特訓とボーナス
「よし……それじゃあまず最初はリズム感を鍛える訓練からだ!」
「え? そこから? ダンスの練習なんじゃないの?」
ミランダが拍子抜けしたように目を丸くしている。
ここは厳しく言って客観的な事実を突きつけるべきか、やる気を削がないように言いくるめるべきか……。
「何事も基礎が一番大事なんだ! ミランダはそれなりに踊れているけど、基礎をしっかりすればもっとキレのあるダンスが踊れるようになる! その為の秘密特訓なんだ!」
「そっか……分かった! 今よりもっと格好良いダンスにして、トモエを驚かしちゃおう!」
俺は後者を選んだ。
果たしてこれが吉と出るか凶と出るか……?
それにしても単純思考で助かる!
「えぇっと、それじゃ……あぁ~……」
「? コーイチどうしたの?」
それはそうと、廊下で倒れて休憩した時からかれこれ三十分以上は強化状態を続けている。
正直また休まないと限界が近づいてきた。
「コーイチ! しんどくなってきてからが本当の闘いッスよ! ミランダと一緒に頑張るッス!」
俺の状態を察したサイファスが喝を入れてくる。
そうだな、アイドルにばかり頑張らせて自分は寝ているわけにもいかないものな……!
「いや、何でもないよミランダ。いっちょ頑張るぞ!」
俺は懐からスマホを取り出し、メトロノームのアプリを起動した。
カチッカチッカチ……とメトロノームが一定のリズムを刻み始める。
「ミランダ、このリズムに合わせて手を叩くんだ」
俺がまずパチッ、パチッ、パチッ……とやってみせると、ミランダもマネして続く。
「ふーん、こんな簡単なのが練習になるの?」
「そうだとも。一見簡単なようだが、これを完璧に、息をするみたいに出来るようになるまで続けるんだ……ほら、もうズレてるぞ! もっと早く! 俺の手拍子に合わせて!」
「はい! コーイチ!」
俺はミランダと自分自身の両方を叱咤する。
リストバンドをつけた手がとてつもなく重いのだ。
とにかく集中し続けなければ、すぐにメトロノームに置いて行かれる。
ミランダも一見リズムが取れているように感じられるが、一瞬早くなったり、または遅くなったりと不安定な揺らぎが多い。
それが一切なくなるまで続けるのだ。
「これ、いつまで続けるのぉ?」
「メトロノームと俺とミランダのリズムが完全にシンクロして、それを長時間維持できるようになるまでだ! ほらまた遅れたぞ! これも立派なアイドルになる為だ!」
「はいコーイチ! 頑張りまっす!!」
その日俺たちはメルティナが別の仕事を頼みに来るまでひたすら手を叩き続けた。
秘密特訓を中断した途端、俺が床に倒れてしばらく動けなくなった事は言うまでもない。
二日ほど同じ事を繰り返した後、今度は手をパパンと二回叩くようにしてみたり、リズムの「裏」を取らせてみたり、手拍子に合わせて簡単なステップを踏ませてみたりと徐々に内容を高度にしていった。
ミランダは難易度を上げるとすぐに混乱しては、盛大に失敗していた。
それでも根気強く続けることで、ゆっくりではあるが着実に、ミランダの中にリズム感というものが培われていった。
それと同時に俺の修行も順調に進んでいった。
最初は強化状態が三十分保てば良い方だったものが、四十分、五十分と順調に伸びていった。
今では強化状態でいる事が当たり前になってきて、二時間以上経過してもあまり疲労を感じないほどだ。
メルティナ曰く、長時間強化状態でいる事によって術力の操作が洗練され、強化に必要な術力の量も減ってきている。そのお陰であまり疲労しなくなってきているのだそうだ。
全く不思議なものだ。
人間というものは努力すれば必ず成長するものなのだという事を、久しぶりに身を持って実感した。
そうして、鉱山での一件から一週間ほど経った日だった。
俺達船員は、夜のブリッジに集められた。
「どうしたんだいメルティナ? また何かデカいヤマでもあるのかい?」
トーニャは心なしかワクワクしたような表情でメルティナを見つめている。
「何か危ない仕事? 怖いのは嫌だなぁ」
「大丈夫やってミラちゃん。ウチとコーイチが守ったるさかい。ソフィは知らんけど」
「余だって守ってやるわ! 疫病神コーイチは知らんけどな!」
ソフィがエキサイトしそうになっていると、メルティナがぱんぱんと手を鳴らした。
「ハイハイ皆、静粛にぃ!」
皆が自分に注目するのを確認すると、メルティナはニヤリと笑って話を続けた。
「実は皆に嬉しいお知らせがあるの!」
そう言うと、メルティナはどこからともなく麻で出来た小さな小袋をいくつも取り出した。
「じゃーん!! 臨時ボーナスよ~!!」
みんな状況が理解できなかったのか、一瞬の沈黙の後、
「う、う」
「うわー! やったーーーー!!」
一同大喜びの花が咲いた。
袋を開けてみると、数えきれないほどの金貨や銀貨が詰まっていた。
「ええんか!? ええのんか!? 臨時ボーナスやなんて初めてやない!? どないしたん!? 臓器でも売ったんか!?」
「何言ってんのよ! トモエとコーイチのお陰よ! 貴方達が倒した地竜の素材が高く売れたのよ!」
「おお! 本当ですか!」
「ええ、市長が良い商人を紹介してくれてね!」
メルティナは市長とかなり懇意にしているようだ。
どこの世界でもコネってのは大事だな。
「おお、おお……! これで質の良い石鹸が買える! もう自作のショボい石鹸とはオサラバなんじゃあ……!」
「ウチはやっぱ小麦粉と砂糖やなぁ。甘味に飢えて飢えて仕方無いんや~」
「うーん、私は新しい絵物語とか良いなぁ。しばらく市場にも行ってないし、新作が出てるかも♪」
お金を貰った時何に使うかってのは、やはり性格が出るねぇ。
「コーイチはボーナス何に使う?」
「うーんそうだなぁ。すぐに思い付くのは術法書かなぁ。アイドル活動に役立ちそうな術を覚えたいんだけど、この金額でどんなものが買えるのかも分からないから、市場調査も必要だな」
「さっすがプロデューサー……せっかくのボーナスを私達の為に使うなんて」
「はは、プロデューサー業は俺の生き甲斐なんだから、俺の為でもあるんだよ」
「はー、そういうもん?」
ミランダは目を丸くして感動している。
「トーニャさんやメルティナさんは何を買うんですか?」
「アタシとメルティナは決まってるさね!」
トーニャがそう言うと、
「酒だ酒だぁ! 酒買いに行くぞぉ!」
メルティナが拳を突き上げながら絶叫した。
うーん、大人(見た目幼女)組と年少組で見事な方向性の違い。
「俺もこっち来てからお酒飲んでないなぁ」
「おっ! だったら今度付き合いな! 聞きたい事も聞かせたい事も色々あるし、一つ大人の親睦会と行こうじゃないか!」
トーニャもニヤニヤと上機嫌だ。
どうやらドワーフってのは相当な酒好きみたいだな。
「と、いうわけで。明日は朝からお休み!皆アゲイドの街で自由にお買い物するといいわ! 以上、かいさーん!」
みんなウキウキしながら三々五々自室へと帰っていく中、俺だけメルティナに呼び止められた。
「コーイチ! ちょっといい?」
「はい?」
「明日、コーイチに会いたいって人がいるから、晩御飯一緒にどう?」
「晩御飯ですか? それは是非ともご一緒したいですが、誰です? 僕に会いたい人って」
想像がつかない。
そもそも異邦人である俺という存在を知っている人間すらかなり少ないはずなんだが……メルティナが話したのかな?
「うーん、それは……いやその、ぶっちゃけた話、私もあまり会いたくないし会わせたくもないんだけれど、立場上誤魔化すにも限界があるっていうかその……」
メルティナには珍しく、どうも煮え切らない態度だ。
「相手は市長なのよ、アゲイド市の。私も沢山良くしてもらっているし、依頼というか、約束の件もあるしで……」
依頼? 約束?
「まぁとにかく! 明日は一日自由だけど、午後七時になったら市長の邸宅前に集合よ? あ、それと服装はコーイチがこっちの世界に来た時に着てた服でお願いね? 昼間は上からマントを羽織っておけば大丈夫でしょ?」
「え、ええ。分かりました」
他ならぬ船長の頼みだ。断れる筈も無い。
それに、この世界の事をより深く知る為にも、またこれからアイドル活動を展開していく上でも、色んな人物に会ってコネを作っておく事は重要だ。
明日は忙しい一日になりそうだ。




