コーイチ救出の真実
俺は喜びの余り、思わずアサギに駆け寄って手を握った。
「おっ……いや、僕は関谷幸一といいます! この世界に来て初めて自分以外の異邦人に会えた……!! これからよろしくお願いします!」
アサギは急に手を握られてびくっと体を震わせた。
俺がこの世界に来てもうしばらく経つ。
来た当初はもちろん死ぬほど混乱したし、ラインの乙女達の事が心配で、悩みに悩んだ。
睡眠もろくに取れなかったし、先の事を考えて常に真っ暗な気持ちになっていた。
しかしミランダ達の歌を聞いて。
船員の皆と仲良くなって。
この世界に段々と馴染んでいって。
色々なモノを吹っ切って、この世界で生きていく覚悟が出来つつあると、自分では思っていたのだ。
だけどそれはあくまで「吹っ切った」だけ、あるいは「置き去りにした」だけだったのだ。
目の前に元いた世界の人間が現れただけで、この世界に来たばかりの頃の葛藤や戸惑いはいとも容易く今の俺に追いすがってくる。
「よ、よろしくお願いします。……あれ? コーイチさんも、カミーナ様にお世話になるんですね?」
「えっ!? いや、そういうわけではないんですが……」
アサギは首をかしげて、
「そうなのですか。よろしくお願いされましたから、私はてっきり……」
「ホホホッ!! そうなのですよアサギ様! 是非アサギ様の口から、この屋敷に留まる事がどれだけ良いかをお話してさしあげて下さいな! ホホホホホッ」
自信たっぷりなカミーナの高笑いを受けて、アサギはこの屋敷の良いところを話し始める。
そのどれもがありふれた話であったが、同じ異邦人であるアサギと一緒にいられる事が
やはり最大のメリットであるようだ。
「あ、あの、色々質問があるんですが、よろしいですか?」
「はい? なんでしょう?」
「アサギさんはその、どういった経緯でこちらに?」
アサギは一瞬考えて、それから口を開いた。
「私はこの世界に来て右も左も分からず途方に暮れていたところ……」
あ、しまった。
俺が聞きたかったのは、この屋敷に来た経緯ではなく、この世界に来た経緯だったのだ。
俺はかなり特殊な状況下でこの世界に転移した。
アサギはどういう状況でこちらに来たのかが知りたかったのだが──。
アサギが次に口にした言葉は、そんな疑問を吹き飛ばすような内容だった。
「カミーナ様が異邦人を元の世界に送還する術の研究をされているという噂を聞いて、こちらのお屋敷を訪ねたのです」
「……え?」
俺がアサギに聞き返した途端、
「ホホホホホッ!! それ以上は別料金ですわコーイチ様! ありがとうございましたアサギ様!」
「それではご機嫌よう、コーイチさん」
「あっ」
アサギは給仕の少女に促されて、足早に去ってしまった。
俺が喜びと衝撃の余り初対面の女性の手をいきなり握ってしまったのと比べると、なんとも淡泊なことだ。
「今のお話は本当ですか? カミーナ市長?」
立ち去ったアサギを放心状態で見送っていた俺に代わって、メルティナがカミーナに確認する。
「ホッホホホホ!! もちろん本当ですわよ? まだ完成には時間がかかるでしょうが、ウチのお抱え術士に日夜研究させていますわ!」
なるほど、まだ完成に近いわけではないのか……。
「我が家に来ていただければ、何不自由ない暮らしが出来、同じ異邦人のお友達もできる上、いずれは元の世界に戻れるのですよ?」
カミーナがニヤニヤとした笑みをこぼしながら俺の顔を覗き込んでくる。
俺は力無く椅子に腰を下ろした。
それでも。
「それでも……僕は一度プロデュースすると……アイドルを共に目指そうと約束した女の子たちを裏切ることは、できません」
俺の言葉を聞くと、カミーナは顔に張り付いていたニヤニヤを消して、ふぅと一つ息を吐いた。
「お話には聞いておりますわ。何やらサンドバイパー号の娘達と吟遊詩人の真似事をしようとなさっているとか」
「吟遊詩人とはまた違うものですが……」
「ですが……コーイチ様が我が家にいらっしゃる方が彼女たちも幸せになれるかもしれないとしたら……?」
「……どういうことです?」
カミーナは背もたれに体重を預けてふんぞり返るような姿勢になった。
彼女の体重に、椅子がギシリと悲鳴を上げる。
「……最初からお話しましょう。そもそもコーイチ様がサンドバイパー号に助けられたのは、私がそのように依頼したからなのです」
「……え? ……サンドバイパー号は偶然近くを通りかかったとかじゃ……」
言いながら俺がメルティナの方を見ると、メルティナは伏し目がちに小さく頷いた。
「私は帝国内部に情報提供者を飼っておりますの。彼らのもたらす情報から、あの日あの時間あの場所にコーイチ様がおいでになるという事が分かり、大金を支払ってメルティナに迎えに行ってもらったのですわ。……前金で金貨百枚。そして……コーイチ様を我が家にお迎え出来た段階で、成功報酬の金貨五百枚」
俺は目を剥いた。
メルティナはずっと俯いたままだ。
ここしばらく市場を見て回った事によって、この国の貨幣価値も分かってきた。
この国には、下は小鉄貨から上は金貨まで六種類の貨幣が存在するが、金貨の一枚は感覚的にはおよそ五万円くらいの価値があるようだった。
つまり金貨五百枚は約五千万円に相当するわけだ。
「遺失船は個人が所有するには金食い虫に過ぎますわ。メンテナンス費に燃料の霊晶石代が主ですわね。その上大して役にも立たない小娘が三人……。船長であるメルティナにかかるプレッシャーはいかばかりか……容易に想像がつきますわね。それでも成功報酬があれば、しばらくお金に困る事は無いはずですわ」
俺は言葉が出なかった。
サンドバイパー号の維持費、生活費……。
お金が無いというのは察していたが、それでも大方はメルティナに任せきり。
俺は自分の事、自分のプロデューサー業の事ばかり考えて、足元が全く見えていなかった。
「ホホホ、状況はお分かりになりましたか、コーイチ様? さて、そろそろデザートの時間ですわね!」
カミーナの言葉を待っていたように、再び若い男女の給仕がデザートを運んできた。
給仕の少女はまずメルティナの前にミルフィーユに似た小さなケーキを置き、次に俺の前にも同じようにケーキを置いた、その瞬間だった。
まるで背骨を冷たい手で直接撫でまわされるような、とてつもない悪寒が俺を襲った。
全身の「防衛本能」のようなものが全て一瞬で「ON」になり、身体能力強化とギフト能力が無意識に発動。
俺は椅子を吹き飛ばしてその場から飛び退いた。
隣に座っていたメルティナも衝撃で椅子から落ち、目を丸くして俺の方を見ている。
一番近くにいた少女の給仕は、食堂の壁まで吹き飛ばされて呻いている。
「プースィ!!」
もう一人の給仕の少年が、少女の名前と思しき単語を叫びながら倒れた少女に飛びついた。
「どっ……どどどうしたんですのっ!? その娘が何か粗相でも!?」
「す、すみません、自分でも何が起きたのか分からなくって……ただ、急に物凄い悪寒がしたと思ったら、反射的に体が動いたといいますか……」
本当に分からない。
未だ身体能力強化とギフト能力は発動したままだが、落ち着きは取り戻しつつある。
俺はあの瞬間、何かされたのだろうか?
「い、いいですわ、お気になさらず。コーイチ様も衝撃的なお話を沢山聞かされて、さぞ混乱なさったでしょう。今日はお開きにして、後日答えをお聞かせ願いますわ」
「わ、かりました……」
俺とメルティナはカミーナと沢山の使用人に盛大に見送られ、屋敷を後にした。




