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災厄の神官は免許失効中につき無職扱い  作者: やかた珀
序章 災厄と呼ばれた少年
3/6

第一話 家事手伝いですが何か?②

 「何事だっ」

 

 騒ぎを聞きつけて今や遅しと警官隊が五、六人なだれ込んで来る。

 

 冒険者グループの連中は暴れまわり警官隊と揉み合いになり、制圧が完了するのに割と時間がかかっていた。

 

 酒場のマスターが状況を説明し終わると現場の責任者らしき男が近づいて来た。

 

 「時間がかかってすまなかった。確認したいことがあるのでこちらへ」

 

 被害者であるイロハにカナコが連れ添って責任者についていく。どうやらこれで帰ることができるとコータは胸を撫で下ろした。だが話はこれで終わらなかった。

 

 「店の方から君に被害届が出ている。少し話を聞こうか」

 

 えっ~。という表情のコータは一度下を向き何か呟いた。

 

 「何だ?」

 

 「いえ、何でもないです。ただの独り言ですから気にしないで下さい」

 

 ミスミのバカッ。だから放っとけばよかったんだよ。でも・・・まあイロハさんに何事もなくてよかった。もし僕が来ていなかったらと思うと・・・最悪の事態を想像したコータは身震いした。

 

 「連れの方から詳しい事情は聴いているが、もう一度お願いしよう。まずは名前から」

 

 「コータ=ヤシロ、十五歳です」

 

 無難な受け答えでやり過ごすつもりでいたコータは次の尋問で苦しむことになる。

 

 「で、君の職業なんだが・・・」

 

 「家事手伝いですがそれが何か?」

 

 イロハにでも聴いたのだろう、目の前の警官は家事手伝いという言葉に明らかに戸惑っている様子だった。

 

 「うーん・・・では確認するので手を出して」

 

 顎に手を当て暫く何か考えていた警官が、制服の上着のポケットから何やら魔導具っぽい物を取り出しコータに速やかな対応を促す。

 

 この世界では職業選択の自由が保障され各職種ごとに政府公認ギルドが設立されている。そしてギルドが発行した資格証や免許証がそのまま身分証になっている。有職者は優遇され、無職者は不審者扱いで時と場合により連行されることも少なくない。

 

 手をねぇ。コータは不審に思いながらも左手を差し出す。

 

 公認ギルドが発行する資格証などは右手の甲に紋章印を付与さえる。ここ、イセリアナ大陸ではこれなくしては生きていけないというくらいの代物で、職業によって期間は様々だが必ず更新をしなければ失効し無資格、無免許状態になってしまう。

 

 「左手じゃない、右だ」

 

 「すみませんね、こっちなんですよ。右手は子供の頃の事故で動かなくて」

 

 付いてるだけの飾りものとでも言いたげな自虐な少年に、フンッと鼻を鳴らして警官はコータの左手を掴んだ。

 

 「何だこれ・・・?フッ、壊れてるわ、これ。おい、お前無職だな。本官を欺くとはいい度胸をしている」

 

 「えっ?無職って・・・あれっ?」

 

 首を傾げるコータは何がどうなっているのか混乱し始めた。

 

 「大体、家事手伝いなんて職業のうちに入らないだろうが」

 

 「いやー、おかしいな?母、いや姉は大丈夫だと言ってましたが」

 

 雲行きが怪しくなり、無駄な抵抗とはいえ、このままはいそうですかと捕まるのも癪だとコータは抵抗を開始する。

 

 「そもそもどうしてヒューマン風情が精霊を三人も引き連れているんだ?そこがどうしても納得いかない。そこいらを署の方で詳しく聴かせてもらおうか」

 

 あんたも妬むのか。というか無職のことよりそっちが聴きたいとか無いわー。

 

 

 

 「どうしてっコータ君まで連行されるの?彼も被害者ですよっ」

 

 「そうですよ。犯人はあの獣人たちであって、彼も暴行を受けたってさっきイロハがそう証言したでしょ。だから早く釈放して下さい」

 

 気の強いカナコはもちろん、普段は大人しいイロハまでムキになり警察署内に移った警官に食って掛かる。因みにシオリはというと、案の定署内のベンチで横になっている。

 

 「貴女方の言うような外傷は見受けられなかったという判断ですので」

 

 ここで警官はひとつの疑念を抱く。

 

 なぜ、この子たちはこんなに必死になって彼を庇うのか?

 

 もしかしてあの男に弱みでも握られている・・・?

 

 そうか、きっとそうだ。でなければ精霊があんなヒューマンなんかを相手にしない筈だ。でも、もう大丈夫ですよ。私が貴女たちを救って差し上げる。

 

 「それはっ」

 

 「失礼。少々お尋ねしたいことがあるのだが」

 

 勘違いも甚だしい警官の決意を余所に、署内に先ほどの冒険者のリーダーよりもひと回り大きい獣人が、警官とイロハたちの言い争いの間に割って入り、警官と対峙する。

 

 「何だね君は?今はこのお嬢さんたちと大切な話をしているのだから早く退けなさい」

 

 体格差がありすぎて小者に見える警官は、精一杯の虚勢を張り権力の盾をかざす。

 

 「それはすまない。用件はすぐ終わる。仲間を迎えに来ただけだからな」

 

 言葉を言い終えた瞬間、警官が吹き飛び、十メートルほど後ろにあった壁に強烈な破壊音と共にめり込んだ。


 「あ、貴方、いったい何を?」


 カナコとイロハは目の前で起こった一瞬の出来事に唖然とし、カナコはやっとのことで出てきた言葉を男にぶつけた。


 「お前たちに危害は加えん。だから安心しろ」


 凄まじい音に釣られるように出てくる警官たちは、目に入る光景を垣間見てすぐさま獣人の大男を全員で取り囲んだ。今日は新年を祝う新月祭。警備とパトロールで署員は駆り出されて署内には十数人ほどしか残っていなかった。


 その様子を見てイロハは飛ばされた警官のもとに駆け寄り、彼の状態を確認して慌てて魔力を行使する。


 淡い白色の光が傷んでいる警官を優しく包み込んだ。


 基本四つの属性で成り立つ精霊だが、下級精霊の中には稀に変わった属性の魔力を持つ者がいる。イロハは精霊の中でも光属性を持つ希少な存在だった。


 獣人はその行動に目もくれず、周囲を囲む警官たちのそのひ弱さに思わず苦笑する。


 「何だその屁っ放り腰は。そんなのでこの町の住民を守れるのか?」


 この世界は職業を自由に選べる。もちろん警官もその中のひとつで例外ではない。なりたいからなるは時として実力を伴わないものなのだ。


 「俺たちをバカにするな、訓練は受けているんだぞ。獣人の一人など簡単に取り押さえてやる。よしっ、みんなかかれっー」


 号令を合図に、全員が一斉に大男に飛びかかった。



 

 ここの警官は何を考えているんだ?


 大体、犯人と被害者を普通同じ牢屋に入れるか?


 そんなことするから、こんなことになるんだ。


 コータが心の中で負のオーラ全開で呟く周りには、獣人の冒険者たちがのびて気絶していた。ただ一人リーダーを残して。


 少しだけ時は遡る。


 「どうしてお前がここにいるんだよ?」


 「そんなの知るわけないだろ。こっちが聞きたいよ」


 こうなってしまうのは想定されて当たり前のような話であり、今にも一触即発状態だった。


 牢屋の中が騒がしいのに守衛は見回りにも来そうにない。連行された時に署内の様子をチラ見したコータは、署員の数の少なさに不安感を募らせていた。祭りだから仕方ないとはいえ、やはり本陣を手薄にするのは頂けない。今襲撃されたら簡単に落ちるだろうなと思うのであった。その不安は現実のものとなっていることをコータはまだ知らない。


 「お前のせいでこんなところに入れられたんだぞ。どう責任を取る」


 何だこのクレーマーは?自分たちのイロハにした行為は棚上げして、他人の行為を批判する。しかも謝罪賠償まで要求してきそうな勢いだ。こんな人たちは無視するのが一番なのだが。


 ・・・でも、やっぱり。コータの結論は違う答えを導き出した。


 「やはりどう考えてもあんたたちがイロハさんにしたことは許せない。分かるだろ、僕は腹を立てているんだ」


 「ほう、やろうっていうんだな。回復魔法が追いつかないくらい痛めつけてやるぜ。これだけ騒いでも誰も来ないんだ、お前もう助け来ないから覚悟しとけ。おいっ」


 喋っていた獣人が、仲間を見て顎をしゃくった。


 その動作を合図に一人の獣人が、牢屋の壁際に立っているコータに突進、右の拳を突き出した。


 酒場での状況と同じく、拳はコータを貫いたと思われた次の瞬間、殴りかかった獣人が勢いそのままにコンクリートの壁にぶつかり失神した。


 残りの獣人たちは一瞬何が起こったのか分からなかった。確実に捉えたように見えたからだ。しかも殴られたはずの少年は一歩も動いてはいない。


 コータは何もしてなさそうに見えたのだが、仲間をやられた獣人たちは頭に血が上り、残った三人が次々に殴りかかってきた。しかし、最初の男と同様にやはり攻撃は空を切り、左右から来た二人は互いに殴り合い、残りの一人も壁に玉砕し三人とも気絶してしまった。


 その光景を何もせず座り込みただ呆然と見ていた獣人のリーダーは、コータを一瞥しただけで壁にもたれ目を閉じた。まるで誰かが来るのを静かに待つように。



 

 警官の想いは奮闘虚しくものの三十秒ほどであっさりと片が付いてしまっていた。


 倒れている警官の一人に牢屋の場所を聞き出した獣人はゆっくりと歩み、地下にあるコータたちがいる牢屋の前にたどり着いていた。


 無残な状態で倒れている獣人たちを見て、一際大きい獣人は激怒した。


 隠れボス登場かよっ。そんな軽口を言うコータに、やったのはお前かと大男は叫んだ。


 「勝手に倒れたじゃだめですかね」


 「ふざけるなっ。よくも仲間を。大切な家族を。許さんぞ、絶対に許さんっ」


 火に油を注いだコータの言葉こそが真実である。だが、もう一人の目撃者は口を噤んでいた。


 ひと通り叫び終わると、今度は何やら呟きだした大男の身体がゆっくりと赤く染まっていく。魔力を行使するための詠唱を開始していた。


 当然獣人も魔力を持っている。しかし、精霊やエルフのような魔法で相手を攻撃する技を発動できる獣人は、全獣人の中でもほんの一握りと言われている。


 目の前の大男はどうやら平凡な獣人らしく、使える術は身体強化魔法であった。


 パワー、スピード、ディフェンスのどれかひとつの能力を格段に上げ、己の身体で相手に攻撃する。当然ながら彼の強化魔法は見た目通りの力押しだった。


 「待ってろよ、今そこから出してやるからな」


 「いえっ、お構いなく」


 コータは相手の集中力を削ぐつもりで軽口を続ける。しかし、努力の甲斐もなくあっさりと詠唱を終え、今にも飛びかかって来そうな大男に向かい、牢屋の中の獣人がやっと口を開く。


 「兄ちゃん、そいつ変な技使うぜ。気を付けなよ」


 「うむ、頭の良いお前がそう言うのだ、かなりできる奴なのだろう。ならば取って置きを使う時が来たのかもな」


 そう言って大男は懐から小さな巾着袋を取り出し、中に入っていた何かを口に放り込んだ。


 何だ?今、何を飲んだんだ?・・・まさか、これは・・・。


 今まで余裕を見せていたコータの身体に緊張が走る。


 なぜなら、今まで大したことのない平凡な魔力が、突然膨れ上がり辺り一面を飲み込んだからだ。


 「兄ちゃんっ、凄いよ。こんなに魔力が溢れ出してる」


 「ううっ・・・ウググゥッ・・・グゥォッー」


 悶え苦しむ大男の身体が魔力と共に一気に膨れ上がり、巨大な赤毛の魔物と化した。


 「に、兄ちゃん?」


 「クッ、やはり生物兵器かよっ。くそっ」


 毒吐くコータは、寸前まで絶叫していたが、目の前の光景に唖然としている横の獣人に向かい、来るぞっ構えろと叫んだ。


 言葉が彼に届く前、巨大な四本足の生物はコータたちのいる牢屋めがけて、挨拶代わりの『ファイヤショット』を放った。




 急激な魔力変化にイロハは心を乱し、回復処置をしていた手を思わず放した。意識は回復していないが警官は一命を取り留めていた。


 「何なのこの魔力は・・・?コータ君っ」


 強大な魔力に誘われるようにイロハは牢屋のある地下へと走り出す。自分に危機が迫っていることに気付かずに。


 轟音と衝撃が身体を揺すり、牢屋の鉄格子が在るべき所からコータの右脇腹を掠め、壁に突き刺さていた。獣人の腹部を貫通して。


 「くそっ、間に合わなかった。おいっ、大丈夫か?」


 「・・・・・」


 コータの問いかけにも反応がなく、昏睡状態に陥っていた。


 知性も理性もすべて無くし、ただ破壊だけを楽しむ存在と成り果てた大男がコータにはとても哀れで小さく見えた。


 仲間だ、家族だ、などと叫んでいた姿が目に浮かび、あまりの滑稽さに顔を歪めた。


 「コータ君っ」


 突然名前を呼ばれ我に返ったコータは、痛む脇腹など構わず大声で叫んだ。


 「イロハさんっ、来ちゃだめだ」


 そんなコータの制止も聞かず、長い銀髪を振り乱しながらイロハは間髪入れずに少年の治療を始めようとした。

 

 「僕はいいっ、早く彼を」


 怒鳴るようにイロハの行為を断り、次の行動を促した。


 「ごめんね。でもコータ君が心配で・・・」


 「こちらこそ、怒鳴ったりしてごめん。イロハさん、約束するよ・・・必ず君を護るから」


 一度も振り向かずに言葉を交わす少年の後ろ姿に、淡い想いが芽生えた瞬間だった。


 




 

 



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