1 げん
青く、青く、どこまでも続く澄み切った青い空。
たまに浮かんでいる綿菓子みたいな白い雲は、お日様の、お昼寝まくらかゆりかごか。
ここには酸性雨の原因となるえんとつの煙や、車の排ガスなんかも無い。
だからこんなに空が元気なのだ。
空が元気だと、見よ、この緑成す大地と生命豊かな海!
澄んだ雨を受けた葉の、幾重にも折り重なる鮮やかな色と、互いの青さを競いあうかのように拡がるその先の海!
人には決して作れない。
いいや、神様にだって作れない。
自然の織り成す色のこの絶妙なコントラストは、空が、大地が、海が、それぞれの持てる本来の姿を隠すことなく、ただ自然に、ただありのままにある。
ただそれだけの結果に過ぎないのだ。
誰かが触っていいものではない。
誰かが変えていいものではない。
そう思わせられる姿である。
確かに、ここに暮らす人々は、岩山に穴を開け暮らしている。
だが、それが何だと言うのだ?
むやみに木を切り倒し、森を無くしているわけではない。
自分達は大自然の恩恵に預かって、生かされていることを知っているのである。
到底自然破壊とはならないであろう。
そんな世界の、海から程なく離れた場所に、頭に大きな岩の球を乗せたような形の岩山があり、そこに一軒の洞穴アパートがあった。雨風に岩山の両側が、長い年月をかけて削られて出来た珍しい現象なのだが、その珍しさの割にこの洞穴アパートの家賃は高くない。
まあ、古い物件だし、間取りもあんまり広くないのだから仕方ないであろう。
その洞穴アパートの山腹に幾つか開いた穴のひとつから、一人の幼い男の子が姿を現した。
つるつるの頭に真ん丸お顔。
つぶらな瞳に真っ赤なほっぺ。
マンモスの皮で作った、腰だけが隠れるだけの短いスカートを履き、まだ開ききらない眼を何度も擦っていた。
男の子がスカートなんておかしいと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この時代の男は、大人も子供もみな同じこんな恰好である。
特にマンモスの皮のスカートは安価で、大量に出回っている。
名前は げん。
歳は5歳。
趣味はパチンコ…と、これはママがふざけて教えた、迷子になった時のセリフ。
げんは洞穴の入口の脇の前までくると、
シー…
おもむろにスカートをまくし上げ、壁に向かって用を足し始めた。
シー…
別にここがトイレと言うわけではないのだが、どうやら寝ぼけている様子である。
シー…
溜まっていたのか、中々良い勢いである。
シー…
まだ出るんですか?
シー…
あの…?もしもし?
シー…
昨日何か飲んだ?
シー…
どこにそんなに入ってるの!?
シー…
中々止まらないげんの放水で岩山の壁が少し削れ、小さなヒビが入ってきた。
シー…
なおも止まらないげんの水流。
ピキピキと、何かが砕けて行くような音がする…。
ピキッ…ピキピキピキッ!
げんの放水を受け続けた岩山の壁が限界点を越えたのであろう、小さなヒビはやがて大きな裂け目となって上に駆け登って行った!
ビキビキビキビキーッ!
凄い早さで裂け目は拡がり、やがて山頂付近にたどりつくと、壁が大きく砕け、岩の球が傾き始めた!
ゴゴゴ…
バランスを失った岩の球はゆっくりと、しかし確実に転がり始めた!
ゴロ…ゴロ…
ゴロゴロゴロー!
岩山アパートの斜面を転がり落ちて行く岩の球!
麓に着くころにはスピードは最高潮に達していた!
ゴロゴロゴロー!!
岩の球は勢いを弱めることなく、森に突っ込んで行く!
バキッ!メキメキッ!ズシャン!
岩の球は木々を薙ぎ倒し進んで行く!
ゴロゴロゴロー!!
バキバキバキー!!
なおも突き進む岩の球!
緑の大地に一筋の線!
ズッシャン!グッシャン!ドッスン!
もうすぐ海だー!
ゴロゴロゴローッ!
大地の終わりで岩の球は大きくジャンプをすると、そのまま海へダーイブッ!
バッシャーン!
飛び散る水しぶき!
ドッカーン!
海の底を突き破る岩の球!
ゴウンゴウン…ゴー!
穴に吸い込まれる海の水!
チャプン…
最後の一滴までもが無くなってしまった海!
見るも無惨な大自然!
シー…
「いっぱい出るです」
何も気付かずにげんは、楽しそうに的先を変えてみたりした。
そうそう、朝の用足しって、やたら止まらない時ってあるんですよね〜。
みなさんもそんな経験おありでは?
…て、いやいやっ!そうじゃなくって!
げんちゃん?
こっち向くなっ!!
危っ!!