ミランダの過去
私は名も無い辺境の村で生まれた、らしい。らしいというのは、確証が持てないからだ。
物心ついた時にはその村にいたのだが、一緒に暮らしていた人たちは私の産みの親や家族ではなかったのだ。
村外れに突っ立っていた幼い私を見つけた最初の主人は、私を労働力として家に連れ帰った。
でも私は兎に角使えないヤツだった。
術が使えないだけじゃなく物覚えも悪かった。
その村では綿花の栽培が主な産業だった。
私も毎日綿花の収穫に駆り出されていたが、共に働く労働者達が1日で収穫する量の半分も収穫出来なかった。
初めのうちは主人も私を毎日怒鳴り付け、皮膚が破けるまで鞭で何度も叩いたりした。
でもこれが私の能力の限界なのだと悟ると、途端に叩くのを止めた。
そうして鞭による傷が癒えた頃、少女専門の奴隷商人に私を売ったのだった。
船に乗せられ、長い航海の末に新たな土地に連れて来られ、そこで私は二人目の主人に買われる事となった。
彼は金持ちの貴族だった。
そして私が求められた役割は性奴だった。
ようやく十歳になろうという私の体を、主人は好き放題に嬲り、弄び、性欲の捌け口とした。
主人の屋敷の敷地内に性奴専用の館が用意されており、そこには自分と同じ境遇の少女達が十人以上も囲われていた。
それでもこの頃の私は幸せだった。
同じ境遇の女の子達が多くいたので寂しくもなかった。
主人の相手をするのも仕事だと思えば辛くなかった。
むしろこの仕事は自分に向いているのかも、とすら思っていた。
夜伽の相手はその日の主人の気分で選ばれた。
私はその中でも特に出番が多かった。
他の子達は選ばれなかった事を毎日喜んでいたけれど、それまで役立たず扱いしかされたことの無い私には、例え性奴という過酷な境遇にあっても、「求められる」事が純粋に嬉しかった。
いつしかそれが自分の価値なのだと思うようになった。
しかしそんな日々にも終わりがやってくる。
この館に来て三年ほど経った頃。
私は再び奴隷商人に売られた。
館の主人は少女趣味だった。
この三年で成長してしまった私は、もう主人にとって魅力的な存在ではなくなっていた。
私はアイデンティティを失い、死んだ目をして馬車に揺られた。
新たな買い手を求める旅の最中、見知らぬエルフの娘と鬼の娘が合流し、言葉も無く街道を転がる車輪の音を聞いていた時。
馬車が狂暴な魔物に襲われた。
商人と御者、そして護衛までが一瞬で肉塊と化す。
恐怖も無く、ただ諦めだけがあり、藁屑同然の命が土に還ろうとするその時。
壊れた馬車の上を巨大な影が覆い尽くしたのだった──。
二人で床に腰を下ろし、ミランダは自分の身の上を無感動に語った。
多分──実際よくある話なのだろう。
俺の元居た世界でだって、一部の地域では日常茶飯事の悲劇だ。
最後にサンドバイパーに辿り着いて今に至るのだから、寧ろハッピーエンドとすら言えるだろう。
そう、ほんの少し運が悪ければ彼女も──
「ただでさえ術不能者の私なんて……ちょっとしたボタンの掛け違いで、きっと……十回は死んでると思う。サンドバイパーに助けられた時もそう……カミーナに捕まっちゃった時だって、一歩間違えば死んでた。ミレイユ達に狙われていても、別の理由で死ぬ可能性の方がきっと高いんだもの。それなのにあいつ等を理由にやりたい事をやらないなんて、私にはできない」
現代人との死生観の違いは以前も感じたが、ミランダは中でも極端な考え方をしているようだった。
思い立ったがなんとやら、彼女の圧倒的な行動力は、この刹那主義にも近い生き方が源泉となっているのだ。
「これまでの私には性奴隷としての存在価値しかなかった。コーイチに提示されて、初めて自分の新しい価値に……いや、自分の価値は自分で作るんだって事を教えてもらった。コーイチがいなくなると思って、一度は性奴隷としての自分に逃げそうになったけれど、コーイチは拒否してくれた。拒否したからには、最後まで付き合ってもらうんだから!」
俺はミランダから目を逸らすことができない。
「トモエちゃんなんかは私と違ってとっても強いし、簡単に殺されちゃったりはしないよ。アテにしてるってワケじゃないけど、コーイチだって私を守ってくれるんでしょ? なら、そんなに怖がらなくたっていいじゃん!」
しかし、やがて俺は彼女の真っ直ぐな視線を受け止めることができなくなっていった。
「あぁ……でも……駄目なんだ……俺は……」
俺は俯いて涙を流していた。
声が震える。息が詰まる。
「俺はこの世界に来る直前……アイドル達を失ったんだ」
あの日、あの瞬間の出来事を話すと、ミランダは絶句していた。
しかし、彼女の瞳に宿る意志の光に揺らぎは無かった。
「あれ? ……でも、コーイチは実際その爆弾が爆発してラインの乙女の皆が死んじゃったところは見ていないんでしょ?」
「え? ……まぁ、言われてみれば確かにそうだが……」
「なんだ。じゃあまだ皆が死んだとは限らないじゃん」
ミランダはきょとんとした顔で言い放った。
「はぁ? そ、そんな風に考えた事は……なかった。だって、スイッチを押す瞬間までは見たんだぞ?」
「もしかしたら爆発しなかったかもしれないじゃん。スイッチが壊れてたとかで」
ミランダの言葉に、俺ははっとした。確かに言われてみれば、その可能性はある。
なんでそんな簡単な事に気づかなかったのだろうか?
「確定していない事で思い悩んでたって仕方ないよ。きっとラインの乙女の皆は生きてるよ!」
「なんつープラス思考だよお前は……」
「だって実際死んだところを見てないんだったら、当然可能性はあるわけだし」
俺もどちらかといえばポジティブな方だと思っていたが、ミランダと比べるとまだまだ未熟だったようだ。
「それに! 街が破壊された日、自分がソフィに怒鳴った事も忘れたの?」
「俺がソフィに怒鳴った事……」
「この状況が全部自分の責任だと思ってるんだろ! って。でもそれってコーイチだって同じじゃん。ラインの乙女の皆が危ない目にあったのはコーイチのせいじゃない。悪いのは犯人なんだから、誰もコーイチを責めたりしないよ。だからコーイチも自分を責めたら駄目なんだよ」
俺という人間は、他人には偉そうに説教を垂れておいて、自分の事は何一つ分かっていなかった訳か。
「ラインの乙女の皆だって、もし無事に生還しても、コーイチが皆の安全を守る為だって言って過保護にしてステージに立たせないようにしたら、きっと私と同じ事を言うよ」
「私と同じ事?」
「えーっと、要するに何が言いたいかというと……」
話が長くなって、ミランダの中でも収集がつかなくなっていたらしい。
「そう! 自分の生き死にの責任くらいは自分で取る! とにかく歌わせろ! 私はアイドルがやりたいんだ!」
ミランダは俺に向かってびしっと人差し指を突き出した。
「……ああ。きっと未来も佳子も入間もそう言うに違いないな。……ミランダのお陰で目が覚めたのは二回目だ」
一回目もこの酒場で、あの吟遊詩人の前だった。
俺はミランダの手を握って立ち上がる。
「俺はプロデューサーとしての自分の仕事を……ミランダ達を世界初のアイドルに導くって仕事を勝手に放棄するところだった。だけど今度こそ約束しよう。俺はこれからどんな困難があっても、必ず君たちを頂点へ導く」
「うん!!」
ミランダは満面の笑みで頷いた。
「なんだ、もう話はまとまったのカネ?」
俺達が立ち上がると、フランスアが話しかけてきた。
「さて、このフランスアもそろそろ床につく時間だが……彼も帰るようだゾ?」
「彼?」
いつの間にか背後に吟遊詩人の男が立っていた。
すでに演奏は終わっていて、酒場に居る人々の多くが静かな寝息を立てている。
「あ、いつも素晴らしい音楽をありがとうございます。貴方の演奏にはいつも救われていますよ」
「なに、僕に出来ることはこれくらいのものですから」
吟遊詩人の男は帽子を目深に被ると、少しだけ微笑んだ。
「それで十分過ぎますよ」
「聞けば、あなた方もこれから音楽をやられるとか? ……期待していますよ。私の弾き語りは、所詮日銭を稼ぐためのちょっとした芸に過ぎません。富裕層は豪奢な劇場で歌劇や管弦楽などを楽しんでいますが……貧しい人々にももっと良質な音楽を楽しんでほしいものです」
そう言うと、吟遊詩人の男は手を差し出してきた。
俺はその手をしっかりと握り返した。
その手は熱く、何か得体のしれない大きな力を秘めているように感じられた。
「そういえば、貴方のお名前を教えて頂いても?」
「名乗るほどの者ではありませんが……そうですね。では、ウィアートルと呼んで下さい」
ウィアートル……確かラテン語で旅人とか、そんな意味だった気がするけど……たまたま響きが同じになっただけだろうか?
「ウィアートルさんですね」
「ええ。また会うこともあるでしょう」
彼はそう言うと、ミランダとも握手を交わし、夜の闇の中に歩き去って行った。
「カッコいいねぇ。コーイチほどじゃあないけど」
「俺なんかよりずっとカッコいいさ。まるでスナフキンだな」
「スナフキン? 誰それ?」
「ほら! 無駄話してないでさっさと帰るぞ! 大道芸見本市に出るんなら、まだまだ準備がたくさんあるんだ! 明日から大変だぞぅ!!」
「なんだよもう! さっきまで世界の終わりみたいにしょげしょげだったクセに!」
「あ~? 覚えとらんなぁ!」
あぁ、全くミランダの言う通り、情けない姿を晒したものだ。
もう二度と、俺達のアイドル道を阻むモノに屈したりはしない。
そうでなければ、向こうの世界のラインの乙女に顔向けできないというものだ。
俺はこっちでも自分の目標、果たすべき役割をしっかりと果たす事にするよ。
そしていつか、お前たちにもう一度──。




