのだそうだ。それはエドワルド様からの当たりも強くなってしまいますね……。
「タチの悪い使い方をするお前に言われたくはない。聖女様、こいつに少しでも魅力を感じるのならばそれは勘違いですよ。体感温度を上昇させて錯覚させているだけですから」
「いやだわお兄様、私の魅力はそのような陳腐なものではありません。あくまで補助ですわ。カナメ様に使ったことはありませんけれど」
温度を上げられるということは彼女は炎属性なのだろう。火照りを魅了のように使用するというが、おっしゃる通りそんなのなくても見惚れて身動きが取れなくなった。お恥ずかしい。
それにしても、貴族である彼らがこんな明け透けに自身の魔法について教えてくれていいのだろうか。
「聖女様相手に優劣など存在しません」
なるほど。
見送りの際、エドワルド様の研究にすぐ協力はできないけれど、と祈らせてもらった。
「求めるものが与えられますように」
魔力が増えますように~。なんてね。
ほんの気休めのつもりだった。手のひらを見つめる彼に起こった変化を私が知るのは当分先のこと。
「今日は調子でも悪かったのか?」
「え?」
あまり妹や弟を観察していなかったから。
どんな認識をされているのだ私は。間違ってはいない。相変わらず綺麗なものは好きだ。それでも最近思うことがあった。
「他の人を見てもデイヴ様があまりに自分好みという実感しか湧かないことに気づきましたからね」
あと美形に囲まれていると冷静になる。
自分としては事実を述べたつもりだった。とんでもないことを言ってしまったと気づいた時には上機嫌になった彼に、その日は思う存分構い倒されたのだった。




