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一章エピローグ

 心地良い浮遊感。


 穏やかな水音が頭の中にゆったりと響く。


 水中にいるようだが、不思議と息苦しさは全く無い。


 頭上を見上げると光が揺らめく水面が徐々に近づいてくるのが分かる。


 この空間から出たくない……ふとそんな考えが脳裏をよぎる。


 しかし体はぴくりとも動かず、ゆっくりと迫ってくる水面をただ見つめる事しかできない。


 いよいよ水面が目前に迫ってくると、境界面がまるで鏡のように自分の姿を映している事に気づいた。


 そこに居る私は、瞬きをするたびに移ろいでいった。


 農作業用の服を着て泥だらけになった自分。


 針仕事をする自分。


 顔の見えない男性といる自分。


 顔の見えない子供を抱く自分。


 今まさに水面に達しようとする瞬間に見えた自分は──


 血塗れの剣を持って虚空を睨む……いつもの自分。 




「あっ! あっ! 起きたの!」

 ぼんやりとした視界の中で、人が動くのが見える。

「近くで叫ぶんじゃない……」

 クミルの高い声が頭に響く。


 全身がだるい。

 起き上がろうとして身動ぎすると、左肩に激痛が走り、体が硬直する。

 恐る恐る頭を動かして左肩を見ると、清潔な包帯がぐるぐると巻き付けられている。

 痛みで頭がすっきりしたのか、段々と状況を思い出してきた。


 ゴラオンに回収された後、船に帰って治療を受けた。

 船医が肩の内部に何かの破片が残っているというので、摘出したのだ。

 痛みを和らげる措置はされたものの、あまりの激痛にのたうち回って……覚えているのはそこまでだ。


「隊長は手術が痛すぎて気絶しちゃったの。丸一日寝てたの! お寝坊さんなの!」

 丸一日……ここは船か?

「見て見て! 肩の中にこんな鉛の塊が入ってたの! 人の体にこんな呪いをぶちこむなんて鬼なの! 悪魔なの! 鬼畜の諸行無常なの!」

 クミルが汚いものを触るような手つきで持っている物を見ると、球体を半分に切ったような形の小さな塊が、銀色に鈍く輝いていた。


「体内にそんな物が埋まっていたせいで、私の術が効かなかったのでしょう……手術は想像を絶する激痛だったはず」

 クミルの傍らに立っていた医者の言葉を聞き、私は納得した。


 生術の素質を持った騎士は、かなりの大怪我であっても自らの術によって体を修復できる。

 しかし体内に矢じりや剣の切っ先等が残ってしまった場合はそうもいかない。

 それらを物理的に取り出す必要があるからだ。

 手術の際には医師が痛覚を鈍麻、あるいは無くす術を使う。

 しかし今回の場合は、あらゆる術の効果を減衰させる効果を持つ「鉛」が体内に埋まっていた為に、壮絶な痛みに耐える羽目になったわけだ。


「あー、二度とごめんだな~、こんな目に遭うのは……」

「そんなの当たり前なの。誰だってそんなぼろぼろになるのは嫌なの」

 頭の中で思っただけなのに、声に出ていたらしい。


 その時。

 がちゃっ……と、ノックも無く突然部屋の扉が開いた。

 ベッドに寝ている私からは何も見えないが、部屋の中に瞬時に緊張が走った事は容易に感じ取れた。


「おお、何とも痛ましいな……」

「だ、大皇帝陛下!?」


 へ、陛下!?

 何故陛下がここに!? 

 船かと思っていたが、どうやら既に帝国に帰っていたようだ。

 私が痛みを堪えながら体を起こそうとすると──


「よい。臥せったまま妾に拝謁する栄誉を授ける」


 陛下の声が聞こえたかと思うと、急激に体の力が抜け、私の体は再びベッドに横たわった。

 どうやら弱い知術を使われたようだ。


「も、申し訳ありません、陛下……! 何もかも私の力及ばず……!!」

 緊張と懺悔の気持ちの洪水で、言葉が出てこない。


「任務を果たすこと叶わず、その上このような醜態を晒す始末……!」

「よい、よい。此度のそなたの失敗は、妾にも責任がある」

「そ、そんな、陛下に責任など……! 全て私の実力不足が……」

「いやー、妾も妹に怒られてなぁ。なんでも彼の異邦人は、無理に我が国に連れ帰ろうとすれば、却って我らが望む結末を妨げる運命にあると……」

「……へ? そ、それはどういう……」

「寧ろ側で見守る程度にして好きに泳がせるのがベストって言ったでしょ! とか怒るんだが、妾はそんな事聞いてないし……それで言った言わないのケンカになった」

「は、はぁ……」


 何だか頭がクラクラしてきた。

 怪我の後遺症だろうか?


「大体あの異邦人とミレイユでは相性が良すぎるから、敵対させるなんて可哀想でしょとかなんとか」


 あ、相性が良い?

 そんなバカな事が……。


「それでは、私はこの任務から外されるのでしょうか……?」

「いいや。ただし命令を変更する。騎士ミレイユは引き続き彼の異邦人の追跡を継続し、異邦人を含むサンドバイパーの乗組員達を陰に日向に守り、支援せよ」

「は……? あ、いえ、承知致しました!!」

「臥せったままにしては良い返事だな。しかしミレイユよ、そなたはもう少し肩の力を抜くがよい」


 そう言って微笑むと、陛下は去っていった。


「まだまだ修行が足りないようですね、ミレイユさん」


「ラ、ランスロット様!?」


 いつの間に……いや、おそらく最初から陛下の背後にいらしたのだろうが、陛下がお出ましになった衝撃で気付かなかったのだ。

「難しい任務、憎めない相手……やはり貴方はこの手の仕事には向いていませんでしたね」

「はっ……申し訳ありません……全て私の実力不足によるもの……」

「はは、相も変わらずの真面目ぶりですねぇ。そんな事だから勝手に動揺して足を掬われるのですよ?」

「言葉もありません……」

「折角私の船を貸しているのですから、もっと肩の力を抜いて、世界を見てきなさい。楽しみなさい。そして三年後の災厄の日までに、我らが帝国を救うに足る者を連れ帰るのです」


 穏やかな声音でそれだけ言うと、ランスロットは白銀のマントを翻して部屋を後にした。

 肩の力を抜く事も、任務を楽しむことも、今の私にはこの上無く難しい。

 天井を見つめているとこめかみが熱くなってくる。


「やっっっったのーー!! サンドバイパーを追跡して守れなんて、超アバウトなオーダーなの! こんなの実質遊びみたいなモンなの! あいつら強いから守る必要なんて無いの! ヤッホーなのーーーー!!」

 ひとしきり万歳した後、喜びの余りゴラオンの周りをくるくる回りだしたクミルを見て、私は心底感心したのだった……。


◇◇◇


「コーイチ? こんな所にいたんだ!」


 夜、俺は低速で飛ぶサンドバイパーの甲板に寝転んで、ぼんやりと空を見上げていた。

「ミランダか。ここのところとにかく忙しかったんで、風に当たりながらボーっとしてたんだ」

 月明かりの逆光に照らされながら、ミランダが薄く微笑む。

 風に吹き流される髪がキラキラと輝く。

「そっか。じゃあ隣に寝転んだら迷惑?」

「そんなわけないだろう? 好きにするといい」

「んじゃ、お邪魔しまーす!」

 ミランダはそう言うと、ちゃっかり俺が自分の頭の下で組んでいた腕を引っ張り出して、腕枕にしてしまった。


「何考えてたの?」

「今までの事やこれからの事……うーん、色々さ」

「色々かぁ……トリラーレの今後の事とか?」

「もちろんそれもある」


 トリラーレの初ライブは大成功に終わった。

 見本市の後、主にムンダリ国内の他の都市で活動する多くの興行主から、公演のオファーを貰う事が出来た。

 しばらくは各都市を回ってライブを行いながら、より多くのファンを獲得していく事になる。ムンダリ国内のライブツアーというわけだ。

 当然その間も新しい楽曲を増やしたり、パフォーマンスに磨きをかけたり……収益を上げる事を考えるなら物販という手もある。

 というか、楽曲のCDやダウンロード販売が存在しない以上、物販こそが大本命だろう。アイドルを続けていく為にも、今の俺達に出来てファンにも喜んでもらえるグッズのアイデアを考えなければ。


「コーイチってさぁ……」

「ん?」

「元の世界に帰りたい?」


 俺はミランダの唐突な質問に驚いて、頭を起こした。


「かっ……なぜそんなことを聞く?」

「えぇ? いや、やっぱ帰りたいのかなぁと思って……家族や友達や、ラインの乙女の皆をおいてきたちゃってるわけだし」


「色々な考え事」の中には、もちろん元の世界の事も含まれていた。

 こちらの世界でのアイドルのプロデュースを始めとして、ここ最近様々な人々の思惑に翻弄されて、巻き込まれて、息つく間もなく動き続けてきた。


 それらがようやく落ち着いて、少し心に余裕が出来た今──

「今は帰りたいとは思わないよ。アイドルユニット『トリラーレ』の活動はまだ始まったばかりだからね。ただ、やっぱり元の世界の事が気にならないと言えばウソになる。特にラインの乙女に関してはね」

「そうだよね……」

「とにかく無事でいてほしい。それだけだ」


 今どれだけ思い悩んでも、考えても、彼女たちの様子が分かるわけではない。

 考えても仕方の無い事は考えない。

 そう自分に言い聞かせ、頭を振って、俺は再び寝転んで夜空を見上げた。

 空には、元の世界の東京よりもはるかに沢山の星が瞬いている。


「……星が綺麗だなぁ。やっぱり街明かりが無い分、都会からは見えないような星も見えて、贅沢だなぁ」

「ふぅん? これが普通じゃないの? コーイチがいた世界では違うの?」

「ああ、僕が住んでいた町からは、この星空の半分も見えないよ。ミランダは星座に詳しかったりはしないのかい?」

「星座~? 私がそんなのに詳しいわけないじゃない! 自慢じゃないけど、碌な教育受けてこなかったんだからね!」


 ミランダは寝っ転がったまま胸を張った。

 彼女のこれまでの境遇を思えば仕方のない事だ。


「そっか。じゃあ俺の世界の星座を幾つか教えてやろう。と言っても、俺もメジャーなヤツくらいしか知らないんだけど」


 俺は寝転がったまま北の空を指さした。


「ほら、あのひしゃくの形をしたのが北斗七星で……って、そもそもひしゃくが何なのか分からないか。で、そのすぐ近くにあるのがカシオペア座といって……」


 そこまで話した時、頭の中で猛烈な違和感が膨らんだ。


「……コーイチ? どうしたの?」


 北斗七星にカシオペア座……この世界の星空は、俺の元いた世界の星空と同じものだ。

 誰にも知られていない、どこかの異世界……そういう漠然とした認識のまま、俺はここが「どこ」なのか、まともに考えもしなかった。


 ようやく気付いた。ここはバイストン・ウェルでもラ・ギアスでもマルディアスでもスダドアカワールドでもない。


 俺はミランダの頭の下から腕を引き抜き、その場に立ち上がった。


「痛っ……! 何するのコーイチ!?」

 甲板にごつんと後頭部をぶつけたミランダから非難の声が上がる。

「あぁ、スマン。ちょっと地図を見てみたいんだが、どこで見られる?」

「ええ? 地図? 今ならまだブリッジにメルティナがいるかもしれないから、言えば見せてくれるんじゃないかなぁ?」

「そうか。ちょっと行ってくる!」

「あっ! コーイチ!?」

 俺はブリッジに向かって全速力で走りだした。


 

 同じ星空が見えるという事は。



「メルティナさん!!」

 ブリッジに駆け込むと、メルティナが外を眺めながらお茶を飲んでいた。

「どうしたの? そんなに息を切らして……え? 地図? な、なんだかよく分からないけど、いいわよ?」

 そう言うと、メルティナはサイファスに声をかけた。

「分かったッス。じゃあこのあたりのできるだけ広域の地図をブリッジに投影するッスよ~」

 ほどなくして、ブリッジの中空に巨大な地図の画像が浮かび上がる。

「……やはり……」

 その地図に表れた海岸線の形、島の大きさや配置……細部に若干の違いはあれど、それらは紛れもなくヨーロッパの物であった。


 同じ星空が見えるという事は。即ちここは。


「地球……なのか……!?」

後半は投稿ペースがグダグダになってしまいましたが、これにて一章が完結です。

読んで下さっている方がいれば申し訳ないですが、二章以降の執筆については未定です。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

是非とも感想をお寄せ下さい。

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