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帝国騎士の絡み酒

「ふーむ、お兄さん……結構カッコイイじゃない……」

 赤ら顔のミレイユは目を細めて俺の顔を凝視してくる。

「い、いやそんなことないですよ、はは……」

 俺は必死で顔を逸らす。


 大変な事になった。

 なんで俺は最も警戒すべき敵対者と仲良く酒場で相席ランチしているのだ……?


「肩に乗せてる小鳥は使い魔? 柄の趣味はちょっと悪いわねぇ」

 サイファスが物凄くツッコミたそうにしているが、頼む! 喋らないでくれ!

「それで、ミスター女日照り? ランチの注文は決まってるのカ?」

「あ! ちゅ、注文ですね! ええと……」 

 注文を取りに来たフランスアのお陰でなんとか場を繋ぐ。

「アタシのおすすめは一突きエイの煮物よお兄さん! このフランスアさんがすすめてくれたヤツなんだけどね? 超美味しかった! 身がふわっふわでね!?」

「うわっ!? え、ええと、じゃあそれで」

 ミレイユがいきなり身を乗り出してきたので、俺は思わず引いてしまう。

「ほい了解にゃ。んじゃしばしご歓談を~」

 注文を取るとフランスアはさっさと引き上げていく。

 ああ、待ってくれ。二人きりにしないでくれぇ~。

「んふふ~、言う事聞いてくれてありがと~! もう、アタシの周りのグズ共ときたら、ヒトの話を聞きゃしないヤツばっかで……」


 それにしても、さっき身を乗り出した時に俺の顔をかなり至近距離で見たにもかかわらず、俺が誰かという事には気づいていないようだ。

 確かに俺はミレイユと直接顔を合わせてはいないし、先日襲ってきた帝国兵のクミルにも写真を撮られたりはしなかった。まぁこの世界に写真という技術が存在するかは分からないが。

 全く不幸中の幸いだ。

 もし顔を知られていたらと思うとゾっとする。

 真面目で忠誠心の高そうなミレイユなら、この場、この状況でも剣を抜きそうだ。


「あの~、かなりお酒飲まれてます?」

 テーブルにはワインの空き瓶が二本と、半ばまで残っているワインが一本ある。

「飲まなきゃやってられないの……うう。聞いてくれる!? アタシの話!」

「は、はぁ」

 これがあの、白銀のミレイユ……?

 ただの酒癖の悪い美女なんだが……?

 内心に幾つもの困惑と緊張を抱えながら、俺はこの酔って管を巻いている帝国騎士の愚痴に付き合う事にした。


「だからアタシはちょっと様子を見てきて、って指示しただけなのに! 勝手にターゲットに手ぇ出してんのよ!? 信じられる!? 上司の指示をちゃんと聞けっつーの! 案の定返り討ちにされてるし! これじゃあ相手の警戒度が上がっちゃうでしょって! なぁにが『だって隙だらけだと思ったの』よ!」

「いやぁ、部下が独断で動くと、全体の計画が崩れますよね~、はは……」

「そうなのよ~! 話が分かるわねぇ~お兄さん!!」


 所々ボカしてはいるけど、これってこないだのクミルの襲撃事件の話だよね……。

 なるほど、当初はただの偵察任務だったわけだ。


「はぁ~~……こうて……社長は栄転だぞ~! 我が社の未来はそなたに掛かっている~! なーんて言ってたけど、やっぱこれって左遷なんじゃ……。そんな大事な案件なら、せめてもっと優秀な部下つけるよね普通!? もっと頼りになる手練れなんて沢山いるのにだよ!?」

「まぁまぁ、部下の人も良かれと思ってやってしまった事ですし……」

 俺は何故、俺を人質に取って誘拐しようとした女を擁護しているのだ。

「腕は悪くないのよね……ただバカなだけで……」

 そう言うとミレイユは突然、頭突きするような勢いでテーブルに突っ伏した。

「うう……こんな昼間っから飲んだくれて、見ず知らずのお兄さんに愚痴ぶちまけて……アタシの人生こんなハズじゃ……」

 ミレイユは小刻みに肩を震わせている。

 因みに昼食はとうの昔に食べ終わり、ミレイユの酒量はワインボトル五本目に突入している。


 うーん、帰りたい。


「お兄さん、アタシ幾つに見える?」

 これは……極めて難易度の高い質問!!

「そ、そうですね……二十代前半くらいですかね?」

 安全策で少々ボカして言ってみたのだが、ミレイユの顔がぱっと明るくなった。

「お兄さん……デキるねぇ~。そんなんじゃ惚れちゃうよぉ~?」

「はは、あはは」


 取り敢えず笑う事しかできない、無力な俺である。


「アタシこれでももう二十八歳なの……。二十八だよ!? 故郷の幼馴染達なんて、もうみーんな結婚して子供も二~三人が当たり前だよ!? は~、何やってんだか……」

「二十八歳ならまだまだ若いじゃないですか! 僕なんてもう三十五歳ですよ?」

 ミレイユはガバっと顔を上げて、再び俺の顔を凝視する。

「三十五歳!? ……見えな~い! ていうかお兄さん、よく見ると顔つきが……東国の人?」

「ええとまぁ、そんなような感じです」

「そっかぁ~年上かぁ~。あぁ、年上のお兄様にこんな無様な姿を……ううっ」


 あぁっ、今度はしくしくと泣き出してしまった。

 初めて見た時はあんなに凛々しかったのに(撤退時は酷かったが……)酒の力は恐ろしい。


「ホントは今の仕事に就く気なんて無かったんだぁ……子供の頃は両親みたいに、故郷で結婚して、家庭を持って子供を産んで、そして故郷で幸せに死んでいくような平凡な人生を送るんだと思ってたのに……それで全然不満なんて無かったのに」

 ミレイユはグラスに半分ほど残ったワインを一気に呷って続けた。

「ふぅ……地元の剣術道場をたまたま視察に来てたお偉いさんの目に留まったのが始まりよ……ウチは幸せだったけど貧しかったから、暮らしが楽になればと思って都で働き始めて……ど~にも真面目な性格が災いして、求められる役割を律義に演じ続けた結果、あれよあれよと出世してこのザマよぉ……」


 うわぁ……こんな話聞いちゃったら、次に「白銀のミレイユ」に遭遇した時、俺はどんな顔をすればいいんだろうか……?


「何を言っているんですか……女だてらにその若さで管理職に上り詰めるなんて、並大抵の事じゃありませんよ。僕は尊敬します。それに貴方はとても美しい。きっと女性としての幸せも近いうちに見つかりますよ」

 俺が偽らざる本心から励ましの言葉をかけると、

「うぅっ……うえっ……うわぁ~~~~ん……」

 ミレイユはぽろぽろと大粒の涙を零しながら泣き出してしまった。

 流石に周囲の客達も怪訝な目でこちらを見ている。

「あ、あわわわ……な、泣かないで下さい……っ!」

「だってぇぇ~、お兄さんが優しいんだもん~~っ! そんな事言われたらアタシ、本当に惚れちゃ……う……」


 ごんっ

 という音を立てて、ミレイユは再び机に突っ伏した。


「あ……の……? 大丈夫ですか……?」


 返事はない。が、耳を澄ましてみると、

「すぅ~……すぅ~……」

 可愛い寝息を立てていた。


「おにゃ? アネさん遂に潰れたかい?」

 俺たちの様子を見て、フランスアがやってきた。

「はぁ、そうみたいです」

「そうか……いつもなら飲み過ぎてる客は止めるんだがネ。色々溜まってるみたいだったし、ミスタージゴロが相手してたから任せちゃったヨ。ご苦労さん」


 それはいいんだが、「ミスタージゴロ」は止めてくれ。


「僕はそろそろ出ますけど、彼女は……」

「そっとしといてやんナ。じきにお仲間が拾いに来るよ」

「それじゃお代を」

「お代はそこの眠り姫からもらってるヨ。気にせず帰んナ」

「いつの間に……」


 俺は立ち上がり、テーブルで寝息を立てるミレイユを振り返った。

 無防備に眠る横顔からは、凛々しい騎士の姿など全く想像できない。

 しかし彼女は、紛れもなく「白銀のミレイユ」なのだ。

 彼女がこれまでにどんな人生を歩んできて、どんな戦う理由があったとしても。

 ミランダとトモエのプロデューサーである限り、俺にも戦う理由がある。

 次に出会った時は確実に敵同士だ。

 彼女も「白銀のミレイユ」としての仮面を被り、生真面目に俺を捕らえようとするだろう。

 その時は俺も、覚悟を決める必要がある。


「それじゃフランスアさん、また来ますね」

「おう、待っているぞよコーイチ」

 ……名前を覚えてくれているのであれば、最初からそう呼んでくれ。


 二時間後━━。

 店の入り口には、身の丈ゆうに三メートルはある熊が立っていた。


「お、来たナ」

「俺、そこの女の人、持って帰る」


 熊は片言の拙い発音で話すと、額に濡れタオルを乗せて天を仰いでいるミレイユを指差した。

「ああ、さっさと持って帰ってくれタマエ。長時間席を占領されちゃ敵わん」

 店中の客が注目する中、熊は天井にぶつけないように頭を下げながら、のしのしと店内に入っていく。


「おう……ゴラオンか。すまんな、迎えに来てもらって……」

 ミレイユはタオルを取って立ち上がった。

 しかし足元がおぼつかず、転びそうになったところを「ゴラオン」と呼ばれた熊人族の男に支えられる。


「あぁ、すまん……。出来れば肩に乗せてくれると助かるんだが……」

「んん。お安い、ごよう」

 ゴラオンはミレイユを手に乗せると、軽々と持ち上げて肩に乗せた。

「それで? 例の屋敷について調べは進んだのか?」

「ん。宿でクミルが話す」

「まいどありぃ~」


 ミレイユは二日酔いの恐怖に怯えながらも、少しだけ心が軽くなっているのを感じながら酒場を後にした。



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