自転車乗りの三大敵(その3)
「これは風の噂で聞いた話なんだけどさ……」
……なんだこの唐突な前フリは?
「自転車乗りにとっての克服すべき難敵、三魔神の大将は『風』だ」
……上手いコト言ったつもりなのだろうか。ヒロトのドヤ姿勢が更なる急角度になっていて、それこそ風が吹けば間違いなく後ろに倒れるくらいに反り返っている。椅子の後ろ脚2つでバランスを取り、維持しているのが不思議でならない。ここまできたら倒れるのが先か?最後まで話きるのが先か?ここは様子を見よう。
「大将と呼ばれるだけあって、風は自転車乗りにとって相性が最悪なんだよ」
「いや、風を『大将』と呼んでいるのはヒロトだけだよ。でも向かい風はたしかに、わかるよ。あれは走っている気がしないくらい辛い」
「その通りさ。ただ追い風になれば楽に走れると思われがちだが、実はそうそう綺麗な追い風になることは少ないんだよ」
「?」
「一定方向から常に同じ風がくるはずもないし道もずっと直線ではない。むしろ、ちょっとでも角度がずれれば危険なのさ」
「どう危険なのさ?」
「バランスを崩される」
「あ‼︎」
「例えば、高速道路の走行中、車が横風でハンドルを取られる感覚。あれが自転車だと不安定さが体に直にくる」
「それは怖いなぁ〜」
「自転車はバランスの乗り物だから、走行中の横風や強風には特に弱いのさ」
「なるほど」
「だが『風』が大将と呼ばれる所以は、まだこんなもんじゃない」
「ま、まだあんの?」
「土煙さ。これを風が運んでくると、目、耳、鼻、口とあらゆる部分にこびりつく。目に埃が入れば、目を開けることが出来ず、口に入れば、砂利まじりの舌触りを感じる。鼻も耳も汚れが酷い事になる」
「痛そうだなぁ〜」
「坂は物理的に回避出来る。雨も天気予報を見れば回避出来る。風予想はあるにはあるが、はっきり言えばざっくりした情報で、当てにはならない。そもそも晴の日において『風』を理由に走るのを回避したら、もうそれこそ走れる日は存在しなくなる。無風の日など皆無に等しいからな」
「……」
「風だけは常に立ち向かわないといけない強敵なんだよ」
「なるほどなぁ」
「もっと言えば、坂、雨、風の三位一体技は最強だよ」
「いや合わせるなよ。本当の意味で『混ぜるな危険』だよ」