菱形の心
「てんきのちからを、かりる?」
小鬼丸は弓の練習をしていた菊丸に聞き返した。菊丸は10m程離れた的に、矢を当てると元気よく返事をした。
「おう!おれがいえでこんなのをみつけたんだぜ!」
少し古びた紙に、細かく色々な事が書かれている。武器の扱い方、天気の借り方、祈りの捧げ方…一体誰が書いたのだろうか。紙があまりボロボロになっていないのを見ると、100年前や50年前、という訳でもなさそうだ。
「てんきのちから…やってみようよ、菊丸!」
目をきらきらと輝かせる小鬼丸に、菊丸は少し驚いたが力強く頷いた。
二人は紙を同時に読み上げる。よく見ると難しい漢字には細かく振り仮名が振ってある。まるで小鬼丸や菊丸が読む事を分かっていたみたいで不気味だ。
「『天気の力を借りる、それはこの土地だからこそ出来る。簡単な話だが、選ばれた者のみしか宿す事は出来ない。外に武器を一日置く。それだけだ。但し、他の者に盗られた場合は効果を発揮しない…』」
「えっと…つまり、これをいちにちそとに、だせばいいんだよね…?」
「だとおもうぞ!おれわかんねーから小鬼丸やって!」
菊丸は小鬼丸に弓を押し付けて、修行をまた始めた。修行といっても、早く走ったり、壁を蹴り上げたりするだけだが。
菊丸は壁を蹴り上げて空中で弓を放つのが上手だ。小鬼丸は壁を蹴り上げようとすると怪我をしてしまった。
「いいなぁ、菊丸。」
宙返りを決めた菊丸に、小鬼丸は羨ましそうに続ける。
「おれ…たたかえるのかなぁ…しんぱいだよ…」
不安そうな声色になった小鬼丸に、菊丸は背中を軽く叩いた。小鬼丸がちょっとよろけたのは気のせいだろうか。いや、気のせいか。
「だいじょうぶだっての!小鬼丸は、まもりたいものがあるんだろ?だったらそれでいいじゃねーか!」
ニカっと笑った菊丸につられて、小鬼丸も笑みをこぼす。
小鬼丸は菊丸が一回転したのを見て、壁へと駆け出した。風のように走り、壁を足で勢いよく蹴り上げる。一瞬の出来事だったが、菊丸には綺麗な舞に見えていた。
着地する。その姿までも、この世の人に見えないような動きに、菊丸は声が出なかった。
「…菊丸?」
「どーした?ほら、おれとしょうぶしようぜ!」
小鬼丸の声にハッと意識を戻した菊丸だったが、何かが引っかかるような感じがする。思い出せていないだけで今の小鬼丸と何かが…。しかし、それを思い出せなかった菊丸は考えるのをやめた。
翌日。小鬼丸は家の前で日に晒していた短刀と弓を回収した。が、特にその変化が見られないのを知って、少し落ち込んだ。その事を菊丸に言ってみたが、考えすぎなだけかもしれない。
「…たたかえば、わかるだろ。」
「え、う、うん…」
少し様子がおかしい菊丸に、小鬼丸は聞いてみた。何があったのか。菊丸は何も答えなかった。小鬼丸は再び声をかけたその時だった。
「あの…菊、丸…」
「っ、…く、ぅ…お、れ…ばか…」
掠れた声で菊丸が涙を流していた。ポロポロと流れる涙を拭いきれていないため、手の隙間からも零れ落ちている。小鬼丸はただ菊丸の背中を撫でてやることしか出来なかった。
何故、菊丸が泣いていたのか。それを聞こうとはせずにただ撫でてくる小鬼丸に対して、菊丸は少しずつ話を始めた。
二日前から双子の弟の琴丸が居ない。人攫いというにはあまりにも怪しいと思う人物が少なすぎる。失踪、と言った方が話が通るような消え方をしてしまった。
あの日、自分は疲れていて琴丸に強く当たってしまった。その日からまるで琴丸が居なかったかのように過ごしていたが、昨夜見た夢で全てを思い出した。
「…っ、琴丸、ぅ…ごめん…っ、ごめん…!」
話を終えた菊丸だったが、そこまで言ってから再び泣いてしまった。小鬼丸はそんな菊丸に優しく語りかける。
「…だいじょうぶ。琴丸くんはぜったい、いきてる。さがそう、いっしょに。」
菊丸の手を強く握った小鬼丸は、菊丸に弓を持たせた。その合図で、菊丸も涙を拭い取って、立ち上がる。検討は付いていないが、夕花の元へと行けば何か情報を得られるかもしれない。
「いこう、菊丸。」
「…おう。」
雨が打ちつける中、菊丸の家の倉の中へと入る。相変わらず埃っぽい其処は、咳が出そうになる。出る前に急いで大きな桶の中へと入る。何時もだったら何も入っていない筈だが、今日は雨だったからなのだろうか。水で二人とも濡れてしまった。
「うわ…びしょびしょ…」
「夕花ねーちゃんにいえば、だいじょうぶだろ!」
元気がなかった菊丸だったが、ようやく元気を戻してきたようだ。安心した小鬼丸は目を瞑り、地面の感触を待った。
ドスっ。そんな効果音が合いそうな着地で、菊丸と小鬼丸は軽く尻を打った。一回目よりかは安全な落ち方をしたつもりだったが、それでもまだ痛い。これも訓練のお陰なのだろうか。
勢いよく夕花の部屋の扉を開けると、驚いた顔で此方を見ている夕花が居た。