屋敷
目を覚ますとそこはガタガタと揺れる馬車の中だった。
静はふと疑問を抱いた。
自分のことを拐かした男どもは馬車など持てるほど裕福には見えなかった。
だがそれは裏で裕福な者が通じていたなら説明がつく。
それより奇妙なのは、拐かしたにもかかわらず商品の足枷も手枷もつけていないところだ。
せめて逃げないように手縄くらいはつけるだろう。
まさか自分のことを貧しい家の為に身売りした哀れな少年に仕立てようとでもしているのか。
それなら手縄もつけない理由にも納得がいく。
今のこの国では貧富の差が激しい。
若い者なら身売りをすることだって不思議なことではない。
実際、女子なら女中や下女、悪くとも花街にでも連れていかれて働くことができるし、男子なら力があれば労働力になり、学があれば上手いこといけば出世も望めるかもしれない。
どちらにしろそのまま飢えと闘う生活を送る位ならば給金が幾分貰えるそちらにした方が楽なのだ。
それに望んだ身売りとなれば拐かされた者より買い手がつき、設定も楽だ。
望んだ身売りとなれば手縄の痕が残っていてはおかしいと思い外しているのだろう。
(設定作りにご苦労なこって)
静はフゥと溜め息をついた。
まもなく馬車は煌びやかな屋敷の前についた。
やはりあの者達は余程の権力者と繋がっていたらしい。
自分が乗っていた馬車の他にも人を乗せた馬車が並んでいて、内側からは分からなかったが外側はこれまた無駄に目立つ凝ったものだった。
中から次々と人が降りてきたがやはり女が多い。
覚悟を決めた顔をしているものもいたが、ただ怯えている者もいる。
恐らく自分と同じ拐かされて連れて来られた者達だろう。
ずっと奥の方に目をやると、一人だけ、たった一人だけ男子がいた。
自分より一つか二つ年上そうな、目つきの悪い男だ。
彼は手に枷を付けている。
見ると体のあちこちに手当ての跡があり、余程暴れたのだということが分かった。
今も手こそ動かせないが、大声で怒鳴っている。
「進め」
そばにいた監視役のような男に非常に小さな声で指示を出された。
どうやら屋敷の門が開いたらしい。
指示を出した男の背丈は自分よりも少し下、30半ば位の少し痩せ気味の男だった。
この位なら自分にも倒せると考えながら静は歩を進めた。
後方でまだあの男子は大声を上げていた。