22,実験
「他人も一緒に隠す魔法だって!?」
お昼から出勤のデイヴ様と一緒に王城へ向かい、魔法師団へやってきた。
先日思いついた内容を話せば想像通り食いつきがよかった。
中でも風魔法の得意なアイザックさんは控えめな普段が嘘のようにぐいぐい来る。
三十路にして独身の彼は魔法と結婚したと豪語するほどのオタクであり、研究者タイプだ。話す際に目が合うことは少ない。艶やかな黒髪のイケメンなのにもったいない。ちなみに一番好きな魔法は姿隠しだそう。
本来の姿隠しはその名の通り姿を消すものではなく、隠すものである。
気配を薄め対象に認識されないようにするため強い魔力を持つ相手には通用しない。
複数の魔法を組み合わせたものであるが、風魔法を繊細に操り物音を立てず匂いを完全に断ち、嗅覚の鋭い野生生物まで対応可能な彼の腕前は魔法師団随一だ。
私の規格外の魔法であっても原理は同じである。認識できる人間がいないだけで、完全にその場から消えているわけではない。物理的な攻撃は効いてしまうし、隠密行動に長けているわけではない素人が立てる足音は耳のいい相手ならば拾えてしまうだろう。
その前提を変えることはできない。だが、力の及ぶ範囲を広げることはできるはずだ。魔法や魔道具には広範囲に影響を及ぼす結界がある。
「魔法は基本的に使用者本人にしか影響を及ぼせません。治癒や私の腐食は例外ですが、他人を操るようなものはない。精神系の禁術について言えばもはやお伽話の……」
「話が逸れているぞマイヤー。聖女様はなぜそのようなお考えに?」
いつになくハキハキと会話を進めようとするアイザックさんに動揺する。目線がめちゃくちゃ合うではないか。
「私は防御が得意ではありません。対魔獣なら結界で凌げますが、人間相手では共にいる者まで守れる術がないことに気づきました」
守ってもらう対象であったのでこれまでは必要なかった。力を隠さない現状、今後はそうも言っていられない。
姿隠しで自分だけではなく他の者も隠せるのなら、身動きが取れなくなるなんて事態は避けられるかもしれない。
「なるほど。理論的には可能ですが今まで実行できる者などいなかったので実例はありません」
聞いておきながら私の理由とかどうでもよさそうだこの人。別にいいですけど。
「要は結界と同じで範囲を広げればいいだけです。他人に単体でかけることは難しいですが、自分に施す姿隠しを他の者にも広げるようにかけることなら可能なはず」
「ある程度近い距離にいなければなりませんね」
「始めのうちはそれで。慣れてくれば距離を取れるかもしれません」
普段は死んだような瞳がキラッキラしている。
これまでは可能性を見出しても実現には至らなかったのだろう。だが今は丁度いい被検体が自ら名乗り出ている。それはテンションも上がりますよね。
こちらも心強い味方ができて助かると喜んだのは束の間だった。
繊細なコントロールは正直苦手だ。感覚でかけていたものを意図的に広げることに難儀した。
実験好きの筆頭である他の魔法士の方々にまでそろそろ休憩をと声をかけられたにも関わらず、まだできる聖女様ならきっといけると両の拳を握って力説された。どこの熱血テニスプレイヤーだ。
この日私はアイザックさんがスパルタであることを知った。研究者タイプの情熱は侮れない。
二度寝しておいてよかった。寝不足だったら音を上げていた。
「だめですね、大男がいるのが分かります」
「我々より効き目が悪いのではないか?」
「カルゴさんが一番効果ありましたね。無意識に聖女様の補助をしていたのでは?」
「俺は一切魔法を使っていないぞ」
「しかし魔法士が相手なら魔法がかかりやすいというのも……」
今も王城で護衛をしてくれるアルバートさんが実験に引き摺り込まれてはや一時間。魔法士だけでは進捗が分かりにくいと一般人代表として彼に白羽の矢が立った。この人も一応お貴族様であるのだけれど。
「相手の魔力量で効き目って変わるんでしょうか?」
聞けばアイザックさんは考え込んでしまった。
はじめ、アルバートさんには私の横にいる人物の姿を認識できるか確認してもらうだけだった。私の姿は完全に見えていない状態なので、印をつけた場所から微塵も動けないのが地味につらい。
自分よりもカルゴさんの方が認識しづらいと聞いたアイザックさんは悔しがっていた。いや、魔法を使っているのは私なんですけれども。
そして最終的に護衛の彼も実験対象になっている。
「そろそろデイヴィッドが上がる時間ですが」
魔法士たちが集まってああでもないこうでもないと言い合う中、放置された聖女に護衛が声をかける。
今日はこの辺りで切り上げた方がいいだろう。途中から他の仕事を放ってまで人が集まり出してしまった。
帰りますと伝えてもみんな生返事だ。ざ、雑……。いいですけどね、ただの小娘ですからね。
入り口で再度帰宅を告げ、みなさん前庭で検証に夢中になってるので責任者に伝えてくださいと謝罪した。告げ口ではない、報告である。
公国の謁見が済み、その後の話し合いはどうなったのだろうか。今日中は難しいかなと王城へ向かう途中で国王様の呼び出しがかかった。
「魔道具の確認と治癒ですか」
国王様と宰相閣下、殿下に勤務終わりのデイヴ様も同席し、報告を受ける。
公国の最新の結界は魔道具製作が盛んな遠方の国から購入したが、付随する作用をよく把握しないまま使用し、魔獣の大移動を起こしてしまった。お得なおまけ機能付きですよという触れ込みで入手したらしい。
なにそれ、怪しすぎるのではないか。効き目は抜群だったようだが。
それ以外に不具合はないか確認してほしいと言われても、販売元に確認してもらいたい。
流れの専売商人の持ち込み? それでは近場の聖女に頼むのも分かる。分かるけれども。
「治癒について、病ではなく魔障によるものということなら私でもお役に立てると思いますが、魔道具は専門外です……」
国王様も私も困ってしまう。
ヴァプニー公国と違い、魔法が主流のアウタイン王国では魔道具製作は盛んではない。平民の日常生活でも使用されているくらい馴染みはあるが、大掛かりなものは国が魔法で解決するため無縁だった。
「断ったのだが、残存魔力を確認をしてくれるだけでいいからと。主な依頼は治癒だ」
幾度もの打診と言い渋っていたのを見るに、身分の高いお方が相手なんだろう。重要度が駄々上がりだ。
「症状を抑える魔道具を使用しているので半年は猶予がある。半月後に公国へ向かってもらいたい」
「そんなにのんびりしていられるのですか?」
「あちらとしては早ければ早いほど良いだろうが、軽率に聖女を動かすわけにもいかん」
宰相閣下が当然とばかりに言う。
ホイホイ飛んでいったら軽く見られてしまうということか。王国としても内外へ向けて聖女の扱いは丁重に、無理強いしていませんよという意思表示なのだろう。
半月後、あちらへ着くまでにさらにひと月を見るとして、治癒を始めるのがそれだけ後になってしまう。すぐさま命に関わるようなものではないのだろうが、少々決まりが悪い。
政治に関してはさっぱりであるし、お偉い様方の判断を否定するほどの清廉さも持ち合わせていないけれど、了承するための確認はしたい。
「公国では治癒できないほどの症状を魔道具でどれほど抑えられるのでしょうか」
今まで見てきた症状の度合いは様々だ。軽いものでも長期間蝕まれたら手遅れになることもある。
「それならば経験者がいる。どうだった?」
それまで静観していた殿下に話を振られたのはデイヴ様だった。
「重い症状でも軽い痺れ程度には軽減されていました。幸い私は一週間後に教会へ行けたので半月ほどで完治しましたが、バングル……あの魔道具がなければ腕を失っていましたね」
仕組みは理解できないけれど、魔障が体内を巡る動きを抑える効果が、と控えめに手振りを加えて説明するデイヴ様の愛らしさに夢中になっていられないほどの衝撃を受けた。なにそれ知らない。
目を剥いて彼の腕を凝視した私に閣下が言う。
「自らの失態を進んで語る者はおるまいよ」
その言葉に苦笑する青年。なるほど、若い頃の失敗談なんですね。――――で収まる衝撃ではない。
魔獣討伐へ向かう際には応急処置として魔道具を所持しているので、近年では大事に至った者は少ない。
私が召喚される前の日常として、そのようなことは習った。だがまさかそんなに危険な目に合っていたとは。無事でよかった。
そして魔道具の効果がすごいことも分かった。つけている限り症状の進行は抑えられるか、緩やかである。
先程の日程に了承し、公国との詳細なやりとりを書面で確認させてもらった。患者さんの名前は記載されていなかった。大人の事情ってやつだろう。
魔障による症状であれば魔獣がいるような地域に足を踏み入れているはずだ。身分が高くそのような場所に行くとは、兵に関する職に就いているかもしくはただの興味本位か。後者だったらちょっと苦労しそうだ、コミュニケーション的に。
「ちなみに、治癒を求めているのはエッカルト公子だ。これは内密にな」
公位継承権第一位のお方じゃないですかー!
「承知しました」
責任の重さを想像しないようにした。相手が誰であろうと治せるものなら治す。これは現実逃避ではない。




