対ミレイユ
唯一の勝算は、「ミレイユは俺を絶対に殺せない」という点だ。
いくらメルティナを相手に必死で鍛練したと言っても、現時点でのミレイユとの実力差は歴然だ。
ミレイユが俺を殺す気なら、とっくの昔に勝負はついている。
しかし出来るだけ傷付ける事無く生け捕りにするとなると、それなりに難易度が高いのだろう。
お陰でミレイユは本来の実力をほとんど発揮できないはずだ。
一方俺はというと、当然殺すつもりで戦う。
そうでなくては、さっさと屋根の上に転がされて簀巻きにされてしまう。
「馬鹿正直に突っ込んで来るなど!」
「雷術『感電鎖』!!」
何とか体得出来たミレイユ対策その一、雷術の一つだ。
周囲の地面に電流を流し、大地に接している者の動きを感電によって鈍らせる。
「はははッ……雷術が使えるとは!! とても術の訓練を始めて数ヶ月前とは思えませんね!」
ミレイユは雷術を浴びながらも、事も無げに俺の剣を自らのサーベルで受け流し、さらにそこから反撃に転じる。
俺はその場にしゃがみこんで横凪ぎに振るわれたサーベルを避けると、ミレイユめがけて剣を切り上げる。
が、既にミレイユの姿は無く、華麗なバックステップによって距離を取っていた。
「これは認識を改めなければならないようですね。僅かな鍛練で、荒削りながらもこれ程の剣を振るうとは。我が国の新人騎士にも貴方程の才の持ち主はそうはおりません」
「お誉めに預り光栄ですね!」
俺は再び「感電鎖」を発動するも、手応えが無い。
「そう同じ手に何度もかかりはしませんよ」
そう言うミレイユの体は──
「浮いてる?」
「流派『風纏流』は風術を用いた剣術流派。風を大地と成す『空歩』は基本中の基本にして奥義。さて、少しばかり私の本当の力をお見せしましょう」
ミレイユの足下で空気が弾けたかと思うと、まるで空中をバウンドするような奇怪な動きで、瞬時に間合いに侵入する。
地に足を着けて戦う一般的な剣術を嘲笑うかのような挙動で、ミレイユは百八十度あらゆる方向から高速の斬撃を繰り出してくる。
しかしそれでも俺は食い下がる。
予測不能なすべての斬撃を、体に食い込む寸前で打ち払う。
「雷術……『雷速反射』っ……!」
ミレイユ対策その二の雷術。
雷術を応用した身体能力強化のような術だ。
この術の使用中は、あらかじめイメージして練習しておいた動きを、考えるより早く実行することができる。
要するに人体の反射神経の限界を超える事が可能なのだ。
何故こんな常識外れな攻撃をあらかじめイメージできたのか?
それは「銀蛇のメルティナ」との修行の賜物だ。
彼女もあの不可思議な剣術によって、クミルとの戦闘で見せたような立体的な斬撃を得意としているのだ。
「ははははっっ! 面白い! 面白いですよ! 貴方は本当に天才のようだ! しかし、私の剣を受け止めただけでは、私の斬撃の全てを防いだ事にはなりませんよ!」
ほんの刹那の後、俺はその言葉の意味を知ることになった。
「風纏流『太刀時雨』」
ミレイユがサーベルを振るった瞬間。
幾つもの不可視の斬撃が発生し、俺に向かって雨のように殺到する。
雷速反射には周囲の微細な電子の動きを感じ取る効果がある。
この術を使用している間は、自分を中心とした半径二メートル以内における高度な空間認識が可能となり、不可視の斬撃が「そこにある」と感じる事ができた。
だが俺にできたのはそこまで。
どれだけ反射神経が優れていようと、同時に迫る十重二十重の斬撃を全て打ち払う事は今の俺には不可能だ。
風術によって編まれた刃が俺の体表に食い込み───バチバチッ……という音を立ててはじけ飛ぶ。
「ちっ……俺を殺せないんじゃあなかったのかッ!? 今の技でなます切りになっていたらどうするつもりだったんだ!」
攻撃が当たったのを確認して距離を取ったミレイユに、俺はもっともな疑問をぶつけた。
「手加減はしましたよ。貴方は生術も達者なようだし、当たっても腕一本飛ぶ程度のものです」
「腕一本飛んだら大ごとでしょう!?」
「……やれやれ、私の剣をまともに受けて無傷で立っているのですから、動揺するべきはこちらの方ですよ?」
「え、動揺しているんですか? いつもの業務用クールスマイルにしか見えないけれど……」
「この程度で動揺など! 似た状況などこれまでに幾らでもありましたとも」
そうですよね……。
「今のは貴方の……ギフト能力ですね? まさか、同時に二か所に展開できるようになっているとは……全く貴方という人は、僅かな期間に大化けするものだ」
「瞬時にお見通しですか……」
ミレイユ対策その三にして、最重要技術。
まず俺は、同時に二か所に「守り手の檻」を発動する訓練を積んだ。
それが安定して出来るようになったところで、今度は身体能力強化の感覚を応用し、自らの全身を覆うように能力を発動出来るよう鍛錬したのだ。
球形に発動する場合に比べると耐久力はかなり落ちるが、それでも強力な儀式術レベルの攻撃でなければ俺に傷をつける事は出来ない。
ミレイユは静かな瞳で俺を見据えている。
「ミレイユさん……あの時の……俺と一緒にランチを食べた時の貴方に、戻ってくれませんか……見て下さい。下では大勢の人たちが、今ステージの上で輝いている三人に声援を送っている。ただその剣を捨て、その輪に混ざるだけでいいんです。貴方は本来、もっと穏やかな人生を求めていたのでしょう?」
俺は彼女に言葉をかけた。
本来の彼女は明るい喧騒に背を向け、暗闇で剣を振るう人間ではない筈なのだ。
ただ真面目過ぎたが故に──
「私を侮辱するな!! 今ここに在る私は! 最高士官級帝国騎士『白銀のミレイユ』!! 片田舎でつまらぬ人生を歩むはずだった凡庸な女と同一視するなど……!!」
「そんなつもりは──!」
「我が主は言った。『異邦人とは、神より果たすべき役割を賜ってこの世界の客人となった人々の事だ。自らの命題を果たさずして彼らが朽ちる運命はない』とな。我が主の言葉はその全てが真実である。それならば──私が殺す気で剣を振るおうとも、貴方が死ぬことはあるまい」
まずい。
爆発的な殺気と術力の放射、そして収縮。
逃げる事も、距離を取る事も出来ない。
逆に、踏ん張っていないと吸い込まれそうになる。
ミレイユを中心として、まるで竜巻か台風のように周囲の空気が吸い込まれ、渦を巻く。
こんなモノと、果たして戦いになるのか?
「貴方のその絶対防御……何度斬れば破れるのか、試して差し上げましょう……!!」
言葉が終わった直後。
瞬時に間を潰され、逆巻く風と共にミレイユのサーベルが突き出される。
俺は雷速反射によりかろうじてその突きを弾くが、突きに付随する、もはや認識すら困難な程の無尽の刃が「守り手の檻」を削り取る。
「ぐぅっっっ……!!」
次々と繰り出される突き、斬撃。
先程と違い、どっしりと地に足を付けて撃ち込まれる剣は、比べ物にならないほど重い。
空歩による立体攻撃が「機関銃」なら、こちらはまるで「大砲」だ。
一撃一撃受ける度に手が痺れ、感覚が失われていく。
千々に乱れ飛ぶ不可視の斬撃によって、体表を覆う絶対防御が悲鳴を上げる。
今は辛うじて反応出来ているものの、攻撃は徐々に回転速度を上げており、保ってあと数合。
彼女の剣を「守り手の檻」で直に受ければ、俺の体は血飛沫を噴き上げて両断される。
──仕掛けるなら、今すぐ決断しなければ。
◇◇◇
──どうして、私の心はこれ程までに掻き乱されるのか。
胸に渦巻く黒い騒めきを剣に乗せ、コーイチに叩きつける。
感情任せにこんな剣を振るっているようでは、「白銀のミレイユ」の名折れだ。
正体不明の苛立ちに汚れ、曇り、輝きを失った「セイブ・ザ・クイーン」は、陛下に仕える騎士の矜持ではなく、只々殺意のみを表現する。
最高士官級帝国騎士に任ぜられた際、陛下より下賜を賜ったこの剣は私の誇りだ。
この剣を抜く時は、陛下の為に力を振るう時でなければならない。
今はどうだ?
私は、私の殺意の為にこの剣を振るっている。
最初にただの友人として出会ってしまったから?
精一杯背伸びした未熟な剣術で、彼は私の剥き出しの爪や牙に耐え続ける。
こいつを殺せば、私の胸の騒めきは消えるのか。
私は何故こいつを殺そうとしているのか。
こいつは何に、これほどまでに命を懸けているのか。
拙く、粗削りで、無駄が多く、経験も足りず、精緻さの欠片もない剣術。
全てを出し切って尚、私の剣を受けるのがやっと。
それも保ってあと数合だろう。
腕の感覚も、もはや無いはず。
騎士となって初めて湧き起こった黒い何物かも、残り刹那の時間できっと消え失せる。
コーイチの顔が苦痛に歪む。
私の顔もきっと、昏い愉悦に醜く歪んでいる事だろう。
私は渾身の力を込めて、暴嵐渦巻く白銀の剣で彼を薙ぎ払う。
コーイチの持つ由来不明な名剣が、遂に彼の手から弾け飛ぶ。
私が思わず口角を上げかけたその時──。
これまでに感じた事の無い未知の衝撃が私を襲った。




