壊れた世界で出会った少女 3
メイシャを連れて家の中へと入り、紅茶を出す準備を始めた。
ニンジャの彼女は家の外で見回りをしているみたいだ。こんな所に盗賊など来ないだろうに、随分と律儀なものだ。
メイシャが部屋に無造作に置いてある魔道具をもの珍しそうに眺め、手を伸ばしてはアルベルト様に注意される姿を見て、少し微笑ましい気分になる。あの高飛車が無ければ見た目通りの少女なんだな。
彼女が椅子に座ったのを確認し、作ったばかりの紅茶を渡した。
一段落ついたところで、気になっていた質問を投げかける。
「ところで、アルベルト様はどこから話をしているんですか?」
「ここよ。」
メイシャが答え、自分の胸を指差した。
指差した先、ドレスに隠れて見え辛い所に大粒のエメラルドで飾られたネックレスがかかっていた。
「儂は今、事情があってこのネックレスの中におるんじゃ。」
俺の視線に合わせてネックレスから声が聞こえた。聞き間違えるはずもない、アルベルト様の声だ。
「早速じゃが本題に入らせてもらおう。儂らは今、ある目的のために旅をしている。君にはその道中、儂らを敵から守ってもらいたい。詳しい事はメイシャの口から直接聞いた方がよいのう」
簡単に概要だけを説明して、アルベルト様はメイシャへと直接語るように伝えた。
それを受けて、メイシャは真剣そうな眼差しで説明を始める。
「まずは敵について説明するわ。
旅をしている最中に出会う魔物や盗賊ももちろんだけど、それだけじゃなくてあの決戦を生き残ったルザリア公国の貴族達、そして彼らに雇われた人達に私は狙われているの。」
「なぜ同じ貴族に狙われているんだ?よほど恨みを買うようなことでもしたのか?」
探りを入れてみる。貴族達も大半はあの決戦で滅び、生き残った者達も相当な被害を被ったはずだ。それなのに、わざわざ残った数少ない資産を使ってまで目の前の少女を追う理由がわからない。
「彼らが狙っているのは私の血よ。私の一族には公国の大公であったマンシュタイン公の血が流れているの。私以外の一族がもう誰もいなくなってしまったから、私だけが公爵位の正当な継承権を持っているのよ。」
本当に少しだけしか血が流れていない分家だけどね、と彼女はやや自嘲気味に呟いてから話を続けた。
「貴族の生き残り達は公国を再興させ、自分達で支配しようとしているわけなのよ。彼らはそのために私の血を必要としているの。私を支配下におけば、我らは公国の正統なる後継に認められている、とか言って生き残った人々の支持を得られるからよ。」
なるほど、だから外のニンジャは過剰な程に警戒していたわけだ。いつ誰に襲われるかわからない。そんな旅をしてきたのだろう。
こちらが何か考えている事を察したのか、メイシャの口が一旦止まる。
俺はジェスチャーで大丈夫だと合図を送り、話を続けるように示した。
「次に私達が旅をしている目的ね。
・・・私はルザリア公国を再建したいの。でも、そのためには他の貴族達に抗うための力が必要なのよ。だから仲間を集めるために大陸を回っているの。」
彼女の話が終わってから間髪入れず、俺は返事をする。
「悪いがその依頼は断らせてもらう。こんなところまで来てもらって申し訳ないが、俺は貴族が嫌いなんだ。
それに、どうしてわざわざ自分で国を再建しようと思うんだ?他の貴族サマに擁立してもらった方が遥かに楽にできるんじゃないのか?」
俺の拒絶にも怯む様子はなく、メイシャは反論を始めた。
「いえ、彼らでは駄目なのよ。確かに彼らを頼れば再興自体はすぐにできるかもしれないわね。
でも、その国では貴族しか幸せにはなれない。そこで生きていく民は今と同じ、苦しい生活しかできないのよ。」
そこでメイシャは言葉を区切り、こちらの目を見つめた上で話を続けた。
「私の父、アルブレヒトは以前私にこう言ったの。貴族の生活は民の苦労によって支えられている。故に我々貴族は民を決して飢えさせず、指導者として民の生活を幸福に導く義務があると。
・・・父の言葉の意味が私にはよくわからなかったわ。だってその時はみんな幸せだったから。
けど、世界がこうなってしまった今になって思うの。父はこういう時に備えてあの言葉を残したのではないかと。
ここに来る途中、多くの街や村を見たわ。ほぼ全員が他へと逃げて、見捨てられかけた村。盗賊に襲われ焼き払われた村。そしてかつては地域の中心だった街。
・・・私がそこで会った人達はみんな今日を生きるのに精一杯で、明日の事なんて考えるとこもできなくなってた。どの場所にも、笑ってる人はほとんどいなかった。
だから私は大公の血を引く者として、彼らを幸せにしてあげたい。
そのためならなんだってするわ。
もし貴族が嫌いだというのなら、私は国を作り終わった後に貴族の地位を捨ててもいい。」
そしてメイシャは一呼吸置いて、最後の言葉を紡いだ。
「お願い、あなたの力を貸して。みんなを幸せにするために。」
目を逸らさず、彼女の瞳がこちらを見据えてくる。その言葉に嘘偽りはないように思えた。
「メイシャ様は儂らが知る貴族とは違う。
腐敗に溺れることなく、己の正義に従う者じゃ。儂からもお願い申し上げる。どうかこの旅を手伝ってほしい。」
ネックレスからも真摯な声が響く。
メイシャの話に乗るべきか、それを断るべきか。その答えを出すのを保留にし、一つ気になった事を尋ねる。
「一つだけ聞かせてくれ。なぜ俺を頼ったんだ。」
「アルベルトが何度かあなたの話をしてくれたのよ。
魔王に敗れた後も諦めず、私の父のような貴族や国王、兵士たちを手助けしてくれた素敵な人だと。そして、世界がこうなった後も少ない報酬で人を助ける立派な人だと。
それを聞いて私は最初にあなたを味方にしたいと思ったわ。私が理想とする国には、あなたの様な人が必要だから。」
それを聞いて罪悪感に歪む。
俺はそこまで立派な人ではないんだ。俺が全ての元凶なんだ。
だがそれでも、そんな罪人の俺でも彼女に同行することで、心の中の罪悪感を消し去ることが出来るのかもしれない。淡い希望が心に浮かぶ。
意を決し、彼女の依頼への答えを出した。
「そこまで言ってくれるのならば、手伝うとしよう。それに、アルベルト様の推薦もあるしな。」
嘘だ。だがそれについて言うつもりはなかった。メイシャの覚悟に水を浴びせかねないし、それにアルベルト様には自分の行った事を知られたくはなかったからだ。
貴方様の教えのお陰で世界を壊すことができました。恩人にそのような言葉を投げられるはずがない。
だから、俺の目的は隠しておこう。
「...、ありがとう...。」
俺の返事を聞き、メイシャは一瞬嬉しそうに顔を輝かせた後、少し気恥ずかしそうに返事をした。
素直な反応に心が痛む。
「これからよろしくな、メイシャ。」
そう言って手を差し出す。返事の代わりに握手が返ってきた。
しかし、何かを忘れている気がする。
そうだ、あれについて聞かなければいけない。最初のあの言動について。
「ところで最初の高飛車はなんだったんだ?」
「あ、あれは......、」
そこで答えに詰まったらしく、気まずい沈黙が一瞬場を包んだ。
そして、
「は、恥ずかしかったからよ!
どんな風に接すればいいのかわからなくなっちゃって、それでつい......」
そう言ってメイシャは恥ずかしそうに顔を背けた。
この子、面白いな....。
一瞬だけそう思ったが、言葉は出さなかった。