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本番

「お次のステージはぁ!! 『たった一人の操り人形劇団』ンンン!! 数十体の人形を同時に操作する神業でお馴染みのォォォォ! ルード・ストリングスゥゥウ!!」


 とっぷりと日の落ちたアゲイド市の中央広場には、万を超える人々がつめかけている。

 術を応用しているのだろうか? 街は色とりどりの明かりで美しくライトアップされている。

 普段は暗い路地裏も、今日ばかりは赤や青や橙の光で照らされ、浮浪者やネズミ達も居心地が悪そうだ。

 普段ならこの時間には閉店しているお店も今日ばかりは営業時間を延長していて、まさに夜通しでお祭り騒ぎが続きそうな勢いだ。

 俺はそんな煌びやかな中央広場の喧騒を、広場に面したアパートメントの屋根の上から見下ろしていた。


「こんな所で黄昏ているとは。『あいどる』とやらと別れは済ませたのですか?」


 背後から、聞き覚えのある声がして振り返る。

 俺と同じく屋根の上に、帝国士官の制服に身を包んだミレイユが立っていた。


「こんなお祭りの日にまでお仕事とは、日本のサラリーマンもビックリな真面目ぶりですね……」

「これは帝国の祭りではありませんので。帝国騎士が休む理由にはなりませんよ」

「……今まさにミレイユさんは、『求められる役割』を果たしている最中なんですね」


 ミレイユは沈黙したまま答えない。


「見てください。街の人達皆、あんなに楽しそうに酒を飲んで、踊って……。今からでも一緒に飲みに行きませんか?」

「……勘違いしないでいただきたい。今の私は帝国騎士ミレイユです。ですが……」

「ですが?」

「今すぐ貴方が私と共に来るというなら……あの時の私に戻って、朝までエールをがぶ飲みするのも、アリかもしれませんね」


 俺は振り返り、ミレイユの強い瞳を見返しながら答えた。


「それは……出来ない相談ですねぇ。貴方と同じで、僕にも果たすべき役割がある。ただ、僕は貴方と違って好きでやっている事ですがね」

「……貴方の大切な者達がどうなってもよいのですか? この大道芸見本市とやらに、貴方のあいどる達も参加する事は分かっています。出番はもうすぐでしょう?」


 ミレイユの言う通り、トリラーレの出番はこの次だ。


「群衆の中にクミルを潜ませています。彼女は馬鹿ですが、暗殺の腕前は超一流です。これだけ多くの人々がいても、ターゲットが舞台に上がる事が分かっていれば、見つけて仕留めるのは容易い」

「紳士淑女諸君! いよいよフィナーレが近付いてきたぞォッ!!」


 司会の男が風術で増幅した声を張り上げる。


「本当にいいのですか? 陛下のご命令でもなければ、私は断固として、一度言った事は覆しません。殺すと言ったら殺します。貴方が折れるまで、私と共に帝国の土を踏むまで決して諦めない」

「……殺せるものなら」


 内心は不安だらけだったが、俺は努めて冷静に答えた。

 すると、ミレイユは右耳に着けたイヤリングを触りながら呟いた。


「クミル、まず一人殺せ」


 イヤリングに付いている小さな石には見覚えがある。

 鳴水晶だ。おそらくイヤリングを無線機のように使って連絡を取っているのだろう。


「あの~、ごめんなさいなの……」


 やや遅れて、クミルからの声がイヤリングを通して聞こえてくる。


「なんだ?」

「ターゲットが見付からないの! ゴラオンにも探させてるけど、舞台の近くにも……どこにもいないの!」

「……何?」

「大道芸見本市! ラストを飾るのはァ! 巨大な遺失船を乗り回すデコボコ美少女三人組! 自称『あいどる』だってンだけど、何だそりゃあ? 絶対盛り上げるから、兎に角皆さん見てちょうだい!! これが異世界発の新しい音楽だァァァァ!! トリラーレの登場ゥゥゥゥゥ!!」

「おい、もうヤツらが出てくるぞ! 舞台袖にいないハズがないだろう!!」

「だって! 居ないものはいないの!」


 俺はステージ上空を見上げた。

 ああ、顔がにやけて仕方がない。

 観衆も、そしてミレイユも、ようやく気付いて夜空を見上げる。

 夜空から広場にゆっくりと降下してくる、巨大な黒い影。


 このタイミングでミレイユ達に狙われる事は分かっていた。

 これだけの群衆の中、相手にだけ居場所が分かる状況でトリラーレを守るのは難しい。

 それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 船に侵入してくる事は無いのだから、船の上をステージにしてしまえばいい。


 ステージ上スレスレまで降りてきたサンドバイパーの甲板上に佇む三人の影。


「はぁじめましてぇ~みんな~~~~~ッッッッッ!!」


 ミランダの街中に響き渡るような大声を合図に、甲板がライトに照らされる。


「ウチらが世界初のアイドル! トリラーレや!」

「い、一生懸命歌うのだ! だから!」


 三人は一拍置いて、息を吸い込む。



「「「私達の歌を聴けぇ~~~~~ッッッ!!」」」


◇◇◇


 熱い。


 顔も体も心も、全身が熱い。


 ライトの熱だけじゃないよねこれ?


 フランスアさんやウィアートルさんに無理を言って、酒場のステージに立ったあの日から。

 ようやくここまで漕ぎつけた。

 あの時とは状況が何もかも違う。

 目の前にいるのは数えきれない程の人々だ。

 正直吐きそうなほど緊張しているけれど、私達だってあの時とは違う。

 生まれて初めて懸命に努力して。何度も何度も何度も何度も、歌って、踊って、励まして、励まされて、コケて、泣いて、逃げ出して、立ち直って、ここまで来た。

 初めて自分達の力で存在理由を勝ち取る為に。

 スポットライトが瞬き、背後に巨大なスクリーンが現れる。

 一曲目が大音響で流れ出す。

 頭の中は正直真っ白だけれど、体は何故か動き出す。

 そうなるまで練習したのだから、当然だ。


 ああ、コーイチ。どこかでちゃんと見ているのかな?


 ありがとう。


 私達はあなたのお陰で、今夜、輝けます。


「いっくよ~~~ッッ!! 一曲目は『ご注文は恋心ですか?』」


◇◇◇


「ふっふふふ……ふひひひ……」


 いかん。

 幸せ過ぎてニヤケが止まらない。

 原石だった少女が磨かれ、スポットライトと観客の視線を浴びて、初めて輝きだすこの瞬間。

 これを見る事がプロデューサーとして無上の喜びの一つと言える。

 しかも観客は超満員だ。

 正確には分からないが、広場にひしめき合っている人々は、パっと見でも一万は超えている。

 初ライブにしてこれだけの人数を前に臆することなくパフォーマンスを披露出来ているだけで、彼女たちの持つ才能は揺るぎの無い物と言えるだろう。

 そんな彼女たちがこの先も活躍し続ける為に──俺は引くわけにはいかない。


「なかなかやりますね……私達の動きはお見通しだったというわけですか」


 ミレイユは落ち着いた声音で呟いた。


「そして船の周囲は抜かり無く貴方のギフトの力で覆われている……」

「そういうことです」


 俺はミレイユに向き直った。

 本当ならトリラーレの初舞台をじっくりと観賞したいのだが、血涙を飲んで我慢する。


「これからどうしますか? 諦めて撤退してくれると助かるんですが」

「……何を諦める必要があるのです? 私が騎士らしからぬ策を弄したのは、全て貴方を傷付けることなく、貴方が自らの意志で我が帝国の客人となって頂くよう仕向けるため。それらの策が瓦解した以上、騎士としてよりシンプルな方法に切り替えるまで。……クミン、ゴラオン。作戦はプランBに移行する。戻れ」

「ちょ──っ、たい、ちょ──……うッ! こっちは、──める、ティナに、見つか──て! それどこじゃ──ゴラ──ンもッ──! キャァ~!!」


 ミレイユの呼び掛けに対し、クミルからの応答には激しい雑音が混ざっていた。

 ミレイユ達はトリラーレの三人が舞台の近くにいると思って狙ってきた。

 と、言う事は。三人を狙うクミンやゴラオンも、また舞台の近くにいるという事だ。


「クミンとゴラオンに、銀蛇のメルティナをぶつけますか。私はてっきり逆だと思っていたのですが。相手がメルティナであれば、私でも百戦百勝とはいかない」

「そうでしょうね。ですがこちらも諸々考えた結果、貴方は僕で何とかなると踏みました」

「……なるほど、舐められたものですね」


 ミレイユはまるで挑発するように、甲高い音を立てて抜剣した。


「さぁ、抜くのです。どうやら貴方もそれなりに鍛錬を積んでいる様子……。弱すぎては無力化する前に殺してしまうかもしませんが、貴方なら死ぬ前に決意を改める事もできるでしょう」

「お言葉に甘えて」


 俺もうっかり手に入れた聖剣(らしい)を抜く。

 刀身が俺の力に感応して、揺らめくような淡い光を放つ。


「……これは、どんな曰くがあるのかは知りませんが、素晴らしい剣をお持ちだ。……ですが、結局のところどんな名剣も、それを振るう人間の実力次第だということを……」


 ミレイユの姿が瞬時に視界から掻き消える。


「知りなさいっ!」


 頭上から音も無く襲い掛かる斬撃を聖剣で受ける。

 ──感じる。

 少し前まで全く捉える事のできなかったミレイユのスピードを。


「そうこなくては、面白くありません!」


 次々と舞い踊るように繰り出される切断面を。

 弾き、流し、押し返し──


「はぁぁぁあッッ!!」


 斬撃を返す。

 ミレイユは少しだけ目を見開き、一足で距離を取った。


「化けますね。手加減したとはいえ、正直驚きました」

「まだまだ、飽きさせませんよ。少なくともライブが終わるまではねっ!!」


 足下の屋根が爆ぜるのも構わず、全力で強化した身体能力そのままに、俺は渾身の力でミレイユに向かって突進した。

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