市長邸
アゲイド市は港の周囲の低地に市場や露店などが立ち並び、比較的低所得な港湾労働者や商人が住んでいる。
所謂下町だ。
そこからなだらかに土地が高くなっていき、大商人の邸宅や大店や高級店が増えていく。
まさに山の手という様相だ。
そしてその頂点、街で一番高い丘の上に市長の邸宅はそびえ立っていた。
「ふぅ、やっと着いたか」
市長邸の巨大な門の前にメルティナが立っていたのだが──
「おお、綺麗ですね! ちょっとドキっとしましたよ」
メルティナは美しいドレス姿だった。
肩と背中の大きく開いたイブニングドレスだ。
精緻に織られたレースが何層にも重ねられていて美しい。
霜を連想させる僅かに青味がかった白が、メルティナの浅黒い肌に映えている。
「あ、ありがと。男に見せるのは初めてだから、コーイチがなんて言うか、こっちもドキドキしたわ。この街一番の豪邸にお呼ばれだからね。普段はがさつでもきっちり正装しなくちゃ」
メルティナは恥ずかしそうに頬をぽりぽりと掻いた。
「メルティナさんがそんな美しい姿なのに、僕はこれでいいんですかね……?」
俺は羽織っている外套の前を開けた。
隙間からは俺がこちらに来た時に着ていたスーツが見えている。
一応今回の食事会に招かれるに当たってきっちりアイロン(火術で熱した鉄板)はかけたのだが、なんとなくくたびれている感があるのは否めない。
「私は素敵だと思うわよ? それに、異世界の服装で来るように希望したのは市長だしね。気にする事ないわ」
まぁ理屈では分かっているのだが、こうも普段と違う煌びやかな魅力を放つメルティナと一緒だと、申し訳ない気持ちにもなろうというものだ。
もっと彼女とつり合う男前でなければ。
「ところでサイファス? 貴方屋敷の中までついてくるつもり?」
俺の肩の上で極彩色の小鳥がびくっと体を震わせた。
「ファッ!? ダメなんスか?」
「ん~、正体がバレる可能性がある。屋敷の中は警備も厳重だし、不届き者が入らないよう術力を感知する常時発動型の儀式術も展開されているでしょうし。分体とはいえ常人以上の術力を持っているサイファスは警戒されるわ」
「くっ……こんな面白そうなシチュエーションで、また帰らなければならないとは……いけずッス!!」
「あ、サイファス出来れば荷物を持って帰っておいて欲しいんだけど」
俺がそう言うと、サイファスは無言で大型の猛禽類に姿を変えた。
「全く大精霊たる私をパシりにするとはいい度胸ッス!! 面白い土産話を持って帰らないと、承知しないッスよ~~~!!」
そう叫ぶと、サイファスは今日買った本などの荷物を爪で掴み、夕闇の空の彼方に飛び去って行った。
「さて……うるさいのも帰ったし、コーイチもリストバンドは外しておきましょうか。何も無いとは思うけれど、万一の為にね。それにその服装には似合わないし、汗臭いしね」
「は、はい」
実に一週間ぶりにリストバンドを外すと、まるで羽のように体が軽く、思わず笑みが零れた。
「どう? 久しぶりに外した感想は?」
「すごいですね! 今すぐそこらじゅうを走り回りたい気分です! 今の自分の身体能力が一体どうなっているのか確認したいですね!」
「あはは、そうよねぇ。ま、それは明日に取っておいて」
本当はこんな地味なシチュエーションで外すのではなく、リストバンドを着けたままでは倒せない強敵に出会った時に、満を持して外すのがセオリーだとは思うんだが。
それにしても「万一の為」か。
万一というのはほとんど起こらない状況を想定した言葉だと思うが、裏を返せば「万に一つの確率で起こりえる」と思っているわけだ。
メルティナは何が起こると思っているのだろうか?
俺が思考を巡らせていると、
「来たわよ」
メルティナが呟く。
その直後に、市長邸の前庭へと続く門が重々しく開き始めた。
門が開くのを二人で待っている最中、再びメルティナが小声で呟いた。
「ごめんね」
「……え?」
俺は聞き返した。
が、答えを聞く間もなく、今回の食事会の主催者が現れる。
「ホホホッ! ようこそ、私の屋敷へ! 歓迎しますわよお二人とも!!」
このアゲイド市の頂点に立つ女性。
アゲイド市長、カミーナ・カンビナーデであ




