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19,噂話

「緊張する……」


 目的地へ向かう馬車に揺られながら不安が溢れた。

 今日は王都の西に隣接するミラッド伯爵領へお邪魔する。


 デイヴ様のご実家訪問とは違った緊張感だ。なにせ、ほとんど知らない貴族ばかりの場に行くのは今回が初めてなのだ。これまで貴族について学ぶ中で姿絵や特徴もしっかり覚えては来たけれど。


「ミラッド夫人とは王都の教会で知り合ったと言っていたな」

「そうです、気さくな方なので最初は貴族の方とは思わず少々失礼を……」

 もらったお菓子を一緒に食べましょうどうぞどうぞと手渡しで勧めてしまった。

 あの頃はまだマナーを学びはじめとはいえ、笑って許してくれた彼女が奇特なのは分かる。だが今日は夫人のご友人もいるのだ。


「淑女のなんたるか、しっかり学んできますね……!」

 習うより慣れろ。今の私に足りないのは実践である。

 先日貰った指輪は服の下で首から下げている。準備は万端だ。


 握り拳を作って意気込んでいれば、青年の手がこちらへ延びたあと、力なく降りた。

「デイヴ様?」

「いや、頭を……撫でたくなったのだが、綺麗に纏めた髪を崩してしまうから……」


 うわ~~!? かわいい~~~なんでちょっぴり恥ずかし気なのかわいい~~~!!

 エリーにがっちり編み込まれてちょっとやそっとじゃ崩れませんよ大丈夫!

「カナメ……?」


 ハッ

 久しぶりに拝んでしまった。いけない。咳払いをして無理やり誤魔化した。

「もうそろそろでしょうか」

「そうだな」

 懐中時計を確認する青年の伏せられた目元をそっと盗み見た。本日も麗しい。

 できることなら狩猟中の姿も拝見したかった。一人ならば魔法を使ってこっそりついて行けたかもしれないが、女性陣はお茶である。

 いやいや、実践を積むんだ。これは大事な任務なのだ。



 大きな門扉を潜り、速度が緩やかになる。先をゆく馬車が目に入った。

 我が家は距離があるとはいえ歩いて玄関まで行けるけれど、このお屋敷では大変だろう。現代日本でも車が必要な距離だ。

 窓の外に広がる風景は壮大だった。水鳥が浮かぶ広々とした池まである。お宅はときめきのお城タイプだった。(異世界聖女基準)


 存分に景色を楽しみ、玄関前で他の馬車から降りる人が目視できるあたりに来たところで、斜め前に座っていた青年が窓から隠すように隣に来た。


「うっ」

 はしたなくならない程度に外を覗き込んでいた私の顔は潰れた。


「!すまない」

「いえ……なにか気になるものでもありましたか?」

 なんだか険しい顔をしている。

 お城の周りを囲むあの広大な森から熊でも出たのだろうか。そんなわけないか。


「なぜ保守派の集まりに……彼自身は中立ではあるが……」

 外を眺めなにかを考えていたデイヴ様がいきなり振り向くので、顔がぶつかりそうになる。美!


「モントール子爵家の当主は知っているだろうか」

「昨年当主になられたリアム様ですか?」

 二十四歳で手広い事業を受け継いだやり手の若手領主と記憶している。添えられた姿絵に派手さはなく、こげ茶の髪と瞳に親近感が湧いた穏やかそうな青年だった。


「そうだ」

 よく覚えたとばかりに撫でられた。うふふ。無意識だろうけど髪を気にするから黙っておこう。


「いらしてるんですか?」

 事前に聞いていた招待客ではない。

「ああ。少々気になることがある。接触する機会はほとんどないだろうがけっして一人にはならないようにしてくれ」

「分かりました」





「素敵なドレスね、どちらのテーラーで?」

「私はいつもの聖女様のお召し物も気になりますわ」

「デザインはご本人って本当かしら?」


 賑やかなおば様たちに矢継ぎ早にされる質問に答え、誤解はとき、話題を振ることも忘れない。

 王妃様よりも上の年代の方々はとにかく賑やかだった。それでも上品なのが不思議。


 ひたすらお洒落に気を配っているようで、そこに政治や情勢が含まれているのだから脱帽だ。私には今後も必要のないことかもしれないが、学べばこんなに理解できると分かって楽しい。


「最近トルの宝飾品がまたお目にかかれるようになったのをご存知?」

「これも聖女様のご加護のおかげと言われておりますわ」

 鉱山の魔障がひどかった地域だから加護というより物理的なお祓いですね。


「まだ王都では数えるほどしかないのよね。次のシーズンには手に入るかしら」

「宝石が取れなくなって専属職人の方が引退したと聞いたのだけれど」

「では以前のような逸品には出会えないのかしら……」


「最近の実物を見たことがありますが、細工が繊細で素敵ですよ」

 正直なところ宝石の価値は判断できず、目利きのできるマイヤーさん頼みだったが、新鋭のデザイナーが手掛けたという髪飾りに一目惚れしたのを覚えている。


「聖女様はすでにお持ちに?」

「トルより北の街へ行った際に友人へのお土産として選びました」

 おしゃれ好きなエリーのお墨付きなので自信満々に勧められる。


「トルより北といえば国境に面している街がありますが、もしかしてあの魔獣討伐の際に……?」

「あらあら、お噂より豪胆のようだわ」

「だから言っているでしょう、聖女様は繊細でも形だけでもないのよって」


「では聖女様のお墨付きという触れ込みは嘘ではなかったのね」

「てっきりあやかっているのかと」

「私も」

 なんだって。あのデザイナーはすでに王都でも大人気!って言ってたぞ。聖女をダシにするとはやるな、出世する。



「魔獣討伐といえば……ここだけの話、公国は魔法士の方々の情報を集めているそうですわ」

 王都より北に領地を持つ子爵家のご夫人が潜めた声で切り出す。国内外を出入りする商人の話では、持ち帰った情報により褒賞を与えられるのだとか。


「聖女様を要請しているという噂は近頃の王城内で耳にしますわ」

 王城に出入りすることの多い南方の伯爵夫人が言う。

 なんと、王様からはなにも聞いていないぞ。この場にいるのは保守派なのでその辺りの情報に敏感とはいえ、当事者より先に情報が入るとは。

 噂ではあるが帰ったら一応確認しなくては。


「公国から正式に依頼が来ても、受ける必要はありませんのよ」

「聖女様を都合よく使おうだなんて」

 ご夫人方がぷりぷりお怒りを表明し始めた。噂の信憑性は高そうだ。


 隣国であり、以前の魔獣討伐で関わったヴァプニー公国とこのアウタイン王国は和平を結んでいる。

 魔獣討伐のとき兵士たちに必死に勧誘された様子から、あちらも小さくない問題を抱えているんだろうと想像できる。地域性の表れたゲテモノ魔獣一種だけでもやばいもの……。それなのに魔法を使える人が少ないだなんて悪夢だ。


 私は博愛主義ではないが、外交上完全に無視をするわけにはいかないだろう。とはいえこの場で気軽に隣国へお手伝いに行きますよとは言えない。


「国王様からそのようなお話はいただいておりませんが、相談してみます」


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