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コーイチの選択

「ミランダ! ミランダ~!」


 私は硬く冷たい石畳に全裸で横になっていた。

 あぁ、天窓から差し込む光から、さえずるように私を呼ぶ声が聞こえる。

 あれ? 私死んだ? お迎え?


「ミランダちゃん! 早く起きるッス! おぉ~い!」


 私はがばっと体を起こす。


「その喋り方! サイちゃん!?」

「そうッス! 探しに来たッスよ! 全く手間かけさせるッス!」


 私がサイファスと話していると、起きてきたアサギも顔を出した。


「なになに!? あの喋る雀、ミラたんのお友達!?」

「そう! 私が乗ってる船の大精霊様!」

「大精霊!? アレが!?」


 アサギは目を剥いて驚いている。なんと不敬な……。


「この姿は偵察の為の分体ッス! ……ところで、二人はなんで裸なんスか?」

「あー、それは話すと長く……もないカナ?」

「まぁその話は後で聞くとして、今は」


 話の途中で、雀の姿のサイファスが突然炎に包まれた。


「っっっ!? サイちゃん!? サイちゃん!?」


 呼びかけるがサイファスから応答は無い。

 代わりに答えたのは別の人物だった。


「こっちもそう何度も同じ手を食うかよ!」


 天窓からの光を遮ったのは、昨夜、私達二人を昏倒させて捕らえた男だった。


「炎術罠が発動したから来たんだが……? 侵入者は跡形も無く燃え尽きたのか? 精々生焼けで済む程度の火加減にしておいたはずだが……」


 あれはサイファスの分体だった。それならサイファスは大丈夫だ。

 というかそもそも大精霊があの程度の術で滅ぼされるはずがないのだが。

 どうあれサイファスが来たという事は、私がここに捕らわれている事は皆に伝わった。

 きっと皆は助けに来てくれる……。来てしまう。

 けれど……来てはいけない。

 来ればきっとコーイチが……!


◇◇◇


 俺の肩に乗ったままだった雀サイファスが身震いした。


「どうしたんだ? ミランダが見つかったのか?」

「見つかったッス。話したッス。が、罠にかかって分体がやられたッス」

「何? 大丈夫なのか?」

「それは大丈夫なんッスが……ミランダは何故だか見知らぬ女と一緒に全裸で牢に入れられていたッス……」


 その言葉に、ソフィが身を乗り出してサイファスを鷲掴みにする。


「全裸で牢に!? なぜそのような辱めを!?」

「く、苦しいッス!」


 サイファスがか細い声で呻く。


「アカンてソフィ! それにしても牢に入れられるやなんて、ミラちゃんは何をしでかしたんや?」

「いや……よく考えてみれば、あの狡猾なババアならさもありなん、じゃな」


 サイファスズメを離しながら、ソフィは呟いた。


「どういうことだ?」

「この街の治安維持を担っておるのはアゲイド市巡察隊の連中じゃ。通常、犯罪者は彼らの詰所の牢に入れられる。ミランダが何をしでかしたのかは知らぬが、あの者を巡察隊に引き渡さずに自らの屋敷の牢に入れておるんじゃから、何らかの目的に利用する気満々じゃろうが!」

「なるほどなぁ。流石ソフィは頭がええなぁ」

「当然じゃい! 余は王族じゃぞ! おぬしら平民とは受けてきた教育のレベルが違うんじゃ!」


 ソフィの話を聞いて、俺は考え込んだ。


 何らかの目的に利用する……。

 カミーナ市長は情報収集に長けているようだし、ミランダの素性も当然分かっているだろう。

 となると、ミランダを利用する目的は……


「十中八九お主じゃろうな……コーイチ。何しろあのババアは何百枚もの金貨をつぎ込んでお主を手に入れようとした。そこにミランダが転がり込んで来れば、これ幸いと自らの手札に加えるじゃろう……」

「そう、だよな」


 俺とソフィが唸っていると、トモエが声を上げた。


「市長がミラちゃんをどう利用するつもりか何てことは、この際ど~でもええねん! とにかく今大事なんは、如何にミラちゃんを助け出すかっちゅーことやろ?」

「いや、相手が何を考えているかを予測しておく事は重要じゃぞ? トモエのような脳筋は腕力で解決しようとするのじゃろうが、今回ばかりは交渉で何とかするしかない状況じゃろが!?」

「なんでやねん! 衛兵の百人や二百人、ウチがあっちゅーまにすり潰したる!」

「待て待てトモエ! お前はまた鬼族の評判を落とすつもりか!? 落ち着け!!」


 鬼族の評判、というフレーズで、トモエはビクリと肩を震わせた。


「せ、せやな……また頭に血が昇ってしもたわ……堪忍やで。せやけどホンマ、どないしてミラちゃんを自由にするんや?」

「……正直分からない。それでもまずは動かなければ何も始まらない……だろう。まずは対話してみて、相手の出方を見る他無い」


 方針が決まった所で(実際には何も決まっていないが)俺たちは立ち上がり、昨夜に続いて市長の屋敷に向かって歩を進めた。


◇◇◇


 市長は俺達が来る事は当然分かっていたようで、顔を確認されるとすぐに屋敷内に案内された。

 俺達が通された部屋は昨晩の巨大な食堂ではなく、さらに広い空間で──まるで映画で見た王様に謁見するための部屋のようだった。

 屋敷内の建物がどれも過剰な装飾に彩られていたのとは対照的に、この「謁見の間」の装飾はかなり上品で控え目だった。

 しかしその控え目な装飾が謁見の間の荘厳で静謐な雰囲気を見事に演出しているように思えた。

 床に一直線に敷かれた赤い絨毯の先の玉座に、目当ての人物は立っていた。


「ホ~ッホッホッホッホッホ!! まさか昨日の今日で早速お返事を頂けるとは思いませんでしたわ!」


 カミーナは巨大な玉座に手をかけ、スカートをはいた雪だるまのような立ち姿を披露している。

 玉座はコーイチ達がいる位置からは数段高い位置にあるため、見下ろされるような恰好だ。


「……ここには元々立派な砦があり、この玉座は砦に王がいらっしゃった際に使って頂くために設えられたものですの。殆どの建物は私のシュミにて建て替えさせて頂きましたが、ココを始めとして砦としての幾つかの施設はまだこの屋敷内に残っていますのよ?」


 砦の施設……例えば地下牢なんかも……か?


「……なるほど、今この地を治める君主はカミーナ市長だ。即ちその玉座の主も貴方だと?」

「ホ~~~~ッホッホッホッホッホッホッホッホ!!」


 何が面白いのか、市長は全身を震わせ、謁見の間全体に響き渡るような声で笑うと、急に真顔になった。


「……私もそこまで傲慢ではありませんわ。私などは所詮代官。地方の統治を任されただけの使いっ走りに過ぎませんわ」

「またご謙遜を……」

「フホッ! 謙遜などではありませんわ、事実ですから。しかしながら、この私はただの下っ端で終わるつもりはありません。豪商の娘たるもの、常に野心を持っていませんと♪ はて、それにしてもメルティナの姿が見えないようですが?」

「あー……彼女はちょっと所用で来られないそうです」


 俺は明後日の方向を見ながら苦笑いしつつ答えた。

 まさか二日酔いで寝てるとは言えんわなぁ……。


「所用……ですか。流石に彼女ならば我が家の節穴警備でも見逃すことは無いでしょう」


 あれ? 勘違いされてる?


「さて……状況は煮詰まっていると見ますわ? 後ろのツレの方々が金貨五百枚を受け取るか、はたまた命懸けの救出劇の対価をふいにするか……ご返答は如何に?」


 場に重い沈黙が流れる。

 天窓から降り注ぐ陽光を、鳥の影が横切る。


「申し訳ありませんが……僕は……サンドバイパーの皆と行きます。市長のお世話にはなりません」


 再び訪れる沈黙。


 俺が怯むことなくカミーナの大きな顔を見つめていると、彼女は頬を数回ひくつかせた後──


「ブッフ……ブッホホホ……ホーッホッホッホッホ!!」

 突然お腹を抱えて大笑いし始めた。


「ヒーッ、ヒーッ……状況が煮詰まっていると思い込んでいたのは……どうやらブフッ、私だけだったようですねェッ……ブッフッフッフフフフ……」


「何を笑っているんです!?」

 俺は不快に顔を歪め、苛立ちを隠そうともせず市長に詰問した。


「フッフフ……失礼」

 カミーナは瞬時に真顔に戻ると言葉を続けた。


「昨晩の会食以降、今朝にかけて我が家に起こった出来事……私の計画を看破した上でのそちらの差し金であると思っておりましたが……まさか全てがこちらの取り越し苦労で、コーイチ様は何も知らず、ただ昨晩の返事をしにいらしただけ……というわけでは御座いませんわよねぇ? だとするとコーイチ様は……」

 カミーナは一度言葉を切り、

「なかなか可愛げのあるお馬鹿さんでいらっしゃる♪」


 俺はカミーナを睨みつけ、無言の返事を返す。 

 しかしカミーナは俺の視線を全く意に介さない。


「逆にもし先ほど言ったように、昨日今日の顛末がそちらの差し金であり、こちらの持つ手札、今の状況を理解した上で私の申し出を断ったのなら……」


 カミーナは再び言葉を切る。


「とんだ愚か者ですわ」

 突き刺すような冷たい声で言い放つと、カミーナはパチンと指を鳴らした。


 俺達は息を飲んだ。


 大きな玉座の背後から四人の人物が現れたのだ。


 何やら苦しそうな表情をしたアサギ。その背後には昨晩の若い女性給仕が影のように寄り添って立っていた。


 そして、ミランダ。


 手首を縄で縛られ、悲痛な表情で俺達を見ている。

 首筋には両刃の剣がぴたりと当てられ、背後には昨晩の若い男性給仕が静かに立っている。


「ホホッ……最悪こうなる事くらい、分かっていたでしょうに?」

「コーイチ! 来ちゃダメだったのに!! なんで来たの!?」

「黙れ」


 ミランダの叫びをやめさせようと、背後に立つ男が声を出す。


「いいのです、アッシャー。話させておやりなさい」


「市長はコーイチを知術で操ろうとしていたの!! そこにいるアサギさんも操られていて、無理やり協力させられてるの!!」


 なるほどな……。アサギさんの背後に立つ女、彼女が知術使いなのだろう。

 昨晩、デザートを出す際に俺に知術をかけようとして失敗したのだ。


「フフッフ……今この場でそんな話をなさるという事は……やはり私の買い被りだったようですわね。このお嬢ちゃんがなぜ私の屋敷に侵入し、アサギ様を逃がそうとしたのかは分かりませんが……それもこのお嬢ちゃんの独断ということ?」


「そうです! 理由はどうあれ、彼女にはカミーナ市長を害するような意図は無かったのです! お願いです! 彼女を開放してあげてください!」


「害意は無かったとしても、私の屋敷に無断で侵入した事は罪になりますわ。とはいえ、コーイチ様もおっしゃったようにこの街の主は私。私が法。全ての罪人の処遇は私の裁量、私の胸三寸で決めることができますわ」


 カミーナの口角がみるみる上がっていく。

 自分が圧倒的優位に立って話を進めているこの状況が、楽しくて仕方がないといった様子だ。


「フーン、そうですわねぇ。私の要求する対価を支払って頂ければ、お嬢ちゃんをお返しすることもやぶさかではありませんわ」


「……その対価とは?」

 俺は唾をごくりと飲み込んだ。


「金貨五百枚。あるいはそれと同等の価値のあるもの……ですわ」


「……分かった」


 沈黙は一瞬だった。


 迷いは無い。


 当然こんな展開になることは分かっていた。

 俺がここで従わなければどんな事態になるか……。

 誰かが武力にうったえる展開になることは確実だろう。

 トモエが暴走すれば、俺に彼女を止める術はない。

 どんな結末を迎えるにせよ、その過程で多くの人々が傷付く結果になる事は目に見えている。

 俺がカミーナの元に行くのが一番穏便な解決法なのだ。


 しかしそんな決意を固めた俺の肩に、トモエの爪がきつく食い込んだ。


「コーイチ! ふざけた事言うたらアカンで! アンタがおらんようになったら、ここでミラちゃんを取り戻したとしても意味があらへん!」


 俺は振り向いてトモエの手を払った。


「意味が無いわけがないだろう。ソフィの言う通りさ。俺がいなくなっても、お前たちは以前の生活に戻るだけの事」

「昔通りに戻れるワケ無いやんか! ウチらに好き勝手希望持たしといて、最後まで面倒見んと捨てる気か!? 責任取りや! ジブンかてプロデューサーやるんが生き甲斐なんやないんか!」

「じゃあ俺が消える以外に何か方法があるのか!?」


 わずかな沈黙の後、


「いや……消えるべきは余じゃ。」


 俺の問いに答えたのは、トモエではなくソフィだった。


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