乱入
「は? 何言うてんねん?」
トモエがワケが分からないという顔でソフィを見る。
「余が身代わりになってミランダが解放されれば、お主らはそのままアイドルを目指していられるじゃろ。今、真にあの船に必要無いのは余じゃ」
そう言うと、ソフィは止める間も無く手を上げて叫んだ。
「ミランダやコーイチに代わって、余がお主の元に下ろう! 余は森の民の王族、ソフィーリア・クリス・グラーウェル。グラーウェル家の生き残りじゃ。森に祝福されし一族である余を側に置けば、必ずやそなたに食べきれぬほどの幸が訪れよう!」
「ホーッホッホッホッ!! お話になりませんわね」
カミーナはソフィの決死の覚悟をあっさりと笑い飛ばした。
「自称エルフの王族を名乗る小娘など、奴隷市場にでも行けば掃いて捨てるほどおりますわ。貴方の市場価格など、高く見積もっても金貨三枚程度が精々ですわねぇ」
「なんじゃとォ……?」
高く上げられたソフィの手は、わなわなと震えている。
「フゥ……ちょっとよろしいですか?」
カミーナは呆れて物も言えないという態度で溜息を吐いた。
「コーイチ様は異邦人なのです。異邦人というのはそれだけで国宝級の価値を持つ存在。本来なら値段を付けられるようなモノではないのです。しかも彼の価値はそれだけではない! アマンドラ帝国帝室情報院……世界最高の先見を集めた組織の中でも最も優れた預言者にして大皇帝の妹でもあるフュイオンが『楽園を創りし者』と呼ぶ特別な異邦人! それがコーイチ様なのです!」
楽園を作りし者? 俺が? なんだそりゃ?
「ですから!! 貴様らのような何の価値も無い愚民共とは比べる事すら不敬なんだよッッッ! さっさとコッチに来るんだよコーイチィ!! この小娘がどうなってもいいのかい!?」
カミーナはこれまでの余裕を感じさせる態度を突如として豹変させ、燃え上がる程の激情を露わにした。
顔は真っ赤に染まり、目を血走らせ、大量の唾を飛ばしながら俺達を恫喝する。
「私は商売人として最低限の筋は通そうとしたッッ!! 全てを丸く収めるチャンスをふいにしたのはソッチの方なんだよッッ!! この小娘がどうなってもいいってのかい!? 返してほしきゃあ!! 今すぐ!! 相応しい対価を!! 支払うんだねェッッッッ!!」
「じゃあお前からもキッチリ対価を取り立てないとなぁ。我が国から盗んだ情報……高くつくぞ」
どこかで聞いたことのある声が響くと同時に、謁見の間の天窓が砕け散る。
舞い落ちるガラス片がキラキラと輝く最中を、一人の影が落ちてくる。
「……白銀のミレイユ!!」
最初に叫んだのはアッシャーだった。
その言葉を合図に、床に敷かれた絨毯が突如として蛇のように蠢き、空中にいるミレイユを捕えようと殺到した。
「風纏流『巻き柳』」
技名を叫ぶと共にミレイユが剣を振るうと、操られた絨毯は瞬時にバラバラに引き裂かれた。
ミレイユは着地すると同時にアサギに向かって突進すると、彼女を昏倒させた。
「お許しを。貴女の能力は中々厄介ですので」
「ぐぅ……昨日から、こんなん……ばっか……」
気絶したアサギをトモエに向かって放り投げると、そこから流れるような動きでカミーナに切りかかる。
「ひっひひぃぃぃ~~~っっ」
カミーナが情けない悲鳴を上げる。
「ちっ……!!」
アッシャーは目前にいたミランダを突き飛ばし、カミーナとミレイユの間にかろうじて割って入った。
「ミランダッッッ!!」
俺は走った。
階段から転げ落ちるミランダをかろうじて受け止める。
「コ、コーイチィ……!! ごめんなさ……」
「泣くのも話も後だ!!」
玉座の脇ではミレイユとアッシャーのチャンバラが始まっている。
「ハッハァ! その若さにしてはまぁまぁの腕前だな!」
「あ、兄貴!」
「くっそ……! コイツは俺が何とかする! プースィはそっちの連中を始末しろ!!」
ミレイユもこちらを一瞥すると、ふっと頬を緩めた。
勝手に何とかしろということか?
俺はとりあえずミランダを抱えてトモエとソフィの所まで戻る。
「ミラちゃん……!! 良かった……!!」
「すまん、ミランダ……余がお主を惑わすような事を……」
「そういうのは後にしろって!」
「せやな……!! あちらさんも殺る気まんまんみたいやし……!!」
玉座の方を見ると、プースィが憎しみに満ちた目でこちらを見下ろしている。
「アタイ、本当は知術は大して得意じゃないし、好きでもないんだよねぇ。どうも小癪で、頭使う感じがさぁ。だからアンタらはぁ……」
プースィの頭上に巨大な水塊が出現する。
「全員無様に溺死させてやるよォッ!」
トモエから莫大な熱が放出される。
しかし、今にも飛び出しそうなトモエの腕を掴む者がいた。
「待つのじゃ。ここは余にやらせてもらえんか。余がきっちりと責任を取りたいのじゃ」
そう言って、ソフィが前に進み出る。
「トモエとコーイチは、ミランダとそこの女を頼む」
「だ、大丈夫なのか?」
「フン、大丈夫やって。そんじょそこらのイキリ不良娘にやられるようなタマやない」
俺の心配を他所に、トモエはソフィを信頼しているようだ。
「なんだい、一番弱っちそうなのが出てきたじゃん?」
「余の力量も読めぬようでは、貴様の術師としての実力もタカが知れておるのう」
「ほざけッッ!! 水術『擬似大海蛇』!!」
プースィの頭上の水塊から、胴の直径が人の背丈ほどもありそうな巨大な大蛇が生成され、ソフィに猛然と襲い掛かる。
「ソフィッッ!!」
俺は思わず叫ぶ。
ギフトを発動させるべきか迷いながらソフィの横顔を見ると──彼女は不敵に笑っていた。
◇◇◇
「ちっ……!!」
息つく間もなく繰り出される斬撃と刺突の嵐。
カミーナを守りながらでは……いや、そうでなくともついて行くのが精一杯の速度だ。
じわじわと押し込まれ、いつの間にか謁見の間の奥にある王の居室に移動していた。
だというのに──
「そらそらどうした! 私はようやく体が温まってきた所だぞ!」
相対する「白銀のミレイユ」は息一つ切らせていない。
ミレイユは円卓を除けば帝国で最も有名な騎士の一人だ。
コイツの乗る遺失船はアゲイド港に寄港する事も多い為、この街では特に有名だ。
最近、理由は不明だが副団長の任を解かれ、少人数で街に現れたという噂も聞いていたが……。
(まともに戦って勝てる相手じゃねぇよ!)
しかし、戦いの決着は剣術によってのみ決まるわけではない。
「しつっけーんだよッ! 火術『爆炎の顎』!!」
俺は瞬時に巨大な炎に包まれた剣を、袈裟懸けに振り下ろす。
猛烈な火柱が現出し、部屋中を熱波が襲う。
「やったの!?」
俺の背後で執務用デスクの下に隠れていたカミーナが声を上げる。
それにしても見事なフラグ立てだな。
火柱が収まると、数メートル離れた所に悠然と佇むミレイユが見えた。
「今はまだ春の終わり。暖炉に火を点けるのは早いんじゃないか?」
ミレイユの立ち姿には一切の乱れがない。
帝国士官の制服を身に纏い、鎧すら着けていない。
俺の攻撃では髪の毛一本焦がすことは出来なかったようだ。
「何やってんだい! かすり傷一つ無いじゃないか!」
デスクの影からカミーナの怒号が飛ぶ。
黙っててくれねぇかなぁメスブタめ。
相手が誰だか知らんワケじゃあるまい。
「やるねぇ。流石は帝国騎士」
「お前は私を知っているようだな。一介の帝国騎士に過ぎんのだが、変に名前が売れるとやりにくいものだなぁ『灰のアッシャー』殿?」
「チッ、俺を知ってンのか」
「当然だ。私は手を抜かない。戦う可能性のある相手なら、予め情報収集くらいはする。灰のアッシャー……妹のプースィと共に、ムンダリ連合の複数の町において、強盗、詐欺、殺人等複数の罪状で賞金首。それが何のつもりでカミーナの用心棒になったのか……」
「こっちにも色々あんだよ」
事ここに至って、俺は自分とプースィが助かる方法だけを考えていた。
カミーナに対する忠誠心などハナから持ち合わせていないのだ。
あっちのサンドバイパーの連中はミレイユに比べれば弱そうだったし、プースィがすぐにやられる事はないと思うが……何故かメルティナが来ていないのは僥倖だった。
ミレイユは任務に忠実で冷酷な女だが、清廉潔白な騎士道精神も持ち合わせていると聞く。
ヤツの目的はカミーナの処断だろうし、あのメスブタを見捨てて命乞いすれば、あるいは見逃してくれるかもしれない。
しかしこの状況で命乞いなどすれば、カミーナに背後から何をされるか分からない。
カミーナにも戦闘魔術の心得くらいはあるだろうし……。
所謂、板挟み状態だ。
結局生き残る為には、ミレイユをなんとかするしかないわけだ。
「貴様、噂によると『灰術』が使えるそうじゃないか? なんでも『灰のアッシャー』の『灰』とは、『灰術』の『灰』だと。是非とも見てみたいのだが?」
灰術……いずれにせよ俺の生き残る道はこれしかないだろう。
ミレイユが俺の「灰術」を警戒すれば、なんとかこの場から撤退する隙が作れるかもしれない。
「くくく……てめぇ、まさか俺が灰術を使えるってことが眉唾だと思ってんじゃないだろうなァ?」
俺は凶悪で不敵な笑みを作り、ミレイユを上目遣いで威圧した。
「まぁそれも仕方ねぇよな。何しろ『灰』は『限定属性』だ。素質を持っている人間がまずいない。
それを使いこなすとなればなおさらだ。今から俺がお前の未来の姿を特別に見せてやる。よぉ~く目ン玉かっぽじって見とけよ!!」
そう口上を述べると、俺は近くにあった革製のソファに手を置いた。
精神を集中すると、ソファはみるみる内に皺くちゃになっていった。すぐにボロボロと崩れ始めると、やがて原型を保てなくなり、幾つかのパーツに分かれながら完全に崩れ落ちた。
「くくく……これがありとあらゆる神羅万象を滅ぼしうる、究極の攻撃術、灰術だ! お前もこうして粉々になりたくなきゃ、今すぐ帰るんだな!!」
そうだ。恐怖しろ。
掴まれれば確実に滅びる死神の御手。
灰術は全ての術系統の中でも最も忌避されている術だ。
使い手が少ない理由は、もちろん素質を持つ者が少ないというのもあるが、たとえ素質を持っている事が判明しても、皆怖がって習得しようとしないのだ。
何しろ応用が利かず、いたずらに死と破壊を振り撒くだけなのだから。
賞金首である俺を捕まえようと向かってきた者は多くいたが、俺が灰術の使い手と知ると大抵の賞金稼ぎは尻尾を巻いて逃げ出した。
いつしか付いた二つ名が「灰のアッシャー」だ。
案の定ミレイユも、俯いて口元を隠し、肩を震わせている。
恐怖に声も出ないのだろう……と思いきや、その反応は予想外のものだった。
「くく……」
「ん?」
「くくく……ふふふふふ……」
まさか、この女?
「はーっはっはっはっはっはっは!!」
ミレイユは恐怖するどころか、顔を上げ、腹を抱えて笑い出したのだ。




