カミーナと新たな異邦人
門の脇には二人の衛兵。
そして門から屋敷の玄関に続く道の両脇には、ズラリと使用人達が並んでいた。
「す、凄い出迎えですね」
俺が思わずそう呟くと、
「ホホッ!! 当然ですわ! 貴方様はどの国にいらっしゃっても国賓としてもてなされるお方! 本来ならこれでも全ッッッ然足りないくらい! ですが貴方様はご自分の正体を隠しておきたいとのお話でしたので、あまり派手にならないよう配慮させていただきましたわ~! ホホホッ!」
「そ、それは格別のご配慮を頂き恐縮です……私は関谷幸一と申します。今夜はお招き頂きありがとうございます」
やばい。
何とか言葉は出てきたけど……この市長、カミーナ。
かなり苦手かもしれない。
「ホホホッ! とんでもないですわぁ~!」
「カンビナーデ市長。お招きいただきありがとうございます。先日の地竜の件では良くしていただき、ありがとうございました」
「いいのよぉ~? 私とメルティナ船長の仲じゃありませんかぁ~! コーイチさん、この人ったらいくら『カミーナと呼んで』と言っても、頑なにカンビナーデ市長って言い続けるんですよ!? どう思います~?」
「いや~、どうなんでしょうか、あはは……」
俺とメルティナはカミーナに圧倒され、会ったばかりなのに冷や汗を掻き始めていた。
カミーナ・カンビナーデ市長は、四十代から五十代くらいの中年女性だった。
なかなかにふくよかな体格で、パンパンに膨れた顔には目尻とほうれい線の他に目立つ皺は少ない。
種族は俺と同じノーマルな人族……この世界ではヒエム族と言うのだったか。
メルティナよりも遥かに豪奢なドレスを着ていて、まるで求愛中の雄クジャクのようだ。
「それでは参りましょうか! ホ~ッホッホッホ!!」
カミーナは巨大なお尻を震わせながら屋敷へと続く道を練り歩き始めた。
俺たちもそれに続く。
「なかなか強烈な人物ですね」
俺はメルティナに耳打ちした。
「私も苦手なのよ……ホント」
屋敷のインテリアも、とにかく派手好きなのであろうカミーナの趣味が存分に反映されていた。
とにかく何から何まで、柱や扉、天井に床にシャンデリア──全てが細かな装飾や精緻な絵画に覆いつくされていて、まるでベルサイユ宮殿にでも迷い込んだかのようだ。
「これは……凄いお屋敷ですねぇ」
俺が呟くと、前を歩いていたカミーナが素早く振り返った。
「ホ~ッホッホ!! そうでしょう~? とにかく国中の優秀な職人達を呼び集めて作らせたのですわ! どこの国の王宮にも引けを取らないお屋敷をと! 我が国では貴族制を廃して久しいのですけれど、そのせいかこうした贅を尽くしたお屋敷を建てる者も少なくなりましたの。でもそれではこういった素晴らしい装飾を施す技術は失われてしまいます! 貴重な技術や文化の伝承の為に!! 私財を投げ打ってこのお屋敷を建てましたのよ!!」
フフン、という鼻息が聞こえてきそうなドヤ顔を見せると、カミーナは再び前に向き直った。
私財を投げ打って、か……。
カミーナは元々このアゲイド市を拠点とした豪商の出身だそうだが……。
屋敷内の廊下をしばらく歩くと、巨大な食堂に案内された。
部屋の中央には燭台や花で飾りたてられた大きなテーブルが置かれ、俺とメルティナは隣同士の席へと座るよう促された。
カミーナは俺達二人と向かい合う形で、対面の席についた。
「さ、食事を始めましょう! 私お腹ペコペコですわ~!!」
そう言いながらカミーナがパンパンと手を叩くと、どこからともなく現れた若い男女二人の給仕が食前酒を運んできた。
「……どうぞ」
不愛想な給仕の女の子が、テーブルにぎこちない手付きでシャンパングラスのような物を置いていく。
「ごめんなさいねぇ~? この二人はまだ新人さんのですけれど、どうしてもお客様をおもてなししたいと聞かなかったものですから……粗相があってもどうか寛大なお心で許していただけると嬉しいですわぁ~?」
この子達の希望で?
黒髪ポニーテールの女の子の冷たい視線を見るに、嫌々やっているとしか思えないが……。
カミーナの給仕をしているざんぎり頭の男の子は比較的真面目そうだ。
「では……」
カミーナがグラスを持って立ち上がる。
俺とメルティナもそれに続いた。
「奇跡の出会いに!!」
カミーナの音頭に合わせてグラスを一度掲げると、俺はグラス内の黄金色の液体を一息で飲んだ。
……美味い。味はまごうことなきスパークリングワインだ。
こちらの世界に来て初めて飲んだお酒が、胃の中にじんわりと広がっていく。
「さ! 食べましょう食べましょう!」
カミーナの言葉を合図に、先ほどの若い給仕以外にも数人の給仕が沢山の料理を持って食堂へとなだれ込んで来る。
先ほどからメルティナが黙りこくっている事も含めて色々と気になる点はあるのだが、折角なのでまずはこの豪勢な料理に舌鼓を打つこととしよう。
「いやぁ……とても、美味しかった、です」
料理の方向性としてはヨーロッパ風であった。とりわけフランス料理に近いだろうか?
港街なので海鮮メインかと思いきや、素材には節操が無く、魚はもちろん肉も野菜もなんでもござれで、逆にこのあたりの名産が何なのか全く分からない。
流石商業を中心として栄えた国ということで、物流が発達しているのかもしれない。
美味しかった。
本当に美味しかったのだが。
量が多すぎた。
前菜から数えて、もう二十品は出たんじゃないか!?
「あぁら、もういいんですの? まだデザートもありますのに」
同じだけの料理をペロリと平らげたカミーナが心底不思議そうに尋ねてくる。
「いや、本当にもうお腹いっぱいで……十分に堪能しました」
「そう? メルティナもあまり食が進んでいないようだし……お口に合わなかったかしら?」
「い、いえそんなことはありません。小食なもので……」
「あら? そうでしたかしら?」
俺はともかく、メルティナが普段より食べていない事は確かだ。
メルティナはトモエを除く船員の中では比較的よく食べる方なのだ。
「さて、お腹も満たされたことですし……そろそろ本題に入ってもよろしいかしら?」
「……本題?」
俺は間抜けな声で聞き返した。
「そう、本題……って、あら? メルティナから何も聞かされていませんの?」
俺は隣に座るメルティナを見た。
メルティナもこちらを見ていて、目が合う。
メルティナは申し訳なさそうに視線を下に落とした。
「ごめんなさい、話すタイミングを失ってしまって……」
「そう……なら仕方ないですわね。私がお話しましょう。今日、コーイチ様にご足労いただいたのは、コーイチ様を我が家の客人として迎えたいというご提案をさせていただくためでしたの」
「我が家の客人? と、いいますと?」
「コーイチ様には我が家に留まっていただいて、自由に生活していただくという事ですわ。船上での生活よりも遥っっかに優雅な暮らしを保証いたしますわ!!」
「そ、それはまた光栄なお話ですが……僕なんかを置いておいても穀潰しにしかなりませんし、とても市長にメリットがあるとは思えませんが……」
なるほど、こういう話をされる事が分かっていたから、メルティナは終始俺に対して申し訳なさそうな顔をしていたのか。
うーん、俺は正直この人の事が苦手だし、俺を手元に置いておきたい理由も分からない……。それより何より、俺にはプロデユーサーとしての責任があるのだから、すでに答えは出ているのだが。
「何をおっしゃいますやら! 異邦人であるコーイチ様を我が家の客人にお迎えできるだけで、我が家の『格』が上がるというものですわ! コーイチ様は、存在そのものに既に金銀財宝とは代えがたい価値がおありなのです!」
「はぁ……」
「それにコーイチ様は『ギフト』をお持ちでしょう? もしかしたら、そのギフトのお力をお貸しいただきたい場面もあるかもしれませんし……」
「その、ありがたいお話なんですが……」
俺が申し訳なさそうな顔で断ろうとすると、カミーナが太い人差し指を口に当てて発言を制した。
「ふふ、お断りなさるおつもりなんでしょう? 私もすぐに了承して下さるとは思っておりませんでしたわ? 商談は一度断られてからが本番ですのよ?」
うーん、参ったな。
ここからどんな条件を出されても俺の答えが変わるハズは無いんだが……。
「私がコーイチ様に提供出来るものは、何も優雅な暮らしだけではありませんことよ? まずは、『同士』かしら?」
カミーナはそう言うと、ぱんぱん! と二度手を打ち鳴らした。
「アサギ様を連れてきて差し上げて!」
カミーナが叫ぶと、先ほどの不愛想な若い給仕の少女が、見知らぬ女性を連れて食堂に入ってきた。
分厚い眼鏡をかけ、如何にも口下手そうな雰囲気のその女性は、不思議な衣服を身に着けていた。
露出度の高い、ファンタジー風の女戦士衣装だ。
ここはファンタジーな世界なんだから普通じゃないかって?
違う。ファンタジーな服装なのではなく、あくまでファンタジー『風』の『衣装』なのだ。
このそこはかとない『作り物感』は……
「……コスプレ?」
俺は椅子を跳ね除けるように、その場でガタッと立ち上がった。
「貴方はまさか──俺と同じ異邦人なんですか!?」
眼鏡の女性は優しく微笑んだ。
「その通りです。私の名前は片桐浅葱。幸一さんと同じ日本人です」
アサギと名乗った女性の背後で、何故か給仕の少女も薄く微笑んでいた。




