12,訪問
ここから二部です。
正式に婚約が成立し、では公表をいつにしようかという話になった。
「王国中の浄化のみならず、先日の魔獣討伐による功績でますます注目を集めている今が狙いどきであろう」
印象操作へ尽力した宰相閣下が言う。
魔獣討伐は私一人の力ではないので、こうまで持て囃されることに最初は居心地の悪さを感じた。自ら赴いたことに意味を持たせるというのは、私自身も利用した手ではあるけれど。
「国への活気になる」
なるほど、承知しました。聖女様フィーバーで経済を回しましょう。
そして問題が発生した。
あろう事かこの宰相閣下は公表日の相談などと言いながらまったく相談する気がなかった。「では公表は二日後に教会で行う王の演説時でよいな」と、確認だけのつもりで呼び出していた。
全然よくないです。
「伯爵家との顔合わせがまだだと?」
出来の悪い生徒を叱るようなそれだった。地味にへこむ。あれからまだ一月も経っていないのだから大目に見てください先生。
部屋の外で待機していたデイヴ様が呼び込まれ、急遽ご実家訪問が決定した。
翌日の昼食に合わせてご挨拶に伺うことになった私は、急いでマナー講師に泣きついた。
貴族社会のマナーはこれまでに最低限覚えているし、会話については聖女様が言葉遣いを合わせる必要はないと言われる。梯子を外されたような顔をしていたのだろう、講師はフォローしてくれた。
「王様や王妃様と問題なく過ごされていると報告を受けておりますので」
そう言われたら少しだけ安心できる。
(でもあの二人って結構私に甘いと思うんだよね……)
やはり不安は消えなかった。
翌日、迎えにきたデイヴ様と共に馬車へ乗り込んだ。
ガッチガチに固まっていると、心配ないと微笑んでくれたけれど、緊張しきっていた私にはそれが天からのお迎えに見えた。
「家族仲はいいと話しただろう。カナメに対しても腹の探り合いなど持ちかけたりしないから安心してくれ」
今のは彼なりの冗談だろうか。悪戯っぽい表情も最高です。
息を長めに吐いて肩の力をできるだけ抜く。そしてデイヴ様へ顔を向けたところで気づいてしまった。
これから彼のご実家へ向かう。つまり彼のご家族にお会いする。そう、この美形青年の血縁者に。
パラダイスなのでは……?
「ただ、一つだけお願いがあるんだが」
まだ見ぬ楽園を想像していたところへ控えめな声が入った。いくらでもどうぞと言いたいのを堪え、促すように頷く。
「妹には、気をつけてほしい」
「ようこそフォーサイス家へ」
人のよさそうな温和な笑みで迎えてくれたのは当主であるデイヴ様のお父さん。
「聖女様のお噂はかねがね、お会いできるのを心待ちにしておりましたわ」
今日はゆっくりしていらしてね、と急な訪問にもかかわらず歓迎してくれる透明感のある美女はお母さん。家族構成を知っていなければお姉さんかと思う若々しさだった。
(デイヴ様はお母さん似だ!)
ついガン見しないよう必死に理性を保ち、順に挨拶を交わす。
穏やかな雰囲気のお兄さんに、芯の強そうな弟さん。そして――――デイヴ様を華奢にして女性にしたらこうだろうな、という妹さん。
この世の美の結晶だろうか。
あまりの美少女に本能が目に焼き付けろと言ってくる。理性を総動員して不自然にならないように逸らした。
頑張った。もうめちゃくちゃ頑張った。帰ったらエリーにたくさん褒めてもらおう。絶対だ。
デイヴ様には気をつけるよう言われたけれど、こちらを見るその様子は儚げな美少女にしか見えなかった。なにに気をつければいいのかまでは教えてもらえなかったが、とても危険人物とは思えない。
となると、あれかな。ブラコンというやつだ。「お兄様を何処の馬の骨ともしれぬ女に渡してたまるものですか!」なんて言われたりする、あれ。
私の周りにはそういったケースは存在しなかったのでフィクションの知識である。だがこの美少女なら絶対に似合いそうな台詞だ。言ってもらいたいわけではない。けっして。
縁談の時点でご両親に認められているとはいえ、他のご家族がそうとは限らない。
今日はとにかく失礼のないように、できたら気に入るまではいかなくとも無害であると知ってもらわなければ。
気合いを新たに、昼食会に臨んだ。
和やかに食事は進み、残すはデザートのみ。
食材の産地や特産品など、話についていけたのは直前に学んだからもあるが、事前にデイヴ様が気を回してくれたのだろう。
あちらからも主に旅の話を求められたので、会話に悩まず食事も楽しめた。ありがたい。
「カナメ様。この度は我々の息子を見初めてくださり、感謝しております」
本題だ。
こちらこそ、と返事をする前に奥様が重ねる。
「この歳まで浮いた話もなく、私たちも気を揉んでいたところでしたの。無骨な息子で失礼をしていないか心配だわ」
「母上」
一番上のお兄さんが嗜めるが、デイヴ様はとくに気にした様子はない。
「デイヴィッド様は私にはもったいないくらいの方です」
これはきっと私に対してだけではなく、彼への心配も含まれているのだろう。
安心してくれと言葉にするのは簡単だが、実感してもらうのは難しい。
旅の道中での仕事ぶりや(私が知るのはほんの一部だが)、聖女でない自分をどんなに尊重してくれているのか。
あなた方の息子さんがこんなに立派なことを知っています、だから大丈夫ですよ。そんな気持ちを込めて伝えた。
「どうか私に任せてください」
婿入りしても不自由はさせませんとも。
力強く頷いてしまったが、少々品がなかったかと不安になった。ご夫妻だけではなく、ご兄弟までなんだか驚いた様子に内心焦った。
そんなに語ったつもりはないが、一人で話し過ぎてしまっただろうか。
助けを乞うように横を伺えば、テーブルに肘をつき、項垂れるようにして片手で顔を覆っているデイヴ様。お行儀が悪いのではという思考は指の隙間から覗く頬の染まりに吹っ飛んだ。
私はそんなに恥じ入るようなことを言っただろうか。それとも恥じるほどの失礼があっただろうか。まずい、思い返しても分からない。こちらまでその色が伝染する。
カタリ、椅子を引く音がした。止まっていた空気が動き出す。
「部屋で休んでおりますわ」
顔を向ければ、デザートを食べ終えた妹さんがこちらに背を向けるところだった。