アサギのギフトと三人目
「おはよぉぉう! 諸君!!」
俺が食堂の扉を勢いよく開け放つと、トモエ、ソフィ、メルティナ、アサギが朝食を取っているところだった。
「おはようさん。今朝は随分とご機嫌やなぁコーイチ。最近元気無かったから心配しとったで?」
トモエは他の船員の軽く三倍以上の量のパンをもっしゃもっしゃと頬張っている。
「あー、その説はホント……」
「知ってんだからねっ!? このアタシのミラたんと昨日の晩、よろしくやって元気注入してもらったんでしょ!? いや、物理的にはアンタが注入した事になンのかしらね!?」
早朝から俺以上にテンションがトップギアに入っているアサギが、容赦なく下ネタを被せてくる。
「ウ、ウワーッ!! だから言ったでしょアサギさん! ホントにただお散歩しただけだって!」
「いいのよ隠さなくて! それとも口止めされてる!? ここが現代日本だったら犯罪なんだからね!?」
「コーイチはアイドルに手を出したりしないの!」
「あっっ! そうだ! コーイチがアイドルのプロデューサーだってホント!? しかも『ラインの乙女』の! めっちゃ売れっ子じゃん!」
暴れ馬の如く制御の効かないアサギに、あのミランダが苦笑いしている。
「一応そうですけども……あ! 僕アサギさんに聞きたい事があるんですけど」
「私だって聞きたい事色々あるわよっっ! ミラたんのついでに助けてもらったのは超、絶! ありがたいけど、あれから全然話す時間無かったじゃない! 何か雰囲気悪かったし!」
「そ、それはホント申し訳ない……」
「はぁ、まぁコーイチにも色々あるんでしょ。それで、聞きたい事って?」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「あのー、アサギさんがこちらに来る前、ラインの乙女について、何か特別な事件とかありませんでした? 例えば、誰かがケガしたとか」
アサギは質問の意図がよく分からないといった様子で首をかしげる。
「? 特にそんなニュースは無かったと思うけど……? アタシの情報源ったらツイッターのタイムラインとまとめサイトだからあんま当てにはならないかもだけど。なんでそんなことを?」
「そうですか……良かった。因みにアサギさんがこちらに飛ばされて来たのが元の世界の何月何日かって覚えてます?」
アサギはにちゃっとした昏い笑顔を浮かべて答えた。
「忘れもしない、三月三十一日よ! 丁度お花見しながらのコスプレイベントの最中だったからね! 沢山のカメコに囲まれて悦に浸ってるトコ、いきなりこの世界に飛ばされたのよ!」
俺が飛ばされてきた日は二日間の武道館ライブの初日、四月十三日だ。
それより二週間早くこちらの世界に来たアサギが、武道館での事件を知るはずもない。
俺は胸を撫で下ろした。
「何々? アタシがいつこっちに来たかがそんなに重要だったワケ?」
「ええ、実は……」
俺はアサギに、自分がこの世界に飛ばされてきた経緯を話した。
「はー……なるほどね。聞きたかった話がようやく聞けたわ。でもそれだと残念だったね。私がコーイチより遅くこっちに来てれば、ラインの乙女のその後も分かったのに」
「いや、僕は逆に安心しましたよ。誰も知らないなら、まだ確定した未来は何も無いってことですから。ラインの乙女の三人が無事でいると信じていられます」
「ふぅん? そんなもん?」
アサギはよく分からないといった様子で首を傾げている。
「ねぇねぇ、ところでさ、コーイチってアサギさんの能力について知ってる?」
アサギとの話が一段落すると、ミランダが目を輝かせながらそんなことを聞いてきた。
「え? アサギさんの能力?」
……知らない。アサギも異邦人なのだから「ギフト能力」があるのだろうが……。
そういえば……
「カミーナの屋敷で絨毯が一人でに動いてたけど……もしかしてアレ?」
「ぴんぽーーん! 大正解!! アサギさんの能力は『布地を自在に操る能力』なんだよ! 凄いよね!」
「あ、あぁ、確かに凄いな。変態でない限り、大抵の人は服を着ているし、暴漢に襲われてもすぐに拘束できるとすれば、まさにチート級の能力かも」
俺がそう言うと、アサギが薄く笑いながら俺の眼前に人差し指を立てた。
「ちっちっち……甘いなコーイチ君。想像力が足りないよ想像力がぁ!」
「はぁ……想像力?」
俺がきょとんとしていると、
「そうだよコーイチ! アサギさんはもっとすごい事が出来るんだよ!?」
全然分からん。
俺はミランダに急かされて素早く朝食を取ると、メルティナを除く五人で貨物室にやってきた。
「……? なんだこりゃ?」
貨物室の隅に、沢山の布? が山積みになっている。
「これは、崩壊した市長の屋敷跡から集めてきたものなんや。まだ着れる上等な服はお金に換えて寄付したんやけど、破れたり汚れたり、一部が燃えたりしてた服を貰ったんや」
「ふぅん……けど、こんなものどうするんだ?」
「ふん、まだ分からないのかい? ……予言しよう。コーイチ君はこれから三十秒後、このアサギ様を尊敬の眼差しで見つめる事になるだろう……」
そうどや顔で宣言すると、アサギはおもむろに、ぱちん、と指を打ち鳴らした。
その瞬間、山と積まれた布の一部がひとりでに動き出し、ミランダの体を包んでいく。
一体何をするつもりなんだ?
「えーっと、テレビで見たことあるんだけど、どんなんだったっけなぁ~……」
アサギがぶつぶつと呟くこと三十秒。
「確か、こんな感じだろ!」
アサギが再び指を打ち鳴らすと、ミランダの周囲を目まぐるしく動き回っていた布地が力を失って、すとんと床に落ちた。
ようやく俺はミランダやアサギが見せたがったモノを理解した。
そこには驚愕の光景があった。
「これは……!! この衣装は!! ラインの乙女のデビュー三周年ライブ衣装!!」
細部に違いはあるが、紛れもなくそれを再現したものだと分かる。
「す、素晴らしい……!! アサギさんの能力は自由に服を作ることもできるんですか!?」
なんと予言は大当たりだった。
俺は今、確かにアサギを尊敬の眼差しで見つめている。
「ファーッハッハッハ! その通りだよコーイチ君!! 服だけじゃなく、布でできている物なら素材さえあれば何でも作れるのだよキミィ!」
「おお、神様仏様アサギ様! これで皆の衣装が作り放題です!」
「話によると異邦人の能力ってのは個人の趣味嗜好その他にかなり影響されるらしいじゃん? アタシなんてコスプレにハマりすぎて服飾の専門学校に行っちゃったくらいだから、こんな能力くれたのかも……! この力を持って元の世界に戻れたら、これから先どんな衣装も超ハイクオリティに作り放題なのにぃぃい!」
なにやら悔しがっているアサギは置いておいて、これはまさに素晴らしい出会いだ。
懸案だった衣装の問題が一気に解決したのだから。
「んじゃあ一発、今度のライブ衣装でも作っておく? エロ系? 清楚系? ロック系?」
「それについては、ちょっと後でデザイン画を描いてみますので、それからでもいいですか? 実はまだグループ名はおろか、コンセプトも考え中なもので……まぁ何となく方向性は決まっているのですが」
「そっか。んじゃあ決まったらすぐにでも作ってあげるからね! 何しろアタシもここで厄介になる事になったし、何とか金を稼ぐ方法を考えていかないとねぇ……でも今は、もう少しミラたんを着せ替えして遊んじゃおっかなぁ~ぐへへへへ」
アサギがそう言うと、ミランダの着ていた服が再び凄い勢いで変形し始めた。
「きゃあっ!? ちょっと! アサギさんやめてくださいよぅ! いやっ! ちょっ! 肌色が多すぎますぅっっ!!」
「ほうれほれ、これが遥か異世界の最新ファッションだよ~!!」
「ええなぁミラちゃん。ウチもやってぇな~アサギはん~!」
「合点承知ィ! いいねぇお姉さん、スタイルいいねぇぐへへへ! ミラたんとはまた全然違う魅力に溢れておますなぁ!」
「ソフィもやろうや~。おもろいでぇ! ウチらあんまり服持ってへんし、ソフィもいつも同じ服着てるやんか~」
「余、余は俗世間のふぁ、ふぁっしょんになど興味は……う、うわ、何をする! これは由緒正しい王族の……! 元に戻すのじゃぁぁあああ!!」
俺は着せ替えして遊び始めた四人を微笑ましく眺めながら、頭の中でこのアイドルグループが活躍する姿を具体的に想像し始めた。
この世界の文化や文明に合ったコンセプト、楽曲、衣装……。
初舞台を前にして、コーイチの中でもようやく全てが現実味を帯びてきた。
体の中から活力が溢れてくる。
やはり俺にはこの仕事しかない。
しかし──
やはり足りない。
もうあと一ピースが足りない。
何が足りないかは分かっているのだが、果たして俺が働きかけていいものか──
取り敢えずそれは置いておいて、今は遊んでいる場合ではないのだ。
俺はパンパンと二回手を叩いた。
「よぉ~し! そろそろ練習に移ってくれ! もう本番までそんなに間が無いし、しばらくみっちり練習するんだぞ!」
「はい! 分かりましたプロデューサー!」
「ほ~い。了解やで」
「えぇ~? まだ遊びたかったのにぃ」
それぞれが返事をする中、ソフィは何やらモジモジしていて、どういうわけかミランダとトモエの側を離れようとしない。
「どうしたんだいソフィ? 行かないのか? 今日も見学するのか?」
俺がそう言うと、ソフィは顔を赤くしながら一層モジモジし始める。
一体どうしたというのか。
「ほら、言うんやろソフィ? 勇気出しぃ」
「そうだよソフィちゃん! ファイト!」
そしてソフィを応援し始める二人……。何故かアサギもニヤニヤしながら見つめているし、一体何が起こるというのだ?
「こ、ここここっこっこっ……コーイチ先生……っ!!」
「は、はははい? ……ん? 先生?」
緊張しすぎて痙攣するニワトリみたいになっているソフィにつられて、俺も声が震えてしまう。
……それにしても、先生というのは?
「あの……私も……」
ごくり。
「アイドルがしたいです……っ!!」
「……コーイチ?」
「コーイチはん?」
「……きゃあっ!」
気が付くと、俺はソフィを抱きしめていた。
「よくぞ、よくぞ言ってくれた……! ありがとうソフィ……!」
「お、おいコラ! 余は別にお主を喜ばせようと思うて言うたわけでは……!!」
「それでも、嬉しいんだから仕方ないじゃないか……!」
そうだ。
俺が足りないと思っていたのは、ソフィの存在だった。
彼女達は、ミランダとトモエとソフィは。
俺が初めて会ったその時から「三人組」だったのだ。
お互い種族も違うのに、それこそラインの乙女と同じくらい安心感のある三人組だった。
しかし、アイドルになると言い出したのはこのうち二人。
当然デュオのアイドルでも構わないのだが、そこにはどうしても密かな喪失感が、ソフィの不在を感じさせる「空席」があったのだ。
俺がいずれソフィと話をする必要があると思っていたのだが、全くの杞憂だった。
やっぱり彼女達は「三人組」だったのだ。
「い、一度しか言わんからよっく聞いておくんじゃぞ……!! 余は、やはりまだまだ子供であった。恥ずかしかったのも本当じゃし、王族のプライドも邪魔した。ホントは余もミランダとトモエと一緒に、あ、あいどるとやらをやってみたかったのに、素直になれなんだのじゃ……」
ソフィは俺と抱き合ったまま、耳元で囁くように話す。
顔は見えないのだが、頬から伝わってくる熱で、彼女の顔が真っ赤であろう事は容易に想像がついた。
「あまつさえコーイチから二人を取り返そうとすら画策したが、結果はこの通りじゃ……すまぬ。余を許してくれるのならば、チャンスをくれぬか……?」
俺は抱擁を解いてソフィの肩に両手を置き、彼女の目をしっかりと見て答えた。
「はは、大歓迎だよ。こっちとしても、どうやってソフィにグループに入ってもらおうか考えていたところさ」
俺がそう言うと、
「な、なんじゃい!! そんなら余がこんなに下手に出る必要も無かったではないか!」
ソフィは素早く俺から離れて、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
「なんや~、ええ調子やったのに、やっぱソフィはソフィやなぁ。素直やないわ~」
「いいじゃんいいじゃん!! ソフィちゃんらしくて!」
俺の思惑をも簡単に超えて、メンバーは揃った。
後の俺の仕事は、彼女達が現時点での最高のパフォーマンスを安心して発揮できるよう舞台を整えてやること……それだけだ。
「よし! それじゃあ俺は他にも打ち合わせがあるから行くけど、練習頑張っておいてくれよ! 人数が変わって振り付けのフォーメーションも変わってくるだろうし」
「えへへ~、実はもう数日前からソフィちゃんも一緒に練習してるから大丈夫だよ!」
「こ、こら! バラすでない!」
「はは、頼もしいなぁ三人は。まぁラインの乙女と同じ三人になったから、色々参考にしやすくなって、かえって楽になったかな?」
「よーし、やるで~二人とも!」
気合を入れる三人を見届けて、俺はアサギと共に貨物室を後にした。
「……ところでアサギさん」
「んん? なーに?」
「先生、アイドルがしたいです! ってのは……アサギさんの入れ知恵でしょ?」
「……バレた?」




