直談判
ミランダ視点が続きます。
私はベッドで眠るコーイチの上に跨がった。
真っ暗な部屋はかなり酒臭かったが、私には心地よかった。
二番目の主人は私を嬲る時、必ず大量の酒を飲んでいたものだ。
「うぅ~ん……んー……誰だ……? 未来……?」
私はコーイチの上半身に指を這わせた。
「なんだ、くすぐったいぞ……」
コーイチは目を瞑ったままニヤリと微笑んだ。
私は服を脱ぎ、上半身裸になった。
そのまま体を預けるようにコーイチの上に折り重なり、呟いた。
「私を抱いて下さい……コーイチ」
すると突然コーイチががばっと起き上がった。
「つっ……あっ……頭痛い……」
コーイチは険しい顔でこめかみを押さえながら言葉を続けた。
「未来……それは駄目だと教えただろう……? アイドルは自分を安売りしない。どうしたんだ? 弱ってるのか? 悩みがあるのか……?」
コーイチに拒絶されて、私の頭は真っ白、あるいは真っ黒になった。
制御できない感情の波が込み上げて、どうにもならない。
両目から湧水のように涙が溢れ出す。
「だって……私が上手に出来る事なんてコレしかなくて……っ、歌もダンスも仕事も何にも、出来なくて……」
「そんなこと無いだろ……頑張って上達してるじゃないか……」
「コーイチは……元の世界に帰るの……?」
「あぁ……きっといつか必ず帰るさ……皆が心配なんだ……守りたいんだ……ん? 元の世界?」
私はコーイチを突き飛ばした。
ベッドから飛び降り、扉に向かう。
「待……て、ミランダ……!」
背後から呼ぶ声を無視して、私は廊下に飛び出す。
コーイチは帰りたい。
でも、帰すわけにはいかない。
帰したくない。
たとえ拒絶されても、もう「主人」を失いたくない。
私は一人船を抜け出し、夜闇に沈むアゲイドの街に向かって駆け出した。
◇◇◇
「ふわ~……すっごい大きい……」
大きな屋敷が立ち並ぶ地域で、ひときわ巨大で豪奢な建物が、真夜中の暗闇にそびえている。
もちろん私はこのお屋敷に来たことなどないが、丘の上にある一番スゴイ屋敷が市長の家だとトモエちゃんに教えてもらった事があったので、迷うことは無かった。
こうなったら、コーイチを求めているカミーナ市長を説得するしかない。
コーイチが帰りたがっても、カミーナの方から話を無かったことにしてもらえれば諦めるだろう。
そう考えた私はカミーナに直談判をしようと思い立ち、深夜にも拘らず即座に船を抜け出してここまで来てしまった。
カミーナはコーイチの身柄に金貨五千枚もの価値があると考えている。
私にはコーイチの代わりに彼女に差し出せるものなど何も無いが、私にとってのコーイチは金貨五千枚にも代えられない存在なのだ。
コーイチの気持ちを一切考慮していない自分勝手な結論だけど……。
何もせず指をくわえて待っているわけにはいかなかった。
とにかく当たって砕けろだ。
とはいえ、こんな時間に来ても門前払いされるのが関の山だろう。
……いや、こんな時間でなくとも、私のような小娘にカミーナが会ってくれるとは思えない。
物陰から屋敷の門の様子を伺うと、こんな真夜中だというのに三人もの守衛が就いている。
裏門があったとしても、この調子ではそちらにも守衛がいるだろう。
となると……屋敷内に入るには、周囲をぐるりと囲む高い壁を乗り越えるのが手っ取り早い。
「ふっふっふ……こんな事もあろうかと~……ってね……」
私は懐からカギ爪付きロープを取り出した。
トーニャはこういった備品の製作も行っている。
様々な仕事に対応するために色々作っていると本人は言っていたが……他の船員は全員、彼女の趣味だと思っている。
人気の無い暗がりからカギ爪を塀の上に放り投げ、上手く引っかかった事を確認するとロープを使って素早くよじ登り、敷地内に静かに飛び降りた。
術は使えないけど、身のこなしには少しだけ自信があるのだ。
飛び降りた先は美しく整備された庭園だった。
敷地内にも少ないながら巡回する兵士がいたが、植木の影に隠れることで上手くやり過ごす事ができた。
それにしても──
「広い上に建物が多い……」
この時間ならもうカミーナは寝ているかもしれないが、一体どの建物にいるのか。
暗くうずくまる沢山の建物は、それぞれが夜闇に溶け合って、数も大きさも判然としない。
「うーん、どうすればいいんだろ。その辺の人に聞くわけにもいかないし……」
私は取り敢えず明かりの点いている建物に近付いてみる事にした。
明かりが点いているなら人がいるという事だし、室内の様子を見たり話し声を聞いたりすれば、カミーナのいる場所のヒントも分かるかもしれない。
早速手近にあった建物の明かりが灯った一階の部屋に抜き足で近付いてみる。
息を殺して明かりの漏れる窓の下まで近づく。
窓が開いていたお陰で室内の話し声が聞こえた。
「はぁ~……面倒な事になったな、プースィ。なんでだ?」
「んなの分かんないよッ! 『知術避け』も無しにアタイの術をあんな完璧にレジストされた事なんて無いんだかんね!? ましてや吹っ飛ばされるとか初めてだから!」
若い男女の声がする……。この屋敷の使用人だろうか?
「ヒステリックに叫ぶんじゃねぇよ! 頭に響く! ……まぁ流石に俺もアレには驚いた。異邦人には知術が効きにくいのかとも思ったけど、アサギには効くしなぁ」
「アイツに術をかけた瞬間、なんつーかこう、バチーンッって弾かれたんだよ! 壁みたいなのが出来て!」
「やっぱ何かしらアイツに特殊な能力があるってことだな。ギフトとかいう力かなやっぱ。つーかそもそもなんでカミーナはあんなヤツにご執心なんだ?」
何の話をしているんだろう……ギフトといえば、コーイチ達異邦人だけが持っていると言われる力だ。
「アタイが知るもんか!」
「確か、あの男がいれば何者にも侵されない楽園の主になれるとか、そんな予言があったらしいが」
「どうでもいいよ! アイツ予言なんて信じてんの!? ハァ~……もう! とにかくめんどくさいのはカミーナのババアだよ!!『ワタクシの完璧な計画がご破算デスワッ!! どう責任を取られるおつもり!?』とか言ってデカくて香水臭い顔近づけて来んだよ!? も~あいつこそアタイの術で操っちゃおうよ! アニキの術でババアの知術避けぶっ壊してさぁ」
アニキ? この二人兄弟なのかな?
「馬鹿! すぐバレるっての! 市長に知術をかけるなんざ、みみっちい詐欺や盗みとは違うんだ! 捕まりゃ即、死罪だぞ! ここに雇ってもらえたからようやくマトモな暮らしが出来てんだろうが! 木っ端商人騙して脅して日銭稼いじゃ兵隊に追いかけられる生活に戻りたいのか?」
「うっぐ……わ、悪かったよアニキ」
「分かりゃいいんだよ。ま、俺たちの力をカミーナにもう一度認めさせるためにも、あのコーイチってヤツをこっちに引き入れる方法をなんとか考えねぇとな」
心臓がドクンと大きく跳ねた。
急に聞き覚えのある名前が聞こえたからだ。
「コ……コーイチ……!?」
思わず小声で呟いてしまったその瞬間。
「誰だ!?」
若い男の方が窓から顔を突き出しながら叫んだ。




