壊れた世界で出会った少女 4
早速メイシャは懐から地図を出し、テーブルの上に広げた。世間一般に広まっている大陸地図だ。
俺たちの暮らすアルツ大陸の丸い姿が大きく描かれており、中央のルザリア公国、東のロズウェル王国、西のモナド王国、南のストラームウッド王国、そして北のカメリア帝国の国境が細かく載っている。
メイシャは俺が今住んでいる地、大陸東ロズウェル王国のその南側を示し、そこから大陸中央のルザリア公国の北側まで指で線を引いた。
「まずはここ、アルフウッドの森林地帯を目指すわ。」
ルザリアの中心都市であったルザリンドから遠く離れた地を指差してメイシャは言った。
「なんでそんな辺境を目指すんだ?味方を増やしたいのなら、もっと大都市を目指した方がいいんじゃないのか?」
俺の質問にはアルベルト様が代わりに答える。
「儂らはまだ目立ちたくないのじゃ。貴族達はまだメイシャ様をただの人形としか見ておらず、その真意に気付いていておらん。じゃから、あ奴らが儂らを侮っている間に目立たない所から仲間を増やしていくつもりじゃ。」
うんうんと、同意するように首を上下に動かしながらメイシャが話を続けた。
「その通りよ。だからまずは北の森林地帯に行くのよ。そこに暮らしているエルフ達の協力を仰ぐためにね。」
エルフ。森の民とも呼ばれており、彼らの戒律を守り森の中で生き続ける種族の事だ。
創世神話の中でも彼らは自然を軽視し森から出られぬ呪いを掛けられた者達の末裔であると書かれている。それ程昔から彼らは森と共に生きてきたのだ。
また、彼らは極めて頑固であると言われている。旅の途中で聞いた話だが、彼らは居住している森への余所者の立ち入りを一切認めていないそうだ。
傷付き死にかけている怪我人も、取引を求めた行商人も、理由も身分も関係なくその全てを拒絶していると戦士から聞いた事がある。その彼らが無関係な争いに手を貸すとは万が一にも思えない。
「一体どうやって彼らに協力してもらうんだ。何かあてがあるのか。」
「一つだけあるわ。遥か昔に、その頃の大公がエルフと交わした契約書が残っているの。これを使って、彼らと交渉してみるわ。」
契約にも2種類ある。口頭、或いは文書で締結されたもの。そして、法魔法によって締結されたものだ。
当然、厄介なのは後者である。契約の当事者はお互い魔法で縛られ、もし契約の履行が出来なければ強力なペナルティを受ける事となる。
彼女の持つ契約書とは一体どちらのものなのか。
「メイシャ、悪いがその契約書を少し見せてもらえるか。」
「ごめんなさい、この契約書は見せることができないの。もう随分昔のものだから、大分風化してしまっていて今にも崩れそうなのよ。だから今は頑丈なケースにしまって保護しているわ。」
その答えを聞き俺が訝しんでいる様子に気付いただろうか、メイシャが後から付け加えた。
「でも、この契約書がちゃんと魔法的なものだということはアルベルト様に見てもらったわ。だから心配しなくても大丈夫よ。」
「わかった。ただ、旅に出る前に一つだけ頼みがある。窓の外から見えるあの街に寄らせてほしい。」
俺からの頼みにメイシャは少し不思議そうな表情をしながら答えた。
「ええ、いいわよ。ところであの街に何か用事でもあるのかしら?」
「あの街は俺が何度も手伝いにいってる場所だからな。しばらくここを離れる事を伝えにいきたい。」
「わかったわ。それじゃあまずはそこに向かいましょう。旅の準備は大丈夫かしら。」
「大丈夫だ。すぐに済ませるから、玄関前で待っててくれ。」
メイシャをその場に残し、自室へ向かう。
棚の中の霊薬。机に立て掛けている杖。埃を被ったローブ。金銀宝石といった貴重品。そして、これまでの旅を記した日記。必要になりそうなもの、持ち歩きたいものを選別し鞄の中に無造作に詰めていく。
用意を手短に済ませ、メイシャの所へと足早に向かった。
玄関のドアに手を添え、家の外へと出る。むわりとした湿気がドアの外から流れ込んでくる。いつの間に降り出したのか、薄紅色に染まった雨が辺りを満たしていた。




