20,晩餐会
「聖女様はこの王国で満足してますか?」
場の空気が一瞬で変わったのを身に感じた。
狩猟から戻った男性陣と合流し、用意された部屋で着替えた後デイヴ様と休んでいれば、晩餐の支度が整ったと呼ばれる。
広々としたホールで和やかに晩餐は進み、隣に座る青年がフォローしてくれるので私は相槌を打つ程度で済んでいた。
デイヴ様は社交が苦手とは思えないほど自然に溶けこんでいる。下心を押し付けなければあの顰めっ面も出ないとアルバートさんに聞いたことがあった。
以前、普段の彼をこっそり覗き見たときにはたしかにご令嬢やその親と接している場面が多かった。王城内で一人でいるとチャンスとばかりに声がかかるのだろう。
こうして紳士淑女の中にいる彼は、本人が言うように不躾などではけしてない。貴族社会で浮いているなんてとんでもない。周りからの悪感情など感じないし、愛想はないがこの美貌とスマートな受け答えなら高嶺の花だ。引く手数多だろう。
だから距離を置いていたのだった。今更ながら納得した。
お酒が入り、狩猟や領地の出来事など、楽しそうな声が響いていたところに冒頭の問いかけが落とされた。気をつけるようにと言われていたあのモントール子爵だった。
どんな意図があるかまだ分からないので周りは静観しているが、笑い声はぴたりと止んでしまった。
穏やかそうな素朴な笑みでなんてことを言うのだ。やめてほしい。空気を読んで。お貴族様でしょ。
「はい。皆様にはとてもよくしていただいております」
「他での暮らしをご存知ないだけでは?」
これにはさすがに不快感を示す方々を目に捉えた。わざとだ。なんとなく足元が冷え冷えとしてきた。
「たしかに私は他の国を知りませんが、一年以上を過ごした中でこの王国へも人々へも愛着が湧いております。離れたいとは思いません」
「人生を大きく変えられたことに対するお怒りなどは」
「モントール卿、不敬ですぞ」
主催者であるミラッド伯爵が窘めれば、肩をすくめていた。
私の不快感は一気に上がった。わざと怒らせるようなことを言って相手の人間性を測ろうとする人は好きになれない。不躾とはこういう方のことですよデイヴ様!
この男の思惑通りになるものか。
「随分とご心配くださるのですね。ですが私にそのお気遣いは不要です」
クリスティーナ様直伝、問答無用お断りの態度をとった。(彼女にはなぜか押しに弱そうだと心配されたのだ)私はNOと言える日本人であった。
「卿は国外へも手広く才を広げておりますから、魅力的な地をたくさん知っているのでしょう」
デイヴ様がフォローするが顔は微塵も笑っていない。
おまけに足元は冷える一方なのだけれど、誰か魔法を発動していませんか? 空気が物理的にも寒い。慌ててあたたかい風を気づかれないように送った。
モントール子爵はそれ以上場を乱すこともなく、ミラッド夫人が明るい話題に戻してくれた。
さすがに教会での、私が子供たちに振り回されて泥だらけになった話をされるとは思わず冷や汗が流れた。周りに口止めしてデイヴ様にも内緒にしていたのに。思わぬところに伏兵がいた。
「先程は出過ぎたことを失礼いたしました」
このまま宿泊する人以外は玄関ホールで順に馬車を待っているとき、モントール子爵が話しかけてきた。
食堂を出てからこちらを窺う様子があり、デイヴ様にひっつきながらこれ以上関わらないでオーラを出していたのだが効いていなかったようだ。
手を添えていた青年の腕が肩に回り引き寄せられる。守るような動きに意識が持っていかれそうになった。ヒェ。正気を保て自分。
構いませんと返事をしたところで、玄関の向こうから子爵の名前が呼ばれた。
「おや、私の番のようですね」
それでは、と馬車に向かうために横を通り過ぎる際。
「気が変わったら教えてください」
囁かれた言葉より、わずかに近づいた距離が不快だなと思った。
すぐさま青年の胸に庇われる。頭の後ろに回った大きな手にその気持ちは霧散した。
「人の婚約者に対する距離じゃありませんよ」
「失礼」
今度こそ去っていったようだ。顔面はデイヴ様の胸に密着しているので小さくなる足音でそう判断した。
しばらくそのまま、声をかけられるまで動けなかった。これは仕方ないだろう。
「……大丈夫か?」
「あまりにいい匂いで離れられません……」
すうーっと深呼吸した私の両肩を掴み、そっと離された。あああ残念。
未練がましく離れると、微笑ましそうにこちらを見るミラッド夫人と目があった。人様のお家でした!
気づけば他の方は全員帰路についたようで、玄関ホールには私たちと伯爵夫妻、数名の使用人のみになっていた。
私が夫人に揶揄われている間、伯爵と一言二言交わしたデイヴ様と馬車に乗り込み、伯爵家を後にした。
「彼になにを言われていた?」
あのときの声は聞こえていなかったようだ。
「気が変わったら言えと。モントール子爵は聖女に関係のある方なのですか?」
貴族名鑑にそのような記載はなかった。
聞けば、先代聖女様が逃げるお手伝いをしたのが子爵のお祖父様かもしれないという。デイヴ様もお兄様に忠告を受け、探っていたそうだ。
「聖女逃亡ルートなんてものをお持ちなんでしょうか」
海運業も手がけていたはずだ。十分あり得る。
「ただ、あくまで私の意思を確認していたので無理に連れ去るとかはなさそうですけど」
なのでそんなに心配そうな顔をしないでほしい。
「彼の言うように気が変わらないとも限らない」
ないと思いますけど。
ないと思いますけどね。
ここにいられなくなる、なんてことはあるかもしれない。
「そのときは攫ってしまうかもしれません」
置いて逃げるという選択肢はなかった。
「ぜひ攫ってくれ」
嬉しそうにされると幸せを感じる。
でもあの人に頼るのはちょっと抵抗あるな、苦手なタイプだ。ぬるっとした感じが。
当初の素朴な外見への親近感など綺麗さっぱり消え失せた。
「そういえば、晩餐のとき足元が冷え冷えとしていませんでしたか?」
急に冷え出した感覚は魔法のそれだ。魔法士ではなくとも、この国の貴族で魔法を使える人は少なくない。魔法の素質自体ならばこの世界のすべての人間にあると聞いた。
空気の変化は風だろうか、水だろうか。
規格外の異世界産聖女は該当しないが、それぞれには適性魔法というものがある。カルゴさんは炎が得意だし、マイヤーさんは珍しい腐食だ。治癒である活性の逆で、ものを朽ちさせる。
基本的に魔法師団所属の人はどの属性でも扱えるほどの力を持ち合わせているけれど。
魔法の力量も様々なので、貴族間でなにが得意だとか公にすることはあまりない。ただそれとなく気づいている暗黙の了解のようなものはある。
なので先程の場でも誰が使ったのかは分からないかもしれないな、と返事を待っていれば。
「すまない……」
まさかのデイヴ様だった。攻撃に使えるほどではないが、氷魔法が適正だという。
氷刃の貴公子! ここからか! しかしなぜ謝罪を?
「カナメがフォローしてくれただろう」
元々コントロールが得意ではない。暴走したことはないし、したとしても大した害はないが、感情につられて無意識に出てしまっていた。
私の前では微々たるものでちょっと恥ずかしくて教えられなかったそうだ。あまりに可愛くて胸がぎゅんぎゅんした。
「私の力はドーピングみたいなものなので」
「ドー……?」
ドーピングの説明から始まり、あちらでは魔法がない代わりに医療や科学の発達が云々と、あまり頭のよくない私の説明でも真剣に聞いてくれるデイヴ様につられてついあれこれ語ってしまった。
私があちらの世界の話をするのが珍しいのか、彼も興味津々に尋ねてくれた。話したくないわけではなく上手く説明する力がないのだと言えば、ぜひ聞きたいと請われる。
長めの帰路も気にならないくらい話が弾んだ。
夜半、王都に入ったあたりから馬車の周囲に騎士が増え、いつもより厳重な警備で物々しい雰囲気になっている我が家にたどり着いた。
なにごと。




