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23,別々

 カナメが隣国へ行くことになった。


 王城で報告を受け、帰宅の途についてからずっと難しい顔をしている。長旅を経て見知らぬ土地へ行くだけでも大変だというのに、関わる相手は公子だ。やはり気が重いのだろうか。


「往復で二ヶ月、治癒に長くてひと月くらいだと思うんですよね」

「そうだな」


 魔法は魔力量に伴った規模になるが、治癒に関しては受ける者の治癒力を促すものであるために急激な回復は行えない。重症であるならばそれくらいの期間が妥当だろう。


「食事、合うかなぁ……」

「ふ……ッ」

 ぽつりと零れた声に咄嗟に口元を抑えたが、堪えることに失敗した。

「あっ笑いますけどね、食事が合わないって結構つらいんですよ!」

 顔を赤くして抗議してくるところがまた可愛くておかしい。


「こちらの食事にも慣れるまで時間がかかっていたな」

「えっバレてました……?」

 気づかれていないと思っていたのか。大衆食堂でも領主の館でも同じように戸惑っていたのは、質の違いではなく味に慣れないのだろうと思っていた。


「苦手とか合わないわけではなかったんです。ただ、主食が少ないというか、基本ないというか、おかずだけドーンっていう感覚に慣れるまでかかってしまって」

 たんすいかぶついぞん、とは。あちらには中毒性のある食べ物があったのか?大丈夫なのだろうか。


「この国のお料理、好きですよ」

「俺は美味しそうに食べるカナメが好きだ」

「へあ、デイヴ様は綺麗に食べますよね」


 最近は過剰に反応しないようにと冷静を装っているが、告げる好意にいつまでも慣れないところが愛しい。

 そういえば、と話題をさり気なく変えて誤魔化そうとするのも。


「以前に随分な怪我をしたそうで」

 あまりよろしくない話題になってしまった。

「初めての魔獣討伐でたまたま魔障を撒き散らすヤツがいたんだ」

 反応が遅れて直接浴びてしまった。カナメにはあまり知られたくなかった失態だ。

「後遺症とかは大丈夫なんですか?」

「問題ない。ミルティス夫人は知っているだろう」

「はい、旅の際にお世話になりました」

 彼女の所属する教会だったと言えば、治癒がとても丁寧で教え方も上手いのだと嬉しそうにする。

「私は大雑把なところがあるので、夫人のようになれるまでに何年かかることか」


 その間もずっと眺めていられたらいい。

 なんてことを口にすればまた親なのかと言われてしまいそうだ。あれは堪えた。だが好きな相手のことを知りたいと思うのは当然ではないだろうか。


「そのためにもまずは公国からの依頼をしっかり遂行してきます」


 姿勢を正して気合いを入れる。小さな体で驚くほどの行動力を秘めているのは知っていた。心配はあるが、カナメが思うようにすればいい。

 同行者は公国の専門家と、彼女との旅に慣れた者が多いだろう。

 自然と自分も共に行く気でいた。





「は」

「お前は同行させんと言った。宰相のご指示だ」


 数日後、公国へ向かう聖女様に同行する者が報された。

 護衛には王国騎士団から数名と近衛からアルバートが。そこに自分の名はなかった。

 上司に尋ねれば、理由は宰相に聞けという。


 国民が知るようなある程度の噂話ではなく、公表していない聖女の情報が正確に隣国へ流れている。

 報告を受けたあの日、カナメには伏せられたが閣下からそう聞かされていた。王国内の貴族や関係者に情報を流している者がいる可能性が高い。


「お前には残って炙り出しに協力してもらう」

 アルバートは隣国に詳しい者と共に公国で。


 執務室に呼ばれ、外された理由を知る。現在国内の貴族へ働きかけている自分が適任だろう。

 理解はしているが割り切れるものではない。その気持ちに気づかれていたのか、

「ついて行ったところで役に立てるのか?」

 今はもうただの護衛ではない。なにかあった時に足手まといになるのではと言われたらなにも返せなかった。

 魔法に関して彼女に敵うものはそういない。自分は武術が秀でているわけでもない。だが。


「力があり物分かりが良いとはいえ、この世界に来て僅かの政治も知らぬ少女ですよ」

「分かっている。だから今回は気の許せる者をつけた」


 侍女と、他にも彼女と親しい教会や魔法師団の数名を。

 安心していいのか羨めばいいのか。複雑だった。



 先日の話になるが、招かれた晩餐会でやっかいな絡まれ方をした。

 飛び入りのように参加したモントール子爵はあろうことか聖女であるカナメに過ぎた問いを投げかけた。

 聡い彼女は受け流していたが、たとえ悪意がなくとも普段の子爵を知るミラッド卿の口添えがなければ抗議したいくらいだった。


 魔道具以外にも対外的な交易を盛んに行うヴァプニー公国の首都は商人の街と言われるほど有名だ。モントール子爵家との繋がりも当然ある。

 ますます疑わしい人物となったが、証拠があるわけではない。彼だけに疑いを向けるのは危険だ。だがどうにも不信感は拭えなかった。


 ふと、晩餐会でカナメの話が出たことを思い出す。

 教会で、汚れを気にせず子供たちと遊んだ話は知っていた。

 知られて照れくさそうにしていたが、彼女は口止めしたつもりでも周りが黙っているとは限らない。その日のうちに教会から知らせを受けていた。怪我もなく、子供たちと楽しそうにしていたと聞いた。

 その微笑ましい様子を想像して荒立った心を落ち着かせた。





「なにかあったんですか」

 帰るなり心配そうに尋ねられる。

 先日の振り返した苛立ちは収まったが、公国の件については取り繕えていなかったらしい。自分は同行できないのだと告げれば、先程城の者が訪ねてきて知らされたという。

 残念ですね、と少し困ったように笑っているが、すでに受け入れているようだった。

 こちらはまだ納得できていないのだが。


「駄々をこねて解決する問題ならよかったんですけど」

 事情があるのだろうし仕方がない、だなんて。


 物分かりが良すぎる。

 残念ではなく寂しいと言ってほしかった。


「もっとわがままを言ってくれ。ついて来なければ許さないとか」

「えっ」

 いやむしろ行かないでくれ。ひと月でも耐え難かったのにその三倍は離れるだなんて。

 これでは駄々をこねているのは自分だ。目の前の彼女をただ困らせている。だが口にしないことには消化できそうもなかった。


 狼狽えていたかと思えば、決意したように胸に飛び込んできた。回した腕に力を込めているのだろうが簡単に解けてしまいそうだ。

 髪から覗く赤い耳が見えた。


「寂しいので出発までたくさんチャージさせてください」

 チャージがなにか分からなかったが、甘やかせばいいのだろうと二つ返事で抱き返した。

 甘やかされているのはこちらだったと後になって気づいた。


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