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サンドバイパー号

 目を開けると、目の前には俺の顔を心配そうにのぞき込む見知らぬ少女の顔があった。


 なるほど雰囲気は確かに未来に似ているが、よく見ればすぐに他人だと分かる程度だ。


 髪の色も未来が黒なのに対して赤毛だ。髪型はステージ以外では未来もよくやっているサイドポニーテール。


 未来似の少女の背後にも、俺の顔を覗き込む少女達の顔があった。


 これまでの出来事はタチの悪い悪夢だったのだと思いたかったが、そうでもないらしい。


「未来……? 私の名前はミランダです! その……プロ……デューサー様?」


「こ、ここはどこだ!? 未来は!? ラインの乙女は無事か!?」


 俺はミランダと名乗る少女の肩を鷲掴みにして矢継ぎ早に質問をぶつけた。


「そ、そんなに急に色々聞かれても……!」 


 俺は左右に視線を走らせる。……全く状況が分からん。


 ここは屋外で、さっきの嵐がまだ続いていて……ここは船か何かの上なのか?


 俺が思案していると、どこからともなく大きな声が響いた。


「貴方たち! 無事助けたのなら早く中に入りなさい! ちょっとヤバイ事になってるわよ! 魔光雷だわ!」


「まこうらい?」


 俺が呟いた瞬間だった。


 とてつもない轟音と共に視界が一瞬で真っ白になり、直後に凄まじい揺れが襲う。


 俺は驚愕に身を竦めた。周囲にいた少女達も一様に床にへたり込んでいる。


「きゃぁぁああーーーーー!!」


「あ~れ~~~」


「うわぁぁぁああああああ!!」


「何が起こったんだ!?」


 俺は空を見上げた。


 天に浮かんでいる天使の輪のような光輪が、端からゆっくりと霧散していく。


「だから魔光雷よ! 術力を伴った極大の落雷! 今ので対術フィールドが一発で消滅したわ! もう一発まともに食らったらお終いよ! さぁ早く船室に入って! まぁもっとも、船が落ちたら全員竜鮫のエサだけれどね!」


「だから余はそんなヤツ捨て置けと言うたのじゃ! そやつを助けたばっかりに、全員黒焦げになる世界線まっしぐらじゃあ~!!」


 船室への出入り口らしき通路にいた少女が喚き散らしながら駆けていった。


「そう、なのか? 俺を助ける為にこの嵐の中を命がけで……?」


「ソフィの言う事は気にしないで下さい! 死にそうな人を助けるのはあったり前ですから!!」


 キレイなドヤ顔を見せてくれたミランダは、恐怖も気負いもなく、その行いが本当に当たり前で普通の事だと思っているらしい。


 僕はまた、ミランダの顔に未来の笑顔が重なって見えた。どうやら雰囲気だけじゃなく中身もそっくりなようだ。


しかしなおも揺れる甲板上で、ミランダを含む少女達は中々立ち上がって移動できないでいる。


 白く輝く稲光はますますその発生頻度を増し、その悪魔の嘶きのような轟音は嵐に震える大気を容赦無く引き裂いていく。


「んしょ、んしょ……きゃぁあ!!」


ミランダは必死に俺の手を引いて船内に繋がる入り口に移動しようとするが、激しい揺れと豪雨がそれを許さず、何度も転倒する。


再び、ひと際強い稲光が俺たちを包み込み、視界がホワイトアウトする。雷鳴は音の衝撃波となって、鼓膜どころか船全体を揺らす。


俺は咄嗟にミランダの上に覆いかぶさり、目をぎゅっと瞑った。


 皆を守りたいと心から願った。自らの危険を顧みず俺を助けてくれた皆を。ミランダを。


 その刹那。



俺は自分の体の中に大きな力が湧き起こるのを感じた。やがてそれは光のような速さで瞬時に体外へ膨らんでいった。



「きゃぁぁああああああ!! 死ぬ~~~~~…………?」


 状況を察したのか、俺の下にいるミランダの悲鳴が疑問形になる。


「なん……だ? 今確実に落ちたと思ったが……!?」


「ウチも絶対死んだ~おもたわぁ」


「な、何にせよ余は生きていて、船もまだ飛んでいるのであれば! 今のうちに避難するのじゃぁぁ!」


 甲板上は不思議と揺れも収まっていた。俺は少女達と共になんとか船室に駆け込んだ。


「皆大丈夫!? 原因は不明だけれど、突然この船を中心に超強力な結界のような物が形成されたお陰で何とかなったわ! 今のうちに急いで離脱する!」


 伝声管というものだろうか? 壁から突き出た、先端がラッパのような形になっている管から声が聞こえた。


「こっちは全員無事ですっ!」


 ミランダが伝声管に向かって応える。


伝声管は、以前海外で第二次世界大戦の頃に運用されていた戦艦を見学した際に見たことがあったのだが……やはりここは船、それも「空飛ぶ船」の中らしいな。


「くちんっ!」


 額に一本、尖ってはいないが角のような突起物を出した背の高い童顔の少女が、可愛いくしゃみをした。

彼女に続いて他の面々も次々にくしゃみをする。


「ぶぇっくしゃい~!」


 かくいう自分もだ。長時間風雨に晒されて全員体が冷え切っている。


「ふぇ~……これは、取り敢えずシャワーを浴びて服を着替えた方がいいね」


 ミランダがそう言いながら。


 おもむろに。


 その場で服を脱ぎ始めた。


「うわぁぁぁぁあああああ!! ななななにしてんだぁ!!」


 くそ、不意打ちだったせいで、ぷるんと零れ落ちる小ぶりな果実をしっかりと見てしまった!


 俺は目をつぶって頭を振り、目に焼き付いた映像を必死に頭から振り払った。


「きゃぁー! アカンてミラちゃん! 今は男の人もおるんやから!」


「何しとんじゃミランダぁぁああ! コイツがもし女と見れば見境無しの性獣だったらどうするつもりじゃぁ!!」


 ミランダのシャツから躍り出たモノを、二人の少女が慌てて隠す!


 いや、俺みたいな紳士を捕まえて、性獣とは酷いだろ!!


「へぇ? トモエちゃんに比べたら私の体なんて全然だし、減るものでも無いかなって……」


「減る! 減ってるから! それにミラちゃんの体だって立派な女の子やから! これからはちゃんとしてや!?」


「ま、まぁソフィちゃんと比べたら、そりゃあ少しはあるけど……あ、でもソフィちゃんには一部に確実な需要が存在しているから、やっぱり私なんかより……」


「それ以上言うと余も堪忍袋のテイルがスラッシュじゃぞ……」


 何やら聞いた事のあるような姦しいやり取りだ。ラインの乙女達は無事だろうか……。


「あの~、取り敢えず、プロデューサー様? に先にシャワーを浴びてもろたらどないやろ? ウチらは着替えもあるけど、プロデューサー様は身一つやし。シャワー浴びてもろとる間に服を乾かしたらええんやないかな?」


 トモエと呼ばれた少女は、ゆったりしたテンポの中に知性を感じさせる喋り方が、何となく入間に似ている。


「いや、それは悪いよ。俺はその後でも……」


「そうじゃそうじゃ! 遠慮しろバカ者! 勇者だか賢者だか知らんが、余は森の民の王ぞ! 余が先にシャワーを浴びるのじゃ!」


「いや、トモエちゃんの言う通りだよ! プロデューサー様は早くシャワーを浴びないと風邪引いちゃうし! ソフィちゃんも王様なら寛大なところを見せないと!」


「チッ……ミラの顔を立ててここは譲ってやるがな、調子に乗るんじゃないぞ!?」


「は、はぁ」


 何とも、俺はソフィと呼ばれたトモエとは真逆の低身長貧乳少女に随分と警戒されているようだ。


「森の民の王」という言葉と異常に整った顔立ち、それと尖った耳が気になったが……随分凝ったコスプレだ。中二病にでも罹患しているのかな?


 結局俺は少女達に押されて、先にシャワーを浴びる事になってしまった。


複数の個室で区切られたシャワールームの一つに入る。


シャワーを浴びて体が温まると、ようやく少し落ち着いてきた。


怒涛の展開をとにかく頭の中で整理しなければ。


俺はついさっきまで武道館にいた。しかしそこから突然、空の真ん中に放り出されてこの「空飛ぶ船」に救助されたのだ。


ここが何処か、今がいつかも分からない。状況を見た限り、現代日本ではない事は確かなようだが……。


ともかく情報が足りない。話を聞いてみない事には考えても仕方ないだろう。


 俺が考える事を一旦放棄したタイミングで、シャワールームの扉をノックする音が聞こえた。


「あのう、入ってもええ? 服を乾かすさかい……」


 薄くドアを開けて顔をのぞかせたのは、トモエだった。


「俺は大丈夫ですよぉ。む、むしろトモエさんの方が大丈夫かい? 全裸の男と至近距離で……」


「は、恥ずかしいに決まってるやん! はよう済ませて出ていくから!」


「はは、だよねぇ……」


 ミランダは脱衣籠からスーツを取り出しながら話しかけてきた。


「プロデューサー様……さっき雷に打たれそうになった時、ミラちゃんの事を庇ってくれはったなぁ?」


「あ? あぁ、そうだね」


「ホンマ、おおきに! ウチ、実はプロデューサー様の事警戒しとったんよ。もしかしたら悪い魔王はんかもしれへんかったワケやろ? そうでなくとも初対面のお人やし……けど、命がけでミラちゃんのこと守ってくれはるような人なら信用できるわ」


「はは、先に助けてもらったのは俺だから! それに彼女も言ってたろ? 死にそうな人を助けるのは当たり前だって。俺もそう思うから」


 このトモエという女性は皆の姉的な存在なのかもしれない。


「トモエさん。俺は一刻も早く元居た場所に帰りたいんだが……どうすればいいか分かるかい?」


 俺は焦っていた。


 当然だ。


 あんな状況からここに放り込まれたんだ。


 未来は。


 ラインの乙女は……一体どうなった。


「それは……」


 トモエが口ごもる。


「シャワーが終わったらメルティナはんが説明してくれはるから……。ウチには上手く説明できひんし……」


 良く分からないが、事態は複雑なのだろうか?


 トモエが黙り込んでしまった。


 話題を代えよう。


「ところで、トモエさんはなぜそんな……ローブを着て、フードを目深にかぶっているんだい? さっきは着ていなかったよね?」


 俺の質問を聞いたトモエは、ピタっと動きを止めた。


「あ、あぅあ、それは……」


 これまでとてもしっかりとした受け答えを続けてきたトモエが突然しどろもどろになって悩んでいる。


 俺は聞いてはいけない事を聞いてしまったのか?


「あぁ、ごめん。聞いちゃマズい事だったなら謝るよ。俺の質問は無視してもらって構わない」


「い、いや、ええんや……つい今しがたプロデューサー様の事信用する言うたとこやのに……あの子……ミラちゃんにもそんなん着ていかんでええて言われたんや」


 トモエはもじもじと小声で言葉を紡ぐ。


「ウチほら……アレやろ?」


「アレ? 超可愛い女の子だって事なら同意するけど……」


「いややわぁ! ホンマ上手なんやから……あぁ、せや……プロデューサー様はなんも知らへんのやもんなぁ……ウチはその、鬼族なんや」


 鬼族。額の突起はやはり角だったのか。いよいよファンタジーだな。


「そうなんだ。僕が住んでいた所にも鬼が出てくるおとぎ話があったから知っているよ。それがどうかしたのかい?」


 フードの奥からトモエが俺の瞳をのぞき込んでくる。俺はその瞳を優しく見つめ返すよう努めた。


「ウチの事……怖くないん?」


「さっきも言ったけど、君みたいな可愛い女の子のどこに怖い要素があるんだい? 角だって可愛いもんだよ。俺からしたら」


 コスプレみたいで。


「そ、そないなこと言われたの初めてやわ……」


 トモエが頬を赤くしながら恐る恐るフードを取る。


「あぁ、それがいい。顔を隠すなんてもったいないよ」


「……でも、この世界の人たちの大半はプロデューサー様みたいには思ってくれへんから、船を降りる時はいつもこのフードが欠かせへん。プロデューサー様が優しい人でホンマ良かったわ。これから先、船の中でもフード被らなアカンのかなって思てたトコやもん」


「それじゃあ良かった。その可愛い顔がいつも隠れてるなんて勿体ないからね」


「もう、そないに可愛い可愛い言わんといて! ほっぺが熱ぅなってきたわ!」


「はは、そんな分厚いローブを着込んでいるからじゃないの?」


 どうやらこの世界では鬼族は差別されているらしいな。鬼族とバレれば街を歩けないほどとはよっぽどだ。


 おとぎ話の桃太郎でも、鬼は悪の象徴の如く描かれる。


 この世界の鬼族がどんな歴史を持っていて差別されるに至ったのかは知らないが、俺の目の前にいるトモエという人物は間違いなくただの善良な女性だろう。


「あぁ、ホンマはこないなけったいな話しに来たんやなかったわ。早くプロデューサー様の着るもの乾かさな」


「あー、それにしても、どうやって乾かすんだい? ここには乾燥機もあるの?」


「カンソーキ? そないなもんはあらへんけど……もちろん火術で乾かすんや。ウチ、こう見えて火術も使えるんや」


 トモエははえっへん! と、ただでさえ大きい胸をさらに突き出す。


「すまない、そもそもその「ヒジュツ」ってなんだい?」


「プロデューサー様がいた世界には「術」があらへんの? ……超不便そうやね」


「いや、その「ジュツ」という言葉が何を指すのかも分からないからね……今から使うのなら見せてもらえるかい?」


「もちろんええよ?」


 俺は全裸のまま仕切り壁の向こうから「ヒジュツ」とやらを観察した。


 トモエが脱衣籠の中から俺のスーツを取り出すと、目を瞑った。


 集中しているのだろうか?


 やがて目を開けるとスーツがその場にふわりと浮かび、濡れてしんなりとしていたスーツがみるみるうちに乾いていく。


「ジュツ」って、もしかして「術」か? 魔法みたいなものなのか? 俺は本当におとぎ話かゲームの世界にでも来てしまったのか?


 折角シャワーを浴びて落ち着きを取り戻していた脳が、再びぐわんぐわんと揺れだしたぞ。


「どうや? 凄いやろ? 火術って制御が難しいよって、基本属性の中では使える人が少ないんやで」


 トモエは俺に向かってちょっと得意そうに微笑んだ。


「確かに感心……というか感動したよ。本当に魔法だ……。俺も練習したら使えるようになるのかな?」


「さぁ、この世界では小さい頃から術が使えるのが当たり前やさかい、大人になって最初から覚えようなんて人は少ないし……中にはミラちゃんみたいにどうやっても術が使えん人もおるから……あ」


 トモエはしまった、という顔をして自分の口を隠した。


「……プロデューサー様、今の話は聞かんかった事にしてくれはります?」


「あ、ああ」


 ミランダは術が使えないって部分かな?


「この世界では術が使えへんいう事は、ウチが鬼族であるいう事と同じか、それ以上に生き辛い事やさかい。その、気ぃつけてな?」


 ミランダに対して術に関する話題は避けろという事だろうか?


「あぁ、分かったよ」


「良かったわぁ。プロデューサー様がホンマ優しいお人で助かったわ……なんや、安心したら腹減ってきたわ」


 トモエはほっと胸を撫で下ろしたようだ。


 本当にミランダを大事に思っているみたいだ。


「あー、ところでそろそろ出たいんだけど、いいかな?」


「はっ……あう、ごめんなさい! 堪忍してなぁ~!」


 トモエは頬を赤くしながら脱兎の如くシャワー室から飛び出していった。


長年着慣れたスーツに袖を通す。裾が少し焦げているが、元々ダークグレーなのでそれほど目立たない。


ここからだ。とにかく現状を把握しなければ。次にどうすれば日本に帰れるかだ。


シャワー室の扉を開けると、ミランダが待っていた。


「プロデューサー様! メルティナ船長が呼んでいるので、ブリッジに来てもらえますか?」


「分かりました」


 ブリッジ。男の子なら心踊る響きだ。


 俺は頭の中に、以前観たアニメに登場していた宇宙戦艦のブリッジを想像しながら、ミランダの後ろについて歩いた。


 少し歩いて、それまで通路で見たものと比べて一際大きな扉をくぐると、そこには先ほどまでの嵐が嘘のような青空が広がっていた。


「おお、すごい……」


 俺は思わず感嘆の声を漏らした。


 ブリッジは前半分がフレームで区切られた巨大なガラスの様な物で覆われていて、どこまでも続く青い海と、濃紺の青空が広がっている。


知性に満ちた鋭い目つきの少女が椅子から立ち上がって俺に微笑みかけた。


「ようこそ我がサンドバイパー号へ。歓迎するわ」

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