第一話 家事手伝いですが何か?④
「お前に神の祝福を」
コータの言葉にピクリと反応するレッドフェンリルは、苛立ちに身体を震わせていた。
兵器と言われても所詮は生き物。自然界の摂理の中では決して抗えない性質がある。
今、己の前に立つ見た目にも軟弱な生物は、圧倒的に自分よりも強い。何度襲い掛かろうとも、水面に映る月のように手応えが無く、霧散するかの如く己の攻撃は届かなかった。
「何だ、あれは?」
背後から驚きを帯びた声がし、イロハたちは振り返る。そこには牢屋の中で瓦礫に埋もれていた獣人の一人が頭を左右に振りながら立ち上がり、目の前の光景に唖然としていた。残りの獣人も意識を取り戻し、のそのそと起き上がる。
「あんなバケモノ見たことが無いぞ。炎尾狼の比じゃない。どうしてこんなのが街中にいるんだよ」
「あんなのに関わったら命が幾らあっても足りないって。それなのにあのガキはあんな所で何をやっているんだ?」
獣人たちが口々に放つ泣き言を耳にし、美女たちは溜息を吐く。
「お前らも冒険者の端くれだろ、弱音を吐く前に加勢に入ったらどうだ。子供に頼らずに少しは男らしい所を見せてみろ」
「命あっての物種ってね。あんなレッドゾーンクラスの魔物なんか、軍かキャストのガキに任せればいい。死んでしまったらそこでジ・エンドだからな」
ミスミの叱咤も、負のオーラ全開でものの見事に返す獣人に、いつもの強気の女主任も呆れて言葉を失くしてしまう。
「あ、あのバケモノは兄ちゃんだ・・・」
レッドフェンリルの魔法で瀕死の重傷を負っていた獣人のリーダーが、イロハの治癒魔法のおかげもあり喋れるまでに回復していた。
「何言ってるんですか副隊長?あれがキャップなわけ無いですよ」
「そいつの言っていることは正しい。ジンクスと呼ばれる災厄の正体は・・・人だ」
この場にいる全員が信じられず戸惑いを隠せない様子を尻目に、ミスミは真実を語った。この事実は政府関係者でもごく一部の者にしか知らされていない超極秘事項であった。
「そんなの人の倫理に外れています。何故こんな愚かなことを・・・」
「神の代行者、神官。全ては奴らのせいだ。その力を超えなければ、セイレーン軍は勝利することが出来なかっただろうからな。強すぎる力は新たな争いを呼ぶということだ」
突然紅い魔物は動きを止め、辺りに静寂が訪れる。
先ほどまでのムキになってコータに突っ掛かっていたのが嘘のようだった。
人としての理性も知性も無く、獣の闘争本能そのままに暴れていた魔物らしからぬ行動にミスミは一抹の不安を抱いた。
何故だ?何故攻撃しない?コータを突破すれば、そこに獲物が待っているのに・・・諦めたのか?
油断というにはあまりにも些細な隙を魔物は見逃さなかった。ミスミの思考を読み取ると同時に、レッドフェンリルは急激に魔力を口内に込め始めた。
挨拶代わりに放った最初の一撃とは雲泥の差にまで高められる魔力を感じ、コータは左手に持った鈍色に輝く刀を肩に担ぐように構えた。
「これはマズイぞ。あのバケモノ、見境無しに大技を繰り出そうとしている。あれをくらえば地下もろとも建物ごと吹き飛ぶぞ。逃げろっ」
ミスミの合図に蜘蛛の子を散らす勢いの獣人たちは、一斉に地下フロアからの脱出を試みた。
「ウヒィーッ‼だから関わりたくなかったんだよ。アンタら精霊だろ、何とかしてくれよ」
「別名、スピリットイーター。あのバケモノは精霊を喰らう。言わば精霊の天敵だ」
精霊を喰らう?頭の中で自分が食べられるシーンをイメージして、イロハは長い髪を震わせた。
少年に対しての攻撃と思われた魔物の行動が、まさか自分に向けられていたことを初めて知り、白銀の綺麗な瞳から不意に涙が零れた。
「怖いか?イロハ」
イロハの涙を知り、ミスミはいつになく優しく問いかける。
「いえ、全く。自分が護られていたことに気付けて嬉しいんです。えっ?うん。大丈夫・・・コータ君が何とかしてくれます」
「ん?・・・なるほど。コータの声を聴いたか」
契約とはお互いが持つ波導を結びつけることで、精霊の魔力を神官自身の体内に直接取り込み、その魔力を燃料として人を超越した力を得る神官のみが持つ特殊なスキル『神通力』であった。その恩恵として心で会話することが可能になる。仮契約も仕組みは同じで、刀を介して力のやり取りを可能にする。
瞬く間にレッドフェンリルは自身の最大魔力を凝縮した『ファイヤショット』を形成し、あとは放つのみとなっていた。
イロハの言葉で逃げることを諦めた獣人たちは、自分の命がどっちに転んでもおかしくない事態に恐怖した。
「本当に大丈夫なのか?やばい気配しかしないんだが」
顔面蒼白の獣人の一人がそう呟きイロハの顔を覗き込む。整った清楚な顔立ちには危機感を一切感じさせない華やかさが溢れていた。
獣人が癒された次の瞬間、紅い魔物から最大限の暴力が放たれ、地下フロアの時が止まった。
「『飛燕』」
その声と共にコータは左手を斜めに振り下ろす。
暴れ狂いながら少年に向かって放たれた赤い魔力の塊は、両者の丁度中心で弾けて消えた。
目を伏せることなく、その場にいた全員が事の一部始終を目の当たりにして驚愕した。
技の余韻に浸る暇もなく、コータは相手に追い討ちを掛けるべく、瞬時に次の行動に移る。
渾身の一撃をかき消され、なす術なく容易にコータの接近を許したレッドフェンリルは、身体を横たえて腹を見せ、まるで理性があるようなにすがる眼差しで目の前の人間を見つめていた。
「や、やめてくれっ。兄ちゃんをころさないでっ」
「コータ君っ!」
イロハや獣人のリーダーの叫びが地下フロアに虚しく反響すると同時に、ほぼ無抵抗状態の魔物の胸に向け、コータは虹色に煌めく刀身を一度引きそして突き刺した。
「コータ君、どうして・・・?殺さなくても・・・あ、あれが災厄と呼ばれた少年・・・」
目の前で行われた惨劇に、イロハは芽生えた淡い想いごと目を背けた。
「イロハ、しっかりと観ておけ。これが戦争だ」
ミスミに言われ、失意に覆われていたイロハはゆっくりと顔を上げる。
ぼんやりと霞む非情な少年の立つ前方には、先ほどまで凶悪な魔力を垂れ流していた魔物の姿は無く、署内のロビーで会った獣人らしき人影が裸のまま倒れていた。
相手の戦意が無いことを確認したコータもまたその場に塞ぎ込み、恐るおそる近づいていた一同は少年の様子を見て駆け寄った。
「コータ君っ、大丈夫?」
「・・・もう無理です。暫く動けません」
自分の問いに、しっかりと受け答えする少年をみて、カナコはホッと胸を撫で下ろす。
コータは少し辺りを見渡すようにし、目当ての人物を見つけ声を掛けた。
「イロハさん、ありがとう。おかげで何とか仕留めることが出来ました」
笑顔で話す少年を見て、銀髪の精霊は冷たく言葉を投げつけた。
「・・・やっぱり私は君を許せない。躊躇なく人を殺せる貴方を」
冷ややかな眼差しを受けて、固まった笑顔の少年は無理にでも動かしてもう一度礼を言う。
「本当にありがとうございました」
署内の地下フロアでは署員たちが慌しく現場検証を行っている。それをぼんやりと眺めながらイロハの急変した態度に少しだけホッとしていた。
「これでいいんですよ。今更、好意を持たれたって困りますからね。僕なんかと関わるとロクなもんじゃない・・・」
「そんなに自分を卑下するな。全てはあの戦争が悪いのだ。イロハは戦争には関わらずに育った新世代の精霊だから少しばかり刺激が強過ぎたのだろう」
よくある慰め言葉など無意味だと思いながらも、ミスミは口に出さずにはいられなかった。
「新世代の精霊・・・でも、これからは彼女みたいな精霊たちがこの世界を見守っていけばいい。精霊の力はみんな冷たい感じがしたけど、彼女の力はとても温かかった」
希望の光となることをコータは心から祈るのだった。
「ところであの人たちこれからどうなるか分からないですね。あんなことをしたんだ、当然ただじゃ済まないでしょ」
「そうだな。お前たちに難癖をつけてきた獣人はとやかく、あのジンクスに変幻した獣人は研究所で解剖された後、処分されるだろう。家族のもとに遺骨が届けば御の字だ。本来ならな」
当然といえばそうなのだが。ミスミの少し含みのある言い回しを気にしつつも、現実はそう甘くないのだなと溜息をつく。しかし、それではコータのとった行動が無意味なものになるのも事実で、二人の間に少しの沈黙が訪れた。
重たい空気を振り払うため、コータは聴き慣れないフレーズを口にする。
「ジンクス・・・?」
「うん?ああ。そうだ、ジンクスだ。誰が名付けたかは知らんが、疫病神という意味らしい」
ミスミの言葉に少し苦笑いのコータは小さく呟く。それって僕のことですよね・・・と。
「さてと。そろそろ潮時ですね。僕の正体もみんなに知られてしまったし、これ以上迷惑はかけられない。なのでミスミさん、お世話になりっぱなしで心苦しいですがこの辺でお暇しようと思います」
「そうか、無理にとは言わんがもう少しだけ私に付き合え。その後なら何処にでも行ってかまわん」
妙にあっさりと了解を出したミスミに、首を傾げながらコータは再び空気を壊すために口を開いた。
「そんなに僕と離れるのが嫌なんですか?」
「いや、別に」
またまた。そんなこと言って本当は寂しいくせに。なんて言っているコータをあえて無視するミスミは、いつもの少し冷淡な口調で告げる。
「少しの間目をつむれ。良いと言うまで絶対に開けるなよ」
一緒に生活してきたコータにとって、今のミスミの言葉の意味をすぐに理解してそそくさと目を閉じる。その瞬間、閉じたまぶたの上からでも分かるほどの閃光が走った。
そんな経緯があって現在に至る。
三月二日。シンシア王国ウインダム城謁見の間。
「望みを言ってみるといい。其方の功績を称え何でも一つだけ叶えてあげましょう」
美しい声色の中に気品を携えた言葉に、少し緊張気味の少年は最善の努力を尽くして返答をする。
「は、はい。では、イロハさんの罪を無かったことに」
「何を言っているのだ人間っ、イロハ=ムラサメは精霊の掟とも言える法を破ったのだぞ、極刑をもって対処しなければ他の者に示しがつかぬわ」
女王様の隣にいた身なりの整った参謀らしき男が、正論をコータに向け投げつけてきた。
だから頼んでるんだろって表情で恨めしそうに男を睨む少年を、どことなく楽しそうに眺めていた美しき女王は笑顔を浮かべ、そっと参謀を手で制した。
「第一級戦犯の貴方が人間以外を助ける。随分と殊勝なことですね。たくさんの我が同胞の命を奪ってきた償いとでもいうのでしょうか?では、自分のことはどうなろうと構わないのですね」
その時は既にミスミによって、コータの正体はその場の者には周知の事実となっていた。しかし、事が事だけに僅か数人の謁見となっていた。
「構いません。失くしたはずの命、今更惜しむ気などございません」
コータは自分の思いを真っ直ぐな眼差しに乗せ、この国の長にぶつけた。
「宜しい。その覚悟に免じて貴方にひとつ提案があります。当然ながら拒否権などは存在しませんが」
三日後。
「主任、この度はご尽力下さいましてありがとうございました。一年間のセントソリア帰還だけで済みました」
本来、精霊は月の住人であり、セントソリアは精霊の都と呼ばれ月面にある唯一の巨大都市であった。
「私はただ口添えをしただけだがな。それよりイロハ、コータとの契約は解除したか?まだなら解除しておけ。刀にお前の意思を伝えるだけでいい」
「解除はしません。もっと強くなって、私が彼を止めます。その時まで契約は一時保留です」
真剣な顔でミスミを見据える端麗な少女の瞳には、あの時の冷淡な色は微塵もなく本来の優しさが垣間見えた。そしてその奥にある決意の光にミスミはやれやれと軽く溜息をつく。
「あまり奴を責めてやるな。戦争という大きな渦に巻き込まれた、言わば奴も被害者なのだ。ただ力がある、それだけの理由で大人たちに利用された。僅か十一歳の時にだぞ」
「じゅ、十一歳ってまだ子供じゃないですかっ。・・・それなのに私は・・・彼に酷いことを・・・」
「それでいい。今は自分の為すべきことを優先しろ。いつの日かまた巡り合うその時のためにな。その時に謝罪でも抱擁でも何でもすればいい」
ミスミの言葉に長く整った銀髪が揺れ、少女の決意は輝きだす。
「はいっ、必ず」
三月十五日。王都ウインダム公用西門。
「精霊の世界って怖いですね」
イロハの処分についてコータは未だ納得していない様子であった。それもそのはず、ミスミは現にお咎め無しなのだからだ。
「まあな、階級社会の賜物だ。力がある者がすべてを握っている。人間だってそうだろう?」
「・・・滅びましたけどね」
溜息まじりに言葉を吐き、コータは沈黙する。脳裏には百五十年前の惨劇が今もなおハッキリと浮かび上がるのだった。
「ところで何故イロハを庇った?やはり惚れていたのか?」
悶々とするコータの思考を読み取ったのか、ミスミにしては珍しく冗談から話を切り出した。
「何言ってるんですか、全然違いますよ。イロハさんの光は絶対消したらいけない気がした、ただそれだけです」
目の前の女性に少し呆れ顔の少年の顔には、少し苦笑いの表情の奥に痛々しさが見え、ミスミの母性本能を微かに揺らした。
「で、僕には記憶操作しないのですか?是非ともお願いしたいのですが」
「お前を虐めて彼女が目醒めると困るからやめとくよ」
ミスミの言葉に一瞬だけ表情を強張らせた少年は、すぐさま緊張を解きいつものように飄々とした態度で口を開いた。
「・・・。やっぱり知ってたんですね、僕のこと。貴女はいったい何者何ですか?雰囲気は似ているけど霞さんとも思えないし」
「私から霞を感じるのは、彼女がそれだけ近しい存在だったということだろう。彼女は私の親友だった」
「だった・・・?」
過去形で話を切ったミスミに、ずっと心の中に抱いていたコータの不安は的中する。
「霞はあの戦争で人間に手を貸した反逆者として処刑された」
凍るような眼差しでコータを一瞥し、そしてミスミは目を閉じた。
「霞は将来を約束されていた。それを棒に振って・・・あんな男と逢わなければ苦労することもなかったのだ」
聞き役に徹していた少年は、自分と彼女との間にあるイメージの違いに思わず口をはさんだ。
「僕はそうは思わない。恋とか愛とかそういうの子供だから分からなかったけど、今になって言えることは・・・あの二人のそばにいるのが堪らなく好きだった・・・」
不意にミスミの表情に光が溢れたようにコータは感じた。
気のせいか・・・?まあいいや。この人もこんなに柔らかな表情になるんだ・・・。
「子供が知ったような口を利く。生意気なもんだな」
「大人扱いしたり、子供だって言ってみたり。本当に大人って身勝手ですね」
憎まれ口に憎まれ口で応酬する二人の間に以前のような距離感は無くなっていた。
「そうだな。大人は勝手だ。勝手ついでにこれは私が預かっておく、今のお前には過ぎた力だ。代わりにこれを持っていけ。お前にはこっちの方がしっくりくるだろう」
木刀・・・?ミスミの意図が分からず、ただの木の棒にしてはやけにずっしりと重みのある物を眺める。
「それは魔導具だ。そしてお前の力に合わせて進化していく。雪月花の能力を持った模倣品だと思ってくれ。力を失くした今のお前にはこれで十分だろ」
「少し重すぎません、これ?」
「護るための力だ。慣れろ。これが我が隊からの最初の任務だ」
うへー。そんな声をあげ、コータはその木刀を渋々収めた。
「魔導具といっても魔力を扱えない僕には無用の代物だと思うんですが」
「その辺は心配するな。一緒に渡した収納用ケースに仕掛けを施してある。お前はただ魔物を狩って、手に入れた魔石をそのケースの蓋の内側にセットすれば、後は勝手に木刀が魔力を吸収してくれる。その他にも色々とケースには入れてあるんだが、まあ詳しくは取説を読んでくれ」
面倒くさくなったのか適当に話を切り上げたミスミに、そこ肝心なとこっ、と文句を言う少年は大きく溜息をついた。
「それにしても僕がセイレーンの軍属になるとは思ってもみなかった。もしかしてこれを狙ってました?」
「考えすぎだ。あくまでも偶然、偶然だ」
何で二回言った?少年のするどいツッコミをミスミはするりとかわす。
「魔導研究所は解体され我々の研究室は解散。そして新たに新設された部門での主な実行部隊として編成され、隊員は今のところ私とカナコとお前の三人だけだ」
「そんなんで上手く機能するとは思えないんだけど」
「大丈夫だ、心配するな。これでやっと自由に動ける。それでだ、まず手始めにお前には学校に行ってもらう」
「へっ?」
突然のことで言葉を失うコータに構わず、上官は上着のポケットから何やら紙を取り出すとそれを部下に渡し指令を続ける。
「とは言うものの我が隊にはお前を学校に通わせるほどの余裕は無い。だが、お前なら成し遂げると私は信じてる」
渡された紙を見て少年は絶句した。
「・・・・・・・。武闘会?これと学校がどう繋がるんですか?」
「この大会の本選進出を決めるだけで十五歳以下なら無条件で魔導学院に入学でき、しかも奨学金制度も利用できるという一石二鳥のミッションだ」
開いた口が塞がらないとは、こんな場面で使うことを少年は改めて認識した。
「奨学金ってお金ですよね?賞金目当てに任務を遂行するなんてそんなの聞いたことがないですよ。傭兵じゃあるまいし」
「いや、これでいい。このミッションはお前の力量を図ること、そしてその次のミッション遂行のための地ならしだと思ってくれ。そこに行けば全てが分かる」
ふ~ん。なんか上手く丸め込まれたような気がしてコータは疑いの眼差しをミスミに送るが、目の前の女性の心の内は全くを以て読み取れなかった。精霊に寿命など無いに等しく、たかだか十数年生きてきた(百五十年ほど眠っていたが)少年の眼力など、歴戦の精霊にとっては露ほどにも感じない様子だった。
「拒否権など最初から無いんでしょうから命令とあらば何処へでも行きますけど、今の僕の力では勝敗については責任持てませんよ」
「そう堅苦しく考えるな。私の仕事の手伝いだと思ってればいい。それに大会まで半年ある。それまでにしっかりと鍛錬しておくことだな。あの木刀が振れるようになるまでは決してレッドゾーンには近づくなよ。死ぬぞ」
へいへい、分かりました。やる気のない返事で上官に敬礼をし、少年は王都の西門を後にした。目指すはイセリアナ大陸中央部、アストア国。幼き頃に交わした約束を胸に秘め少年は再び歩み始める。進む彼方の空には暗転を予感させる怪しげな雲が広がっていた。