クミルvsメルティナ
「全員、後ろに下がるの!」
クミルと俺がトイレから出た途端、待ち構えていたかのようにソフィが風術を使う。
「風縛!!」
特定の対象の行動を完全に封じる術だそうだが、
「そんなもの、クミルには通用しないの!」
クミルは事も無げにレジストしてみせた。
「なんじゃぁ!? 余の風術をあっさりと……中々の使い手じゃな!?」
クミルは俺を盾にしながら四人と距離を取った。
「これ以上おかしなマネをしたら、コイツが痛い目に合うの! 分かったら、さっさとクミルを逃がすの! 追いかけてきてもダメなの!」
そう言いながら、クミルはボウイナイフに似た大きな刃物を俺の首にぐいぐいと押し付ける。
なんとも、懐かしい感覚だ。
「クミル……そしてその風術の練度の高さ……。アンタ、元帝国特殊暗殺部隊のクミルだね?」
「知っておるのかメルティナ!?」
「まぁ帝国には知り合いも多いから話くらいはね」
「……クミルは暗殺部隊なのに名前が売れ過ぎちゃったから、配置転換させられて大喜びだったの!」
「……腕は悪く無いけど、頭が悪いってんで話題になってたよアンタ……」
まぁ一人称が「クミル」じゃ、そりゃ名前も売れるわな……。
「うるさいの! クミルは馬鹿じゃないの! ちょっと個性的で可愛いだけなの!」
「いーや、お馬鹿さんね。コーイチを人質に取っている事がすでに下策も下策よ」
「なんなの!? いいから早くどくの! コイツがどーなってもいいの!?」
クミルが俺に再びナイフを押し付けると、メルティナはクミルに道を開けるどころか自らの剣を抜いた。
「コーイチは大事さ。この船のクルーなんだからね。だけどそれはアンタ達帝国にとっても同じ事なんだろ?」
いや、よく見るとソレは剣ではなかった。
俺の知っている物に例えるなら……警棒?
「この船のクルーは全員面が割れてるからね。この船にもし帝国お目当ての異邦人が乗ってるとしたら、見たことのないヤツを探せばいいわけだ。その為にアンタは傭兵団に紛れて船に乗り込んだんだろう?」
「な、何のことだか分からないの」
口ではとぼけながらも、クミルは次第に焦りの色を見せ始めている。
メルティナから放たれる静かで冷たい殺気に気圧されているのだ。
「本来、異邦人てのはどの国でも国賓として扱われる世界の宝だ。アンタがどこぞの野良犬ならコーイチをどう扱おうが自由だろうね。だが違う。アンタは帝国兵の筈だ。アンタの一存で国賓に無用な傷を付けたら……皇帝はどんな顔をするかな?」
「くっ……確かにそうかもしれないの……」
み、認めた……。
やっぱりこの娘、噂通りの残念おつむなのか……?
クミルがメルティナの「口撃」に怯んだその瞬間。
すでにメルティナは飛び出していた。
そして俺は見た。
メルティナの警棒が「変形」した瞬間を。
警棒はその形を瞬時に鞭のように変えて、俺を迂回するように側面からクミルに襲いかかった。
「くっ!!」
クミルもその攻撃に素早く反応する。
俺を前に突き飛ばすと、ナイフで素早くガードする。
金属同士が衝突する高い音が響き、派手に火花が散る。
「ちっ……『銀蛇のメルティナ』!! 超キモイ攻撃なのっ! クミルは蛇が大嫌いなの!」
メルティナの「武器」は秒速でその姿形を変えながら、クミルに対して縦横無尽に攻撃を仕掛ける。
俺には目で追う事さえ出来ない超高速の斬撃を、クミルは両手のナイフで巧みに防いでいるようだ。
そして戦局が膠着しそうになるやいなや、メルティナの動きはすぐに変化した。
舞踏のような曲線攻撃から一転、クミルに向かって一直線に突進する。
しかしクミルもこれに対応し、いつの間にか直剣に変形していたメルティナの剣による横薙ぎをナイフ二本で受け止める。
しかしこの対応は「銀蛇のメルティナ」には不十分だった。
メルティナの剣先が鎌のように伸び、クミルの首を狙う。
クミルは全身のバネを使ってメルティナの剣を跳ね上げ、すんでの所でこれを回避。
バク転で距離を取ると、
「風塊壁!!」
風術によって俺達の前に猛烈な「向かい風の壁」を作り出す。
「アンタと戦ってたら命が幾つあっても足りないの! ここでオサラバなの!」
クミルが捨て台詞を吐いている間も、メルティナの攻め手は止まらない。
「自在剣・突刃」
メルティナが視認不能な速度で突きを放つと、なんと剣の切っ先がクミル目掛けて発射された。
切っ先は風の壁を易々と切り裂き、クミルに飛来。
クミルは肩を抉られながらも何とか致命傷を回避すると、躊躇うことなく背中を見せ、廊下の突き当りにあった丸窓に向かって突進した。
クミルは丸窓に体当たりして突き破ると、そのまま外に飛び出していった。
「逃がしたわね……」
そう呟くメルティナを見ると、自在に形を変えていた剣は、既に警棒のような形に戻っていた。
「それにしても油断したわね。帝国から出れば大丈夫だろうとタカを括っていたけど甘かったわ。ここまでして追ってくるという事は、どうやらコーイチはただの異邦人じゃないみたいね。帝国にとってよっぽど重要な存在らしいわ」
「こ、怖かったですぅぅう~~~!!」
「き、近接戦闘は余の専門外じゃ! それにしてもコーイチが来てからというもの、どうもキナ臭い事件ばかり起こっておる気がするんじゃが!?」
乱れ飛ぶ白刃。
飛び散る火花。
鮮烈な絶技の応酬が、未だ俺の網膜で煌めいている。
「メ、メルティナ船長……いえ、メルティナ師匠……!」
「ん?」
「僕を、弟子にして下さい!!」
気が付くと、俺は床に頭をこすりつけ、メルティナに向かって深々と土下座をしていた。




