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コーイチの迷い

 港に戻ると、サンドバイパーの前に俺とソフィ以外の全員が集合していた。


「コーイチ! ソフィ!」


 いち早く俺達に気付いたミランダが駆け寄って来る。


「うわぁ~~~ん!! 二人とも無事で良かったよぉ~~!!」

 ミランダはタックルのような勢いでダイブすると、俺とソフィに抱き付いてきた。

「うおっとぉ、はは、そっちも無事で良かったよ。全く涙もろいヤツだな」

「い、痛いのじゃソフィ! 嬉しいのは分かったから、鼻水をつけるでない!!」

「ホンマ無事で何よりやで! ウチは信じとったけどな?」

「ぐずっ……わ、私だって信じてたけど、実際に帰ってくるまでは不安だったんだもん!」

「やー、妬けるねぇ。ミラたんにそんなに惚れられてるとはっ!」


 トモエの背後からひょこっと顔を出したアサギも、すっかりサンドバイパーの皆と馴染んでいるようだ。


「はは。海大蛇が消えたんは、二人がやったんか?」

 トモエが訪ねると、ソフィが巨大な宝石の付いた指輪を見せびらかした。

「じゃーん! この下品な指輪を見よ!」

「おお、それがコントロールキーいうヤツか?」

「そうじゃ。取り敢えず着けたまま持ってきたが、いずれはしかるべき人物に返さなければなるまい」

「ようやったな。ソフィにコーイチ」

「いやぁ、ソフィのお陰さ。対応策を出したのも、瓦礫の山から指輪を探し出したのも彼女だ」

「いや──」


 俺の言葉を、ソフィが力強く否定する。


「コーイチがおらなんだら、此度の勝利は得られなかったじゃろう……コーイチが余を守って時間を稼いでくれたお陰じゃ」


 ソフィのこの言葉に、ミランダとトモエが揃って目を丸くしていた。


「ソ、ソフィちゃん……」

「ジブンがコーイチを誉めるやなんて……成長したんやなぁ。お姉ちゃんは嬉しいで」

「誰がお姉ちゃんじゃ! それに余は手柄を立てた家来はキチンと評価するよう心掛けておるのじゃ! 王族として当然の事じゃからな!」

「誰が家来だっ! ……ところで、メルティナさんとトーニャさんは?」


 飲み過ぎた二人は翌日の昼まで目が覚めないという話だったが……。


「あ~……その二人なら……」


 トモエは親指で背後を指しながら脇にどいた。

 そこには土下座をした状態の二人が額を地面に擦りつけていた。


「い、いつ気付いてもらえるのかと思ったぞ……」

 トーニャが顔を上げないままくぐもった声を出した。

「こんな大変な事になっているとは露知らず、何もせずに爆睡してしまって大変申し訳ございません……」

 メルティナも同じく、土下座をしたままだ。


「い、いやぁ顔を上げてくださいよ。誰も予想していなかった事ですから……」


 俺が焦ってフォローすると、

「せやなぁ。メルティナはんには日頃から負担かけとるし、ウチらにとってはホンマ恩人やから……」

「そうだよなぁ? だから二人は許し……」


「せやから、特別にデコピンで許したるわ」

 ああ、やっぱりデコピンはやるのね……。


「よ、よせ! 来るんじゃないよ!」


 トーニャは頭を上げ、尻餅をついたまま後ずさりしていく。


「往生際悪いでトーニャはん?」

「ば、馬鹿! お前のデコピンは洒落にならんだろ!」

「大丈夫やって! ちゃんと手加減したるか……らっ!!」

「ぎゃぁぁぁああああ!!」


 逃げ切れずにトモエのデコピンを食らったトーニャは、真後ろに何回転もぐるぐると回りながら吹き飛んで行った。


「ひっ……ひぐぅぅっっっっ!!」

 人生最後の日のような悲壮感漂う表情で正座していたメルティナも、デコピンされた途端にトーニャと同じように後ろに転がっていった。


 その後、俺達は朝から食事を取っていなかった事に気付いて腹を満たした。

 夕方から日が暮れるまでの短い間は、皆で街の瓦礫の片づけ等を手伝った。

 これだけの騒ぎだったにも関わらず、幸いにも犠牲者はゼロだったそうだ。

 なんでも、顔を隠した謎の男が飛び回り、人々を救ったのだとか。なんとも正体が気になる話だ。

 ただ、その謎のヒーローが活躍しても建物の被害は免れなかった。

 家を失った多くの人達は、街の集会所や厚意で寝場所を提供している酒場などに身を寄せている。

 ソフィはやはり責任を感じているのか、街はずれの空地等に樹術で仮住まいを即席建築しているそうだ。


 街がこの状態では、二週間後に迫った大道芸見本市は中止にせざるを得ないだろう。


 しかし……俺は安心していた。


 大道芸見本市……人が多く集まり、お祭り騒ぎになる期間は暗殺に持ってこいだ。

 特にステージに立つ瞬間は最も無防備になる。

「貴様の大切なモノを手にかけよう」というミレイユの言葉が、俺に絶望の種を植え付けていったのだ。

 もし、もう一度目の前でアイドルを失うような事があれば、俺は壊れてしまう。きっと耐えられないだろう。

 自分の為にも、とにかく皆を守らなければならない。


 一度失敗している以上、奴らが再びこの船に侵入して暗殺を試みる可能性は低い。逆に言えば、船の中にいる限りは比較的安全だという事だ。

 これから、少なくともミランダとトモエにはしばらくの間外出を控えてもらった方がいいだろう。

 そうして可能な限り素早く、可能な限り遠くに移動して、追っ手を振り切るのだ。

 アイドル活動はまた別の土地で始めればいい。


「はは……なんてな」


 俺は暗闇の中で一人苦笑いを浮かべた。

 そもそも俺はこの船の船長でもなんでもないんだ。

 何の権限があって、安全にアイドル活動を続ける為だけにこの船を動かす?

 常に逼迫しているこの船の財政状況で、利益が出るかどうかすら分からない事業の為にどれだけのリソースが割ける?

 それに、どれだけ遠くに逃げたところで奴らは必ず追ってくるだろう。

 速度はこちらの方が上とはいえ、奴らも遺失船を持っているのだ。

 任務に忠実なミレイユの事だ、そう簡単に諦めるとも思えない。

 考えれば考えるほど、俺が帝国に下るのがこの船の皆にとって最善だという結論が揺るぎの無いものになっていく。


「はー……」


 俺は顔を両手で覆い、深いため息を吐く。

「おぉ~い、コーイチ? 大ニュースがあるんだけど、入ってもいいかな?」

 短いノックの後に、ミランダの声が聞こえてきた。

「あ~、あぁ。どうぞ~」俺は俺はなるだけ平静を装って返事をする。

「お邪魔しま~……って、うわ! 真っ暗じゃん!」

 ミランダに促されて、俺はランプに火を点けた。

「あぁ~、いや、晩御飯食べたら眠くなっちゃって……」

 言いながら、俺は欠伸と伸びをしてみせたのだが、

「うそ。別に寝てなかったでしょぉ? 私がポンコツだからって、そう簡単に誤魔化されると思ったら大間違いですぅ~! 最近コーイチ元気なかったでしょ? これでも女の子だから、そういうとこ意外と敏感なんだよねぇ私」

「あ~……え~っと……まぁ、そうだな。すまん」

 俺もまだまだ修行が足りない。アイドルに心配させてしまうとは。

 ミランダはベッドで俺の隣に腰掛けると、

「ところで大ニュースなんだけどさ。なんと! 大道芸見本市が開催されるらしいよ!」


 俺は思わずミランダの顔を凝視した。

「なん……だって?」


「壊れてる建物はたくさんあるけど、イベントに必要な建物には損傷が無いんだって! それに、街が壊れて修繕にもお金が必要だから、あえて開催して沢山のお客さんに来てもらってお金儲けした方がいいだろうって! その方が街の皆も活気づくだろうって! やったね! 私達の出番も無くならずに済むじゃん!!」

 にっこり笑ってガッツポーズを取るミランダだったが、

「いや……ダメだ」

 にわかにその笑顔は凍り付く。


「ダメなんだよ! 出ちゃダメだ! ステージに立ったらきっとミランダは……殺される! 君たちを大道芸見本市に出すわけにはいかない!!」


 オレンジ色に照らされた薄暗い室内が、重い沈黙に支配される。

 ミランダの顔が悲しみに歪んだ……と思ったら、急に頬が緩み、優しい笑顔になった。


「なーんちゃって。……そう言われる気がしてたんだぁ。……ソフィに話は聞いたよ」

「……ミレイユ達に会った話か?」

「うん」

「そうか……」

「ねぇコーイチ。ちょっと街に散歩に出かけない?」

「は? こんな時間にか? もうすっかり夜じゃないか……奴らに狙われたらどうするんだ」

「大丈夫だよ。あれからまだミレイユさんは現れてないんでしょ? 彼女は真面目だから、答えを聞く前に私を殺そうとしたりはしないよ」

「自分を狙っているヤツを、よく『さん』付けで呼べるな……」

「変かな……?」

 何が変なのかも分からない様子で首を傾げるミランダを見ると、俺も自然と口元が綻んだ。

「……いや、ミランダらしい。そのままでいいと思うよ」

 俺は支度をして、ミランダと二人で夜の街へと出かける事にした。


 毎晩深夜まで活気が失われる事の無いアゲイド市の中心街も、ここ最近は静かな夜が続いていた。

 家を失った住民がそこかしこで軒下を借りて休んでいるため、酒飲み達も自重しているようだ。

 街路を歩いていると不意に、どこか郷愁を誘う穏やかなメロディが聴こえてきた。

 音楽の聴こえる方へ歩いて行くと、そこは以前トーニャに連れて行ってもらい、ミレイユとランチをする羽目になったあの酒場だった。


 淡い光の漏れる店内を覗くと、店内の机と椅子は片づけられ、空いたスペースには毛布に包まった多くの人々がスープやパンを手に音楽に聴き入っていた。

 どうやらこの店では家を失った人たちに寝場所を提供し、軽食を出しているらしい。

 そして彼らの前で音楽を演奏していたのは、初めて来た時にいた、あの吟遊詩人だった。


「おお、誰かと思えばミスターメシアじゃないかネ。それにミス・サンシャイン、ミランダ。君達も彼の演奏を聴きに来たのか?」

 横から声を掛けられて振り向くと、フランスアが立っていた。

「救世主とか……勘弁して下さい」

「市長邸での君らの頑張りを目撃した者がいてネ。一部で話題沸騰だったのダガ、フム……もうこの話はよそう」

「……すみません」

 フランスアは気を悪くする事も無く、薄く微笑んだままだ。

「……あの吟遊詩人さんの演奏は……いつ聴いても、いいね、コーイチ。これが、音楽の力なんだね」

「そうさ。良い音楽は人々に様々な感情を呼び起こさせる。そうして勇気づけたり、励ましたり、楽しませたり、辛い気持ちを忘れさせる事で癒したり……。聴いている人に何らかの形で明日に進む活力を与える事ができる」

 彼の奏でる穏やかな調べに耳を傾ける人々は、皆安らいだ表情をしている。

 冷たくて硬い床に薄い毛布、身じろぎすれば他人と肩が触れてしまうような環境でも、まるで我が家にいるかのような安心感を得て眠れるのだ。

「きっと、私達が目指しているのもコレなんだよね?」

 ミランダの言葉に、俺は静かに頷いた。

 俺の脳裏に、俺がプロデューサー業をやろうと思い立つきっかけになった少女の笑顔が浮かぶ。

「そう、私だって早くこんな風に歌で皆を元気付けたり出来るようになりたいんだけど……」

「あぁ……そうだな」

 俺が、どこか煮え切らない、迷いを含んだ相槌を打つと、


「……コーイチってさ、もしかして私の決心を甘く見てない?」


「……は?」


 俺が驚いてミランダを見ると、彼女は手で自分の両目尻を上に引っ張り上げながら、俺を睨んでいた。

 怒っているぞ、という意思表示なのだろうか?


「たかが帝国に命を狙われているってくらいでさ、過剰に私達を守ろうとし過ぎじゃないの?」


「な……に……?」


 俺は今度こそ呆気に取られた。

「私はとっくに命懸けなの。コーイチだけじゃないの。私にもちゃんと命を懸けさせてほしい」

 そう宣言するミランダの瞳には、不安も、迷いも、恐れも、何一つ感じ取ることは出来なかった。


 そこにあったのは確かな決意の炎だけだった。

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