拐かし
墨をこぼしたように暗い夜が明けてうっすら辺りが照らされる頃、手入れが幾分行き届いている山に一人の若者が入っていった。
名は静。
まるで青年の様な姿をしているが、れっきとした女である。
例えば少し武術を嗜んだ男が隣に立てば、体格差は一目瞭然。静の腕など簡単に手折られるほど細かった。
だがしかし女性よりも背が高い(と言っても、頭一つ分程もないが)上に、中性的な顔立ちな為、男の服を着るだけで歳若い男となんら変わらなかった。
さて、そのようなものが何故山に朝早くから入るのかと言うと、人が来ないうちに山菜を採るためだ。
この村は特別人口が多い訳ではないが、美味な山菜が育つこの山に山菜を求めてやってくるものは多かった。
それで静は人が来ない朝早くから山菜を採ってしまおうと考えた。
静には育ち盛りの妹や弟が5人、寝たきりの父親が一人いるだけだった上、静も今年で15になる、食べ物は多くあった方が困らなかった。
母親は随分前に家を出ていった。
おそらく今は別の男と暮らしているのだろう。
母は子供達への愛情は深いようで、毎日子供達が必要な位の金を世話係に送らせてくる。
世話係を付けるなど今の男は余程の金持ちなのか、働き手が自分しかいない静は羨ましいと思う反面、多少諦めていた。
そんなしょうがないことを考えながら静は山の深くへ入って行った。
山の入口は手入れが行き届いていても、深くとなると高い木が茂っていて薄暗い。
多少の寒さに身震いをしたその時だった。
ガサリ。
音に気づいた時には遅かった。
草で埋め尽くされている方から無数のゴツゴツとした手がのびてきた。
見るからに男の手、しかも指先も爪もボロボロでゴワゴワとした毛が無造作に生えてるところから、貧しく、貧しさから人を拐かして金を手に入れるもの達だろう。
静の男性的な格好はこのような拐かしから身を守るためでもあった。
このようなリスクは女性の方が圧倒的に高い。
まぁ今となってはどうでもいいことだが。
鼻につく甘い香りの染み付いた布を顔に押し付けられ、眠るように気を失った。