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初めての異世界書店

「それにしても、エライ目にあったな……」

 俺は街の書店街を歩きながら独り言ちた。

「全く、生きた心地がしなかったッス。まぁこの体は分体なんで死んでもどうってことないんスけど」

「ミレイユに付き合ったせいで時間を使っちゃったけど、当初の予定通り行くぞ」


 時刻は午後五時。

 ディナーの待ち合わせ時刻の午後七時までにはあと二時間ある。それまでに必要な本を手に入れるのだ。

「本屋だったら、そこの左の店がオススメッスよ。本の数も多いし、安いし、何より店主のおじいちゃんが好感触ッス。俺はサイファスに勧められるがまま、書店に向かった。


 少し立て付けの悪い扉を開けると、カランコロンと鐘が鳴った。

「いらっしゃ~い」

 姿は見えないが、店の奥からしわがれた声が聞こえた。

 やがて本棚の隙間から、しわくちゃのエルフ族のお爺さんが現れた。

「どうぞ、好きに見て行ってくれ。探している本がある時は聞くのじゃぞ」

「あの~術に関する本が欲しいのですが……」

「ふむ? 術法書じゃな? それなら……」

 俺はヨタヨタと歩き出すお爺さんについていった。


 それにしても、エルフ族は他の種族と比べてかなり長命だと聞く。以前エルフ族であるソフィに聞いた話では、長生きする者は五百歳にもなるのだとか。

 しかも外見も二百歳くらいまでは人間でいう二十代くらいの若さを保つらしいのだが……。

 それなら、人間なら百歳は超えていそうな外見の店主は、一体何歳なんだろうか……?


「ほい、この辺りじゃな。自由に見るといい。それにしてもお主、若いのに字が読めるとは感心じゃ」

 普通の人間の感覚では三十五歳はそう若いという年齢でもないのだが……エルフ族にしてみればまだまだ子供みたいなものなのかもしれない。

「ありがとうございます」

 俺は店主に礼を言って、本棚に整然と並ぶ大量の背表紙に目を走らせた。


 火術の初歩……初級水術入門……樹術のススメ……。

 相変わらず、日本語や英語とは似ても似つかない文字なのに、スラスラ読めてしまうこの感覚は気持ち悪い。

 いや、もちろんありがたいんだけど。


「お、これが手っ取り早そうかな?」

 俺は「基本属性術大全」という人が殺せそうなほど分厚い本を手に取った。

 ぱらぱらと捲ってみると、あらゆる基本属性術が属性別にまとめられているようだった。

 習得方法やちょっとしたコツなども書かれている。

「おお、基本属性はこれ一冊あればいいんじゃないか?」

「うわぁ、細かい字でびっしりって感じッスね……こんなの読めるッスか?」

「俺は読書が好きだから苦はないけど……」

「マジッスか……こんなのが読めるの、ウチの船ではソフィくらいッスよ」

 さっきも店主が言っていたが、この国では大人でも字が読めない人は少なくないらしい。

 識字率がどれくらいかは分からないが、体感では半分くらいだ。

 サンドバイパーではミランダが殆ど読み書きできず、トモエは母国語は得意らしいが、この周辺の国で使われている文字は怪しいらしい。

 ソフィはどうやら本当に元王女らしいので、その分高等な教育を受けてきたという事だろうか?


「というか、そんな本一冊で基本属性術を覚えるつもりなんスか?」

「え? 無理かな?」

「まぁ普通は両親や専門の教師に師事して習得するらしいッスから……いくら全基本属性の素養があるといっても、独学でイケるもんなんスかねぇ?」

「まぁ、物は試しだよ。無理そうなら誰かに教えてもらうさ」


 基本属性以外に応用属性の本も探してみる。

 しかし応用属性術は使える人も少ないせいか、基本属性に比べると本もあまり無いようだ。

 俺は自分の素質に合わせて「新・雷術技法」「医療術者の為の生術指南」というタイトルの二冊を新たに本棚から引き抜いた。


「確か俺には知術の素質もあったはずだけど……知術に関する本が一冊もないなぁ」

 俺は再び店主に聞いてみる事にした。

 店主は入り口のすぐ前のカウンターにぼんやりと座っている。

「あの~、何度もすみません。知術に関する本が欲しいのですが……」

「んほぁ!? ……おお、すまんすまん、ボーっとしておったわい。何々、知術の本じゃと? お前さん知術を覚えたいのか? それとも被害に遭わぬ方法が知りたいのか?」


 被害に遭う? 知術というのは犯罪に使われやすい術なのか?


「知術ってのは、他人の記憶や感情、意志に作用する術ッス。習熟すると、他人を洗脳したり意のままに操ったりできるッス」

 サイファスが小声で俺に耳打ちする。


「うーん、両方ですかね」

「ほ! 両方と来たか。お主、知術の素養があるのかの?」

「ええ、一応そうみたいです」

 そう言うと、店主は顎をさすりながら少し困った顔をした。

「そうか……困ったのう。お主は知らんようじゃが、知術というのはその危険性故に規制されておってな。新たに覚えるには国からの許可が必要なんじゃ。国際条約らしくての。知術の指南書もその許可が無ければ売れん事になっておるのじゃ」

「そうなんですか……」

「何しろ低レベルな使い手でも、無防備な客に欲しくもない商品を買わせる程度なら楽勝じゃという話じゃからな。全くけしからんワイ」


 それにしても国際条約で定められるほどとは。

 だが考えてみれば道理だ。低レベルでも商売で無双出来るほど強力な術だ。手練れの術者が権力者や王を操ればどうなるか……。

 そうでなくとも応用の範囲は広い。


「知術を防ぐ為の方法を記した本ならあるんですか?」

「うーむ、まぁ本ちゅうか……」


 店主が唸りながら出してきたのは、数ページしかない薄い小冊子だった。


「知術は普通の人にはほとんど防げん。身体能力強化をしておけば低レベルの知術には抵抗できるらしいんじゃが、本格的にレジストできるのは同じ知術を使える者だけという話じゃ」

「ええ? それじゃあこの冊子には何が書いてあるんです?」


 俺は店主の差し出した小冊子を開く。

 中には幾つかのアクセサリーのイラストや値段が書かれている。


「これは、カタログ?」

「お前さん何も知らんのじゃのう。世の中には知術を防ぐ為の術具というのが普及しておってな。知術を使えん者にとってはこれが唯一の自衛手段じゃ。指輪やペンダントなんかのアクセサリー型が主でな、金持ち連中や王様なんかは皆付けておる。ただ、こういったカタログに載っておる庶民向けの安物は、

ホントに効果があるのか眉唾物じゃがの」

「なるほど」

「ま、そういう事じゃ。知術の本が欲しければ、許可を取ってくるんじゃの」

「分かりました。丁寧な説明ありがとうございます」


 俺がお礼を言うと、店主はしわくちゃの顔を更にシワだらけにして微笑んだ。


「ほっほ! 若いのに礼儀正しい坊やじゃの! どれ、おまけにワシのお気に入りの本を一冊つけてやろう」

 店主は俺が買う本の上に新たに一冊本を乗せて、紐で縛り始めた。

「ええ! 悪いですよ!」

「なぁに気にすんな! 気に入って大量に仕入れたはいいが、ちっとも売れんで困っとる本じゃ! 遠慮するな! ワシはエルフじゃが、伝統を重んじる考え方なぞつまらんから、こういう新しい発想を伝える本が大好物なんじゃ!」


 店主がおまけにつけてくれた本のタイトルは「術という現象の科学」だ。

 ……これは、確かに興味深い。


「術を『カガク』とかいう技術で解明しようという試みのようでの。まぁ細かいところはちんぷんかんぷんなんじゃが。なんでも噂じゃ、これを書いたのは異邦人じゃとか」


 異邦人という言葉を初めて船の外で聞いた俺は、思わずギクッと反応してしまった。


「ん? どうしたんじゃ?」

「い、いえなんでも」

「ふぅむ。それにしても、異邦人なんて本当におるのかのう。ワシはまだ会ったことはないんじゃが……」


 今目の前に立ってますけどね。


 しかし、かなり長生きのエルフ族のお爺さんが生まれてこのかた異邦人に会ったことが無いとは考えにくい気もするが……。

 恐らく今の俺のように、身分を隠した異邦人には会っているものの気付かなかったのかもしれない。


「よし、はいよ」

 麻紐でくくられた分厚い本の束が、ドスンと木製のカウンターに置かれた。

 俺はカウンターに代金を置きながら、

「うへぇ、重そうだなぁ」

 と言いつつ本を持ち上げてみると、思いの外軽い。


「身体能力強化のお陰ッスよ。もはやリストバンドの重さを凌駕する力がでているッス。いくらなんでも上達が早すぎッス」


 古きよき少年漫画式の修行がまさかここまで効果的とはな。

「それじゃ」

「うむ、また来るのじゃぞ」


 店主に会釈をすると、俺は本屋をあとにした。

 時間は六時過ぎ。ちょうど良い頃合いだ。


「よし、アゲイド市長邸に行くか」

「私が案内してあげるッスよ~」


 俺はサイファスの分体を肩に乗せ、夕暮れの街を歩き出した。

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