18,デート
一緒に住むようになり、休日も出かけることの多かったデイヴ様が珍しく一日予定がないというので遠乗りに誘った。
護衛を連れ、街を出てから二人で並走し王都一体が望める小高い丘までやって来る。
馬から降りて適当な木に繋ぎ、補給をさせる。労うように撫でた背の逞しさに懐かしくなった。
「ずいぶん上手いな」
「あちらでも何度か乗ったことがあるので」
観光客向けに牧場を経営している親戚がいたので馬にはそこそこ慣れていた。ただ、小柄な在来馬とこちらの世界の馬とではまったく体格が違い、最初は驚いたものだ。
「舞踏の講師も筋がいいと褒めていた。体を動かすのが得意なんだな」
「知っているダンスとは程遠くて不安でしたけど、なんとか」
「こちらに任せてくれて構わないんだが」
踏まれてもいいって顔だ。まったくよくないので真に受けないぞ。
中高の六年間はバドミントン部に所属していた。県大会初戦止まりで特出した腕ではなかったけれど、日々の筋トレは引退後も続けていた。おかげで旅の道中も筋肉痛に悩まされることはなかった。
元々動く方が得意なので、宮廷ダンスや王城を出てから始めた乗馬は座学の合間のいい息抜きでもある。
(姿隠しや他の魔法で大抵乗り切れるとはいえ、できたら護身術も習ってみたいな)
この王国で私ができることは魔法で対処できる脅威のみだ。
魔法師団や教会へ赴くことも一応は仕事として請け負っている。他にも依頼があれば現地に赴き協力することになっているが、今のところ大きな問題など発生していない。
以前の大規模な魔獣討伐もすでに事後処理が済んだと報告を受けたし、近頃はすっかり講義を受けお祈りや実験に付き合う日々に戻っている。
デイヴ様は貴族のお付き合いがあるようだが、私は婚前に国王様主催の夜会でお披露目されるまでは表立った招待もない。
ただ、個人的にお付き合いのある魔法士や教会の方々に誘われて遊びに行くことはある。
ナイスミドルなカルゴさんを訪ねて広いお庭でお孫さんと遊んだし、新婚のマイヤーさんの娘さんのおしめを変えに行ったついでに加護を祈った。順番がおかしいなと思った。
そして明日は教会で知り合ったおば様のお宅へお茶と晩餐に伺う。そういえば。
「貴族関係のお誘いって他にも来てるんですよね? 私はもっと出なくていいんでしょうか」
「今回は特別なんだ。ミラッド卿が穏健派というのもあるが、カナメと夫人が親しいと聞いていたから受けたようなものだから。夜会前に他の貴族と交流を重ねる必要はない」
そもそも聖女様が貴族社会に合わせる必要はない。いるだけでこの国に恩恵を与える者を手に入れたい輩は多いが、カナメにとっては利は少ない。選べる立場なのだと言う。
「でもデイヴ様はお付き合いが増えましたよね?」
「俺には必要なことだからな」
以前彼は、元々貴族社会に馴染めていないし未練もないだなんて言っていたけれど、聖女と婚約したことによって必要性が出てきたのではないだろうか。それならば私にだって必要なことだと思うのだけれど。
得意ではないと知っているのに、負担を一人で背負ってほしいわけじゃない。
かといって、学んでいるとはいえ知識も経験も浅い自分が出張ったところで力になれるとも限らない。焦りは禁物だ。徐々に出張る気ではいる。
「必要なときはちゃんと教えてくださいね。私の為ではなくデイヴ様の為でもですよ。でないと聖女様が無作法に暴れ回ったなんて悪評が立ってしまうかもしれません」
目を開いたあと、珍しく声を立てて笑っていた。
了承の言葉はしかと胸に刻みましたからね。
護衛が積んできてくれた荷物を広げ、軽く昼食を済ませて丘を降りた。
行きと同じルートで帰るのかと思いきや、城下町に入ったところで護衛に馬を預けて彼らを見送った。片手はしっかりとデイヴ様に握られている。
「休日は露店が多く出ている。見ながら帰ろう」
以前の城下町デートは落ち着いた服装で、貴族も利用するようなお店ばかりだったので気にならなかったけれど、ラフな乗馬スタイルで堂々と歩いていいものだろうか。私ではなく彼が。
「カナメの方が有名人だから」
堂々と聖女様を隠れ蓑にする氷刃の貴公子。
でもほら見てください、町娘の見惚れる視線を。ちんちくりん聖女は全然隠れ蓑になってませんよ。
すでに私の顔は知れ渡っているのでこちらに気づくとみんな手を振ってくれる。空いている手で返しながら頭をフル回転させた。
大丈夫? 嫉妬のナイフとか飛んできたりしない? 治癒ならできるけど防御は厳しい。それに姿隠しは自分は隠せても他の人までは無理なのだ。いざというとき彼を守れない。訓練したらできるようにならないかな? あ、これ魔法士のみんなが食いつきそうだ。週明けに提案してみよう。
なんて心配している横で飄々と歩いている青年。
この辺りは騎士の見回りもあるし、そもそも隣のこの人が実力派の騎士様だから心配しすぎだろうかと思い直す。王国の治安のよさも知っている。
「なにかほしいものはないか?」
いい香りがしてきたあたりで声をかけた彼は食べ物の話をしていたのだろう。だが目線の先にアクセサリー小物が並んだお店があった私はそれを口にした。
「あちらの小物がほしいです」
商人が持って来てくれるのは値が張るものばかりだ。相手が聖女だから当然でも、こちとら根っからの庶民である。王城や屋敷内ならまだしも、身につけて歩くのはまだだいぶ恐怖を伴う。
その点、平民向けの小物なら正式な場では無理でも普段は気軽に身につけられる。デイヴ様から貰うものならお守りがわりにどこへでも持ち歩きたい。
そんな気持ちでおねだりした。
「分かった。あの露店がほしいのだな」
「ん!?」
屋敷にすべて運ばせようと言い出すのを全力で止めた。一個じゃないと受け取りませんと言えば残念そうにしている。なぜそんなに箱買いならぬ露店買いにこだわりを……と考えたところで、さあ今すぐ選ぼうとばかりに促す様子に気がついた。
形に残る物を彼に強請ったのは初めてだ。
そんなに嬉しそうな顔をしてくれるのか。できるのなら今すぐこの瞬間を切り取って残したいなぁ。
でもお店全部はいらないです。
吟味していると横でソワソワする気配を感じ、やっぱり全部買おうと言い出す前にひとつだけ選ぶ。青年の瞳のような石が嵌まったシルバーの指輪。
お礼を伝えて受け取ろうとしたそれを、何気なさを装い左の薬指にはめてもらった。少しぶかぶかだった。
帰ったら紐に通して持ち歩こう。
この世界では婚約指輪のようなものはない。あちらにはそういう文化があったのだと、あまり知られたくはなかった。きっとどういうものかを理解した上で改めて用意してくれようとするだろう。
特別な意味もなく、通りがかりの露店で初めて贈ってもらったこれがいい。
何気なさを装ったつもりでも、嬉しさで下がる目尻と上がる頬は抑えられなかった。
「いいな。自分が贈ったもので全身を飾りたい」
落ちないように軽く握った手に嵌まる指輪を目に留め、控えめな、でも見ている方が蕩けるような微笑みで言われた。
衝撃をくれた本人は特に気にせず、再び私の手を取り進む。
嘘でしょ今の無自覚なの……? 恐ろしや。
ヤニ下がった顔は一瞬で真顔になったが、頬の染まりだけは深まっていた。




