序章 2
「魔王よ、23人目とはどういった意味なんだ?」
俺たちを代表して勇者が発した問いに、魔王は憐れみを隠さずに答えてくる、
「文字通り、我ら魔族の前に現れた23人目の勇者だということだ、何も知らない愚者たちよ。あの非道な国王は我を倒そうという愚かな試みのため22人の勇者達を送り込み、そして彼らの死を知ると同時に次の捨て駒としてお前達を送り込んできたのだ。」
「国王様がそんな事をするわけねえだろ!あの方は俺を孤児院から拾い上げ、戦士として愛情を持って育ててくださったんだ。その方が人を捨て駒扱いするはずがない!」
国王を侮辱された事に激昂し、魔王へと駆け出そうとする戦士を勇者が片手を出して制止する。
代わりに勇者自身も国王を侮辱された事に対する怒りを隠しながら、魔王に問いかけ続けた。
「それで、その言葉をどうやって信じればいいんだい?もしかしてキミ、自分に信用が無いことをご存知ないのかい?」
問いかけ続ける勇者に対し、魔王は今度は何も言わず、代わりに椅子の横、暗がりに隠れて見えなかった所から何かをこちらに投げてよこした。
「一体何を!」
魔王の突然の行動に驚き、僧侶は防御結界をより強く張り固めた。
結界が放つ守護の輝きに照らされて、魔王が投げたモノの正体が見える。
それは、勇者が持つものと全く同じ、国王から与えられた聖剣だった。
祝福を受けて鋳造された一握りの鋼鉄を素材とし、司祭の祝福の下に製作され、巫女によって選定された 勇者にのみ与えられる唯一無二の剣。
本来なら魔王が入手できるはずは無く、ましてや2本目以降が存在するはずもない。
その聖剣が今、次々と目の前に投げられている。
一本、二本...、十本、十一本、......、そして二十二本。魔王が語った勇者達と同じ本数の聖剣が投げ渡される。
「これはお前達よりも前、我の姿を見る事も叶わずに果てて倒れた勇者達から奪った剣だ。これを見てもまだ、信ずるに足らんと言うのか。」
最後の剣を投げ終え、魔王は再び語りかけてきた。
それに対して誰も言葉を発することはできない。
目の前の現実が受け止められないからだ。
魔王の言葉は信じられない。だが、目の前の聖剣がその言葉の正しさを証明している。
脇を見ると、先程まで怒りの表情を見せていた戦士が戸惑いを隠さず、俺たちを見渡していた。
僧侶も表情を隠してはいたが、同様に戸惑っているのだろう。
先頭に立つ勇者の顔は見えなかった。
「勇者よ、そしてその仲間達よ。我が下に来い。ちょうど今、四天王の座が一つ空いている。我はお前達から見たら信用に値せぬ存在かもしれぬが、しかしお前達の王のように部下を捨て駒にはせぬぞ。」
こちらの戸惑いを察したのか、魔王は突然声色を変え、懐柔するかのような言い方で語ってきた。
「貴様の言いたいことはわかった。僕の前にも王に派遣された勇者達がいた、その事は事実なんだろうね。」
いつもの強気とは少し異なる口調で勇者が答える。
「だけど、貴様の傘下に下るわけにはいかない。貴様達は多くの無辜の人々を、僕の仲間を殺してきた。その事実は変わらない。」
その表情はわからない。だが、悪を許さず俺たちと旅を続けてきた勇者の姿が変わらずあった。
「そのためにあの国王の下につくと?」
「国王様には全てが終わった後に話を聞けばいい。まずは貴様を倒してからだ。」
「それは残念だ。ところで勇者達よ、君たちは我にも他に尋ねたいことがあるのではないのか?我が軍団の全貌、忠臣たる四天王の正体、知りたくはないのか。」
それに対して僧侶は一歩前へと進み出て、否定の意思を示す。
「いえ、これ以上貴方と話す事はないわ、魔王。貴方の様な話し方をする人達を旅の中で何度も見てきたの。僅かな真実を相手に見せながら、都合のいい嘘を一緒に押し付けてくる。そんな詐欺師のような話し方をする人達を。」
「ああそうだ、お前の言葉は信用できねえ。それにな、今までいたらしい勇者達とは違って俺たちは今、お前の前にいるんだ。何も難しく考えなくてもお前を斬ればそれで終わるんだよ!」
戦士もまた同様に一歩前へと進み出て、対抗する意思を示してみせた。
俺も負けじと前に出て、敵対の意を言葉に表す。
「これ以上何を言っても無駄だ、魔王。俺たちはお前を倒すためだけにここへと来たんだ!」
その様子を見た勇者は一度だけこちらを振り向き、語りかけた。
「いくよみんな、ここで魔王を倒すぞ!」
応、と全員で声を挙げる。
魔王はその様子を椅子の上から一切動じず、視線も変えずに眺めていた。
勇者が剣を両手に構え、前方の魔王へと疾風の速さで突撃する。
そのすぐ後ろ、いざとなれば勇者の前に飛び出せる距離から戦士も盾を片手に構えて進み出た。
俺は魔力を雷へと変換し、撃ち出した。狙いは魔王の左右、奴の逃げ道を塞ぐためだ。
後ろは椅子が邪魔しており、左右は俺の雷がある。これで魔王は勇者と正面から戦わざるを得なくなったのだ。
目の前へと迫り来る勇者を前に魔王は未だ微動だにせず、その片手にある大剣すら構えぬまま一つの呪文を詠み始めた。
闇魔法。人間には決して理解し得ない言語で詠唱されたそれはダイヤモンドの増幅を受け、信じられない速度で俺たちの周囲に展開される。
辺りの空気が淀みを増した。冷たい気配が俺たちに纏わりつき、手足を重く縛っていく。
「こんなもので、時間稼ぎができるとでも思っているの?」
そう答え、僧侶は解呪の秘法を唱え始めた。
目の前の勇者達も、僅かに動きは鈍りこそしたが正面から戦えることに変わりはない。
そう考え、勇者達を補佐するために氷結魔法の展開を始めて眼前の違和感に気がついた。
―――魔王の詠唱がまだ続いているのだ。
二重詠唱。2つの呪文を同時に詠唱し展開せしめる秘儀。最高位の魔法使いでしか使用できない高難度技術。片手の剣を、先程の支援魔法を見て攻撃魔法は来ないだろうと思い込んだ自分の迂闊さを呪いたくなる。氷結魔法の詠唱を止め、奴の魔法から身を守るには恐らく間に合わない。
僧侶も同様だった。失敗に気付くにはあまりに遅すぎたのだ。
ただ一人、勇者だけはそれに気付いて足を早めていた。最前列で魔王を見ていたからか、強大な魔力の展開に気付き、全力を出して前へと進む。
詠唱を食い止めようと聖剣を掲げ、魔王に一撃を与えようとしていた。
だが先程の魔法で変性した空気が足に付き纏い、僅かに歩みを遅くする。
そして勇者が振り上げた剣の手前、あと一歩の距離の所で闇の大魔法が展開された。
...全身が痛い。頭痛が酷くて視界が歪む。
全身が痛い。吐き気が酷い。全身が痛い。空気が重くて痛む体が飲み込まれそうだ。全身が痛い。全身が痛い。痛いという事は生きている。
それに気付き、自分のものではないと思える程に重くなった足を無理矢理動かし、周囲を見渡す。
遥か後方では僧侶が吹き飛ばされて倒れていた。少しも動きはしていない。
前方では戦士が倒れていた。盾は砕け、右手は肩から失われていた。
そして俺たちを庇うかのように最前列で闇魔法を受けた勇者は跡形もなく消し飛んでいた。墓標代わりに聖剣だけが残されていた。
怒りに頭が沸騰しそうになる。よくも戦士を、よくも僧侶を、よくも勇者を!そう叫び、呪文を唱えようとするが声が出ない。喉がやられてしまっていた。問題ない。声が出なければ魔法文字を書き、呪文を発動させればいい。幸い、書くものならば幾らでもある。
そう考え、左肩の傷口に指先を当ててインクの代わりとし、
「もう止めよ、これ以上戦いを続けるとお前も命を失うことになるぞ。」
部屋の奥から声が聞こえてきた。未だに椅子に鎮座している魔王からだ。
「貴様がそれを言うか!俺の仲間達を殺した貴様が!」
血を吐きながら叫び返す。
心配するなら大人しく俺に殺されろ。
そう思い、なおも呪文を展開しようとする俺を無視して魔王は語る。
「戯れだ、教えてやろう。お前達は何故その聖剣を与えられたと思うか?」
それに答える余裕はない。俺の苦痛も知らず、魔王は一人で語り続ける。
「その剣には2つの魔法が込められている。1つは退魔の魔法、我ら魔族を打ち倒すために巫女が掛けた魔法だ。そしてもう1つ、お前に明かされていないはずの魔法がある。それは情報を伝える魔法だ。......お前達勇者がいかにして死んだのかを王へと伝える魔法だ。」
そんな筈はない!そう思い、聖剣を注意深く観察するとそこから見たことがない魔法を感じとれた。
なんてことはない、簡単な魔法だ。勇者の死をトリガーとして発動した、特定のメッセージを特定の所へと送り届ける初級魔法。
「そんな馬鹿な....」
失意と絶望が心を蝕む。世界が足元から揺らいでいくかのような喪失感を覚えた。
そんな俺の胸の内に気付いたのか、魔王は少しずつ口調を強めて語りかけてきた。
「そこに倒れている男は言ったな。自分は孤児院の出身なのだと。...なぜ騎士団の人間ではなく、そのような戦闘経験の浅い者を勇者の護衛に用意したと思うか?国を守る騎士団にならば、その男以上の手練れはいくらでもいるであろうに。」
「答えは簡単だ、騎士団員の命はその男よりも重いからだ。騎士団員は本来王侯貴族の息子達がなるべき地位。それを捨て駒として死出の旅へと送り出すことなど、できる筈がないからだ。」
「だからその男を戦士に仕立て上げたのだ。我の下に来れる程度の実力を持ち、そして程よい頃合いで死ぬであろうその男を!」
「他の者たちも似たような境遇のはずだ。戦いの中で家族を失い、一人で生きていく中であの国王に見出されたのであろう。お前達なら国を救える、お前達なら魔王を倒せると甘い言葉をかけられて!」
...初めて僧侶に会った時の事をふと思い出した。
国王に連れられて行った晩餐会でのことだ。
「彼女がパーティーの要となる僧侶だ。君たちと同じ出身だが、10年間神殿で修行を積んでいる。きっと話も合うだろう。」
そう国王から語られ、少し恥ずかしそうにしながらも自己紹介をしてきた姿を覚えている。
なぜ神殿の高位司祭ではなく同じ駆け出しの彼女が紹介されたのかと少し疑問に思ったが、今なら何故かよくわかる。
彼女も俺たちと同じ境遇であり、死んでもいい人材だったからだ。
やり場のない怒りが心の中に湧き起こる。
俺たちは最初から騙されていたのだ。ここで死に、後で来るであろう次の勇者へと魔王の情報を伝えるための決死隊でしかなかったのだ。
「魔法使いよ、我に従え。お前に復讐の機会を与えよう。お前から全てを奪い使い捨てた者たちへの報復の機会を与えてやろう!」
魔王は改めて勧誘してきた。今度は俺一人へと向けて。
もう迷う必要はなかった。痛む体を動かし、魔王へと傅く。
...貴様も復讐の対象だ。その想いを胸に秘めながら。