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ミランダ探せ

「それにしても──」

 プースィが近付いて来る。

 身じろぎ一つしない私の前に立つと、

「誰だよコイツ? アサギが来て一ヶ月、今更連れが探しに来たってワケでもなさそーだし。たまたま忍び込んだコソ泥が見ず知らずの全裸女を助けるかフツー?」

 プースィは私の顎を乱暴に掴み、しげしげと眺める。

「ま、いっか誰でも。アタイほどじゃないけど顔もまーまーだし、暫く使用人どものオモチャにした後に奴隷商人に売っ払っちゃお~」


 私の心臓が大きくどくんと脈打った。


 一気に頭に血が昇った私は、思い切りプースィの頬をビンタした。


「私はアイドルだ! コーイチがプロデュースする世界初のアイドルになるんだ! アイドルは自分を安売りしたりしない! もう二度と性奴なんかにはならないんだから!」


 プースィは頬を押さえながら、驚愕の表情で私を見つめた。


「アンタ……なんで動けるのさ……!?」


「ああ、今なら私も動けるけどねぇ!」


 プースィがショックを受けた事によって知術が解けたらしく、アサギが即座にギフトを発動する。


「ちっ!! うごがぐむっ……~~!!」

 アサギは再び知術を使われるより早く、服の布地を操ってプースィの口と目を塞ぎ、手足を縛る。

 周囲から突進してくる衛兵達も同様に、即座に簀巻きにされてしまった。


「全く、ミラたんには助けられてばかりだね! まさか知術をレジスト出来るって!」

「いや、そういうワケじゃないんですけど……」


 私は何もしていない。

 ただ知術が効かなかった。

 理由は分からないが、自分が術不能者である事が関係しているのかもしれない。


「何はともあれさっさとズラかろうぜぇ!」

 アサギは何故か三下口調で楽しそうだ。


 しかしやはり、事はそう上手くは運ばない。


「我が妹ながら、毎度毎度ツメの甘さだけは一級品なんだよなぁ」


 建物の影から男の声。プースィと会話していた男だ。


 男は影の中から矢のように飛び出すと、

「ぐっ……へぇ……」

 能力を使われるより早くアサギを昏倒させた。

 そんな手練れに私が抵抗出来るハズもなく、アサギに続いて私の意識も一瞬の後に刈り取られる事となった。


 あぁ……コーイチ。迷惑かけて、ごめんな、さい……。


◇◇◇


「コーイチ! おいコーイチ!」


 水底から浮かび上がるように、視界がふわりと明るくなる。


「うう……あぁ……?」

 頭痛で眉間に皺を寄せながら顔を上げると、トモエが何やら切迫した表情で俺の顔を覗き込んでいた。


「あぁ~、トモエか……どうしたんだ……?」

「惚けとる場合ちゃうがな! ていうかなんで床で寝てんねん! コーイチも二日酔いか!」

 ああ、どおりで体のあちこちが痛いわけだ。


「あぁ、そないな話しに来たんちゃうねん! 大変やコーイチ! ミラちゃんがいなくなってしもたんや!」

「……は?」


 数分後、ブリッジに集合したのは、俺、トモエ、ソフィ、サイファスの四人だった。

「あれ、メルティナさんとトーニャさんは?」


 トモエはかぶりを振った。


「あの二人はどんだけドア叩いても起きひん。一体どんだけ飲んだんや……これやからドワーフちゅうんは……」

「明け方近くまで飲んでたみたいッスから、あの二人は昼まで起きてこないッスよ! あの二人が酒飲むと大体こうなるッス!」

「なるほどね……じゃあ取り敢えず俺達だけで探す事になるわけか……」

「船内にいないのは確実ッス! 船内にいれば私がすぐに分かるッスから」

「うーん、誰か行先に心当たりのある人は?」


 皆に訊ねつつ、自分も顎に手を当てて考える。

 そういえば昨日、夢にミランダが出たような……? いや、未来だったか?

 俺は頭を振って自分の頬をパンパン! と叩いた。

 俺も飲みすぎた……どうにも昨夜の記憶がはっきりしない。

 一体ミランダはどこに行ったのか……?


「……実はただ一人で買い物に行ってるだけで、そのうち帰ってくるとかいう事は無い?」

「いや、船から出る時は必ず誰かに声をかけるよう決めとるしやな……ましてやミラはあまり自分の身を守れんさかい、一人で外出することはないんや……」


 うーむ……楽観的過ぎたようだ。


 皆が無言で頭を悩ませていると、

「よ、よ、よよ、よ……」

 ソフィが声を震えさせながら突然呟いた。

「よよ?」

「どないしたソフィ?」

 様子がおかしいソフィの顔を覗き込むと、その顔色は真っ青だった。

「よ……余のせいじゃ……余が昨夜、アイツに余計な事を言ったから……」

 ソフィはか細い声で、昨夜のミランダとの会話について話し始めた。


「な……なんやその話……ホンマなんかコーイチ……」

 ソフィの話を聞いて、トモエが暗い声で俺を問いただす。


「メルティナがカミーナ市長に金貨五百枚で依頼を受けたのは本当だ。昨日の食事会はその話をするためのものだった。……だけど断るつもりだよ。俺は君達のプロデューサーだぞ? 離れ離れになっちゃあ仕事ができないだろ?」

 俺は出来るだけ穏やかに、諭すようにトモエに話す。


「やはりそうじゃったか……」

 話を聞いたソフィがヘナヘナと床にへたり込む。


「ま、君達が金貨五百枚の方が良いと言うのなら、今からでも市長の屋敷にお世話になるけど……」

「そ、そないなわけあれへんよ! ホンマに胸を撫で下ろしたトコや! まぁそない大事な事隠しとったメルティナはんとトーニャはんは、後で強化デコピンの刑やけどな!」


 ヤバイ。頭吹き飛びそう。


「それにしても、ソフィはなんで知っとったんや?」

「た、たまたま立ち聞きして……」

「たまたま立ち聞きぃ? ホンマかぁ?」


 青い顔で目を逸らすソフィを、トモエが問い詰める。


「は、話し声が聞こえてきたから、ちょっと風術で盗み聞きし、した……のじゃ」

 風術、そんな事もできるのか……。

「……まぁそれも強化デコピンの刑相当やな……そして話の内容からすると、ミランダが向かった先は……」

「カミーナ市長の屋敷……ッスね」

 しばらく黙って話を聞いていたサイファスが、ぼそりと呟いた。


 一時間後、俺たちは身支度を整え、大急ぎで再びカミーナ市長の屋敷へとやってきた。


「昨日の今日だが……なんだか警備が厳重になっているような……?」

 俺たちは屋敷の門が見える位置の物陰に潜み、様子を伺った。

「ま、こういう時は私に任せるッス! 船から離れると大きな分体は作れないッスけど、偵察するだけなら問題無いッスから!」


 鳩ほどの大きさで俺の肩に止まっていたサイファスは、二羽の雀に分裂した。


「分体ってのは複数作れるのか!?」

「ムッフッフ~! 大精霊をナメないでほしいッス! この程度余裕ッス! ホラホラもっと信仰するッス!」

 雀の姿なのにドヤ顔しているように見えるのは、俺の妄想だろうか?

「さっすがサイファス様やん! 頼りになるぅ! 帰ったら扉の前に賽銭箱でも作ろか?」

 雀サイファスの片方は俺の肩にそよ風を残して飛び立つと、空からあっさりと敷地内に侵入した。

「まずは私がこの屋敷の中でミランダを探してみるッス!」


「全く、人間の世界にいると刺激的な体験ばかりッスねぇ~」


 一柱の大精霊でいた頃は、何物にも束縛されず、定形も持たず、私は「意志持つ力」そのものであった。

 人々の温かな信仰を受け、強大な力を行使する事もできた。

 悠久の時の流れに身を任せ、一日の区別はおろか、一年も百年も、刹那も那由他も変わらない感覚の中に身を置いていた。


「あの頃は、まさか自分が雀なんぞに化けて人間の住む建物を探索する事になるなんて思ってもみなかったッス」


 屋敷の外周や敷地内には術力を感知する多数の結界が張り巡らされていたが、普通の人間の十分の一程度にまで術力を抑えたこの分体には反応しない。

 敷地内の庭木に止まると、私は意識をミランダの魂に集中する。

 屋敷内に多数いる人間の魂の中から、彼女の魂を感じ取るのだ。


「ミランダは術不能者という話ッスけど……私に言わせれば不思議な話ッス。彼女の魂は、むしろ普通の人間よりも遥かに大きな容量を持っているッス。そこに何かがあるのは確実なんッスけど……中身がよく見えないんスよねぇ……なぜか」

 しかし今の状況では中身が何であれ関係無い。

 ミランダは普通の人間と比べて特徴的な魂を持っているという事が重要なのだ。

 特徴的だということは、探しやすいという事。

「ビンゴッス……! やっぱこの中にいるッスね! 位置までは分からないッスけど……」

 次に私は、周囲の空気の振動を感じる事に集中する。

 風の音、木々の葉や草花の擦れ合う音などの雑音から、人の話し声だけを聞き分ける。

 ソフィが他人の話を盗み聞きするのに使った風術は、私のこの力を再現したものだ。


「あー、何か腹痛ぇなぁ」

「俺も! 今朝のあの店のサバサンド、ちょっと生焼けじゃなかったか?」


 青魚はよほど新鮮でなければちゃんと火を通したいところッスねぇ。


「今朝のバ……カミーナ様、何だか上機嫌じゃなかった?」

「昨日の夜、お客様が帰った後はそれはもう荒れてて、私達の仕事にまで何かと難癖付けてくるもんだから、危うく殴りそうになったわよ!」

「よく我慢したね~」

「もうクビは嫌だからね、親も心配するし」


 偉いッス。

 大人は時には我慢することも必要ッス。


「はぁ~、何だか今日洗濯物多くない? 水術が得意な人なんてたくさんいるんだから、人数増やして欲しいわ~」

「ねぇねぇコレ見てよ! 不思議じゃない?」

「へぇ? 何が?」

「ホラこれ! この服全然縫い目が無いんだよ! どうやって作ってるんだろ!?」


 どうやらこの屋敷の洗濯係の会話らしい。

 役に立たなそうなので盗み聞きをやめようとしたその時だった。


「もしかして、例の全裸で地下室に捕まってるって人の服?」

「しーっ! 口止めされてるんだから! 一応洗濯しておけって言われたの」

「どうやって作ったのか、本人に聞いてみればいいんじゃないの? アンタ近々ここ辞めて仕立て屋やるんでしょ?」

「聞きたいけど、無理に決まってるじゃん! あの地下牢はプースィさんしか近付けない事になってるんだよ」

「あー、実はあの地下牢の天窓、庭の草むらに繋がってるんだよ。そこから話しかけたらいいよ。深夜ならバレないかも」

「そうなんだ!? あーでも、めっちゃ凶暴だから絶対近付くなってメイド長に脅されたんだぁ」

「えー、凶暴ったって、服からしたら女の人だし、大きさだってアタシらと変わんないよ? あの人は何でも言うことが極端なんだから、大したこと無いよどうせ」

「そうかなぁ。じゃあ今度聞きに行ってみようかなぁ」

「何か差し入れでも持っていったら教えてくれるかもね」


 盗み聞きを止めなくて良かった!

 私はかしましい女の子達に感謝しながら、屋敷の空に舞い上がった。

 上空を旋回しつつ、女の子達の話にあった天窓を探す。

 程無く、草むらの中にそれらしき鉄格子を発見した。


 私は鉄格子の上に降りると、その下の暗闇に向かって声をかけた。

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