自転車乗りの三大敵(その2)
「さて自転車乗りにとっての克服すべき難敵、三魔神の2体目。次鋒は『雨』だ」
「まだ、その設定を推すの?」
ヒロトの話の腰を折るつもりはなかったが、どうしても気になったので聞いてみた。しかしエンジンが掛かったノリノリのヒロトには聞こえてないらしい。前回のおばちゃんのように、まさしく俺のツッコミは眼中にない。ただ中二病設定はともかく、ここまできたら三部作全てを聞いてみたい。質問は無視されたが、ここは様子を見よう。
「自転車乗りにとって雨は非常に厄介だ。坂と違って常に対峙しないといけない」
「たしかに坂は登りたくなかったら、迂回するとか避ければいいもんな。それに比べて雨は自然現象だから、ある意味どうしようもないよ」
「雨は体温を奪うので、寒さゆえに筋肉を収縮し動きを制限してくる。全身濡れればビショビショの服がまとわりついて動きを邪魔する。ハンドルが濡れればいつも以上に力を入れて握らないといけない。路面は濡れているからスリップする可能性がある」
「コンディション的には最悪だな〜」
「何より視界が狭まられる。これが一番キツい」
「たしかに」
「これは何も俺だけの話ではないんだ。走行中の車、自転車、歩行者、全てにおいて視界が狭まるから、各々の安全確認は晴れの日よりも格段に注意が必要になる」
「……そもそも雨の日に自転車は乗らないだろ‼︎」
「俺は天候に関係なく自転車に乗る‼︎……そういう若い時代もあったわ」
「なにその昔はやんちゃしてたなぁ〜みたいな言い方。なにやらかしたんだよ‼︎」
「一度、土砂降りの台風の中を走った時があったわ」
「もうそれ、やんちゃじゃないよ‼︎ 若気のいたりじゃ済まないよ‼︎ 台風の最中にどれだけ川の量が増えているか見に行くか?レベルの危険度だよ‼︎」
「歩道には当然誰もいないし、車もまばらだから気分は貸切状態なんだよ」
「貸切の前に雨天中止だよ」
「むしろ俺しか走っていないと思うと、ワクワクしてきたんだよ」
「別な意味でアドレナリンが放出しとるよ」
「そして公園に行ったのさ。普段の園内ではウォーキングしている人や、芝生で体操している人とが多くいるんだ」
「そうだろうね」
「土砂降りで大風の中、この公園にいるのは俺だけ。まさに至福といっていい気分だったよ」
「台風時に外に出て至福って……もう、そのテンションがおかしいけどな」
「そしたら、いたんだよ」
「なにが?」
「この台風の中、俺と同じ考え方の奴が。その人は黙々と園内を走っていたんだよ。……こりゃ負けたと思ったね」
「ヒロトよりその人が『魔神』だよ」