序章 1
「魔王よ、貴様らの暴虐もここまでだ!
貴様が誇る四天王の一角、ヘカトンケイルは既に倒した!この戦いで決着をつけてみせよう!!」
心の中の勇気を奮い立たせるために声を張り上げ、勇者、僧侶、戦士、そして魔法使いである俺の4人は魔王城の最深部、魔王の間へと立ち入った。
ここに至るまでの連戦で戦士は既に幾つもの矢を受け、僧侶の防護呪文は消えかけ、俺の魔力も残り少ない。
だが俺たちには彼がいた。
俺の幼馴染であり、あらゆる敵をその魔法で打ちのめし、どのような苦境もその聖剣で切り開いてきた勇者がいた。
だからこそ、どれほど疲れ果てようとも、勇者とならば邪智暴虐の魔王を倒せるだろうと考え、ここへ突入する事を決めたのだ。
魔王の間は暗い闇、そして耳が痛くなる程の静けさに覆われていた。
闇と瘴気が視界を閉ざし、少し前すら見ることができない。
「僧侶、瘴気を払ってくれ!」
魔王の奇襲に備えて後ろで構えていた僧侶に声を掛け、俺は火炎魔法の詠唱を始めた。
目標はこの部屋の奥、魔王がいるであろう辺り。
「炎の精よ、対価はここだ!契約につき我が意志を聞き、眼前の敵を焼き払え!」
初歩的な契約魔法の一種を唱え、自身の魔力を炎に置換した。
この程度の魔法で手傷を負わせられるとは思えないが、魔王の出方を見ることはできる。
こうして挨拶代わりに撃った炎弾は部屋の奥まで直進し、一帯を明るく照らしはしたが唐突に消えてしまった。
「何!?」
突然消えた炎弾を見て、戦士が驚きの声を上げる。勇者は部屋の奥へと踏み込む足を止め、代わりに俺たちを守るかのように最前列へと進み出た。
「我が間に入るなり攻撃してくるとは、なんとも短気な者達だ。どうやら礼儀を知らんと見える。」
部屋の奥から声が響いてきた。
それと同時に部屋の中にある松明に火が灯され、中の様子が伺えるようになった。
「よくぞここまで来た、哀れなる人間達よ。」
まだ薄暗い部屋の最奥、黒曜石で飾り立てた椅子の上で魔王は俺たちを出迎えていた。
身長はおよそ2.5メートル、巨岩を連想させる筋骨隆々の肉体に漆黒の鎧を纏い、魔法の触媒となるダイヤモンドを柄に嵌めている大剣を持った青黒い肌の大男だ。
その頭、鋼と銀で出来たシンプルな兜の傍から生えている2本の角が奴が俺たちと根本的に異なる種族だということを雄弁に物語っている。
だが、奴の険しい瞳からは部下を倒した怒りも俺たち人間に対する敵意も感じられず、代わりにその言葉の通りの憐れみだけが感じ取れた。
話に聞いた通りの姿に伝承通りの武器を持ち、しかし予想と異なる感情を見せる魔王を前に戸惑いが俺たちの中に生まれた。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。部下を失い、たった一人で虚勢を張るその姿以上に憐れなものはないだろうに。」
勇者が負けじと話を返す。
その通りだ、今は1対4で俺たちが有利なのだ。魔王の話術に飲まれてはいけない。
僧侶と戦士もその事を自覚したのか、戸惑いの表情を顔から消し、改めて魔王へと向きあってみせる。
「奴が何をしてきても大丈夫よ、守護結界は既に展開しているわ。」
僧侶が小声で囁いた言葉を聞き、勇者と戦士は剣を構えて前へ駆け出し、
「23人目の勇者よ、お前達は今まで挑んできた者の中で最も我に近付けた。まずはその事を誇るとよい。」
魔王の発したあまりにも意味のわからない言葉を聞き、その足を止めた。