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修行開始?

 鉱山での一件の後、俺はもっと自分自身が「強く」なる必要性がある事を痛感していた。

 地竜との戦いだけじゃない。

 その前のカギツメモグラとの戦いの時点で、俺は無力で役立たずだった。

 何しろトモエに荷物のように抱えられ、カギツメモグラから守ってもらう始末だ。

「所属アイドルは必ず守る」なんて誓いを立てたものの、自分がクソ雑魚ナメクジだという現実が俺には全く見えていなかったワケだ。

 そして更に追い打ちをかける今回の事件。

 俺も元の世界では()()()()()()()()()()()()()のだが、ここ数年は平和な日本でのプロデューサー業に専念していた。

 おかげで随分と鈍ってしまったようだ。

 戦闘能力に差がありすぎたとはいえ、あんなに簡単に自分を人質にされてしまうとは恥ずかしい限りである。

 こうした忸怩たる思いが今、この土下座に繋がっているのである。


「な、何してるのよコーイチ! ほら頭上げなさい!」

「上げません! 師匠が僕に戦い方を教えてくれると言うまでは!!」

「あー、もう! 分かった! 私に教えられる事は教えるから! せめて師匠は止めて! 普通にメルティナと呼んで!」

「分かりましたメルティナさん!!」

 俺が満面の笑みで顔を上げると、メルティナは面倒くさそうな顔で額に手を当てていた。


 翌朝、俺はメルティナと向かい合って船の甲板に立っていた。

「まぁ約束通り、コーイチに戦い方を教えてあげるけど」

 俺の全身がぶるりと震えた。

 良い緊張感だ。

 早朝の冷たい風も、弛緩した俺の心身を適度に引き締めてくれる。

「ただ、コーイチはまだ戦い方を学ぶ以前の状態なのよね~」

「……は?」

「この世界で満足に戦うためには、まず『身体能力強化術』を覚える事が先決よ。幸いな事にコーイチは生術の素質があるから有利ね。もし素質が無くとも覚えなきゃいけない事だけど」

「身体能力強化というと、トモエみたいな?」

「あはは、あんなレベルで強化できるのは鬼族だけだから、あれを目指す必要はないけどね」

 メルティナは苦笑いしながら応えた。

「ああでも、傭兵団の皆も今考えれば当たり前に身体能力強化を使ってたワケか。そうでなければ、空飛ぶ船から飛び降りるなんて真似できるわけないし」

「そういうこと。人体なんて所詮は水の入った革袋も同然。強化してやらないとすぐに破裂しちゃうってわけ」

 人体は水の入った革袋……拳法だかなんだかの理論にそんな考え方があったような……。

「で、やり方だけど……基本的には大量の術力で全身を覆うイメージよ」

 術力で全身を覆う……。


 俺は目を瞑り、全身の細胞一つ一つにまで意識を行き渡らせる。

 まるで大軍の司令官のように細胞を指揮し、吹き出す術力を体表に留めるよう意識する。

 体が、静かだが力強いエネルギーの膜に覆われているようだ。

 何となく体も熱くなってきた。

「さすが、初めてなのに形になってるわね。それじゃ、その状態を維持したまま思い切り上にジャンプしてみて」

「このまま思い切りジャンプ?」

 俺は集中を切らさないように気を付けながら軽く膝を折り曲げ、その場で思い切り垂直跳びをした。

 踏み切った瞬間、ドンッ!! という聞いたこともないような効果音と共に甲板の床が爆ぜた。


「!?」


 自分でも全く予期していなかった爆発的なエネルギーが体幹を駆け抜けると、俺の体は軽々と十メートル以上も上空に打ち上げられた。


「うっおおおあぁぁぁあっっ!?」


 何これっ!?

 何だこれ!?

 俺が自分でジャンプしたのか!?

 俺は即座にパニックになり、空中でバランスを崩す。

 集中を切らせた事で体表を覆っていた力は霧散し、身体能力強化も失われる。

 ヤバい。

 この高さから落ちたら大怪我確定!!


 俺が空中で信じてもいない神に祈ろうとしていると、

「やぁ~、悪い悪い。まさかそんな跳ぶとは思って無かったからさぁ」

 メルティナの声が聞こえたかと思うと、彼女の細腕が俺をお姫様抱っこして、何事もなかったように甲板に着地した。

 大の大人が見た目幼女のメルティナにお姫様抱っこされているとは、なんと情けない姿よ……。

「す、すみません……そしてどうかこの事はご内密に……」

「あっははは、分かった分かった! ただ、甲板に傷つけた事はコーイチからトーニャに謝っておいてネ!」

 俺が垂直跳びした部分の床はベッコリと凹んでいる。

「わ、分かりました」

 またスパナで殴られなきゃいいが……ああ、身体能力強化をしておけば痛くないかな?


「そういうわけで、まずコーイチには強化状態を長時間維持できるようになってもらうわ。その為の訓練として……」

 メルティナはどこからともなく黒いリストバンドを四つ取り出し、それを俺に投げてよこした。

「それらを手首と足首に一つずつ着けるのよ」

「分かりました」

 言われるがまま着けると……


「あの~」

「どう?」

 メルティナは楽しそうにニヤニヤしている。

「ぴくりとも動けないんですが!」

 受け取った時は軽かったのに、手足に着けた途端、リストバンドはとんでもない重さになり、俺は床に這いつくばったまま全く動けなくなった。

「いやっ、そのっ! 修行シーンにおいて手足に枷をつけるってのはもう、定番を通り越して古典の域に到達するほどの伝統芸能ですがっ! こうっ、普通はもっとギリ動けるくらいの重さにするんじゃないんですかねっ!? ホントっにっ! 全く動けないんですが!」

 俺は首を持ち上げ、声を絞り出して抗議する。

「だから、長時間強化状態を維持する訓練だと言ったでしょう? さっきみたいに集中して、身体能力強化をやってみなさいよ」

 言われるがままやってみると、確かに強化状態でならどうにか動く事ができた。

 それでも二日酔いしている時並みに体は重いが。

「そのリストバンドは重術の術具でね。誰かが着けると効果を発揮して重くなるようにできてるのよ。一つにつき七十キログラムになるように調整しておいたから」

 合計二百八十キログラム……!! 一歩も動けなくなるはずだよ! ていうか殺す気か!

 悟空だって最初は二十キログラムの甲羅からだったぞ!

「私も修行してた頃に使ったのよ。取り敢えずしばらくそのまま生活する事。それが訓練よ」

「こ、このまま生活……っ!? ふっふふふ……やってやろうじゃありませんかっ!!」

 精一杯の虚勢を張った俺を、メルティナは鼻で笑った。

「まぁしばらくは大変だと思うけれど、頑張りなさい」

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