あの日の記憶
ミランダに案内されたのは、四畳半ほどの広さで家具といえば作りつけられたベッドと小さなデスクだけというシンプルな船室だった。
壁に開いた丸窓からはどこまでも続く海と空が見えている。部屋の隅には伝声管もある。
俺はベッドにごろりと横になった。
一人きりになって気が抜けたのか、頭も体も縛り付けられたように重い。
俺はこれからどうすればいいのか。プロデューサーというアイデンティティを失った俺に、果たして価値があるのか。この世界で何か新しい自分の価値を見つける事ができるのか……。
分からない。考えても答えは出ない。
「身の振り方か……うーーーーーーん」
俺はぐしゃぐしゃと髪の毛を掻きむしった。
「分からん!! 考えても分からん事はとりあえず考えない!」
この異常な状況に流石の俺もちょっぴり弱気になってしまったが、元来俺はどちらかというとポジティブな性格なのだ。
「まぁなんだ。考えようによっちゃ不幸中の幸いだらけだよなぁ今の状況は」
高度何メートルだったのかは分からないが、空のど真ん中に放り出されてだ。その状況から怪我一つなく救出され、さらに救出してくれた船に乗っていた船員達は美少女だらけと来たもんだ。その上親切。
ここが謎の異世界じゃなきゃ片っ端からウチの事務所にスカウトしてるところだ。
それにしても、宝嵐だの角娘だの術だの……この世界は一体どうなってるんだ。
俺も学生時代にはオタクだったクチだ。今でも話題作くらいはチェックしているが、この世界は本当にそれらの作品に出てくるようなファンタジー世界なのだろうか?
「取り敢えずは港町とやらに着いてからだな。そこでこの世界の雰囲気がもう少し分かるだろう……。とにかく材料が少なすぎて何かを決断できる状況じゃ、ない……」
思考を打ち切って目を瞑った俺を睡魔が襲った。
心身共に疲労困憊だった俺は、吸い込まれるように眠りに落ちた。
◇◇◇
俺は世界の片隅の、ある発展途上国の街角にいた。
……いや、世界の片隅という表現はおかしいかな。
世界は、いや地球は球体なのだから、地球上のどんな場所も中心であり片隅なのだ。
そしてそこに住まう人々にとってはいつだって自分たちのいる場所が世界の全てなのだ。
今は世界中が鉄道や飛行機等の交通網で繋がれている時代だが、別世界へのチケットを誰しもが手に入れられるはずもない。
依然として貧しい人々は自分の生まれた土地で必死に生きぬいていく他ないのが世界の現状だった。
空は青く、埃っぽい風が街路を吹き抜けていく。
ここは、そうだ……覚えている。
忘れられる筈も無い。
俺の人生が変わった瞬間。
その記憶。
ここはこの国で発生した内戦の激戦地だった。
内戦が終結して一年、街に住んでいた多くの人々が戻っては来たが、戦火の爪痕は未だに生々しかった。
再建され人々の生活が戻って来た区画もあるが、ほんの数ブロックも歩けば瓦礫の山だ。
俺はそんな街角で、ある少女達に出会った。
少女達は型落ちのデジタルオーディオプレイヤーから流れる曲に合わせてダンスをしていた。
流れていた曲は意外なものだった。
ここ何年も耳にしていない、俺のもう一つの母国語。
日本語の歌だ。
俺は、生まれは合衆国だが両親が日本人なのだ。
「君たちは、どうしてその曲を?」
気付いたら話しかけていた。
すると少女達の内の一人がやや警戒しながらも答えてくれた。
「インターネットで見つけたの。聞くととっても元気が出るわ。私たちもいつかあんなキラキラした衣装を着てみたい」
少女は眩しい笑顔で話してくれた。
きっとその笑顔はどんな衣装よりもキラキラ輝いていたことだろう。
俺は感銘を受けた。
そして同時に絶望した。
俺が。
俺のしてきた事は。
果たして彼女のような笑顔を引き出すことができたのだろうか?
何万キロも離れた場所にいるアイドルがこの子たちに希望を与えている。
同じことを目的としてきた俺のやり方は――。
◇◇◇
「ッッッ……!!」
俺は勢いよく上半身を起こした。
未だ鮮烈なあの日の記憶。
あの少女達との出会いがきっかけで、俺はこの仕事を志したのだ。
残念ながら、しばらく休業する事にはなりそうだが……。
まとまらない思考を追い出してぼんやりと丸窓の外を見つめていると、窓の正面に突然巨大な何かが出現し、外が見えなくなってしまった。
「……なんだこりゃ?」
俺が外の様子に気付いたのと同時に、部屋の扉が荒々しくノックされ、返事を聞く間も惜しいという様子でミランダが飛び込んできた。
「たたた大変だよコーイチ!! 帝国国境空挺騎士団が乗り込んできたよ!!」