鬼の五氏族
トモエの渾身の一撃によって頭蓋を潰された地竜は、地響きを立ててその場に倒れた。
着地したトモエは金棒を放り捨て、地竜の腹の部分に駆け寄る。
するとトモエは躊躇いなく地竜の腹に腕を突き刺した。
地竜はほぼ全身が硬い鱗で覆われているのだが、敵に見せる事のない腹の部分には鱗が無いらしい。
突き刺した腕で地竜の腹の中をまさぐると、ジャラジャラと耳障りな金属音を立てる物体を引きずり出す。
鍵束だ。
そこまで終えるとトモエの「自己強化」が解け、普段のトモエの姿に戻っていた。
「ぐあ~~~~……死ぬかと思た……」
そう言うと、トモエは大の字になって仰向けに倒れこんだ。
俺は慌ててトモエに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
トモエは全身血塗れだ。
どれが本人の血でどれが返り血か全く判別が付かない。
「あぁ……体は大丈夫や……どこも痛くはない……もう全部修復されとる……。腕力とタフさがウチらの取り柄やさかい……せやけど、あぁ……腹減ったなぁ~……」
くぅ~……というトモエの腹の虫を聞いた途端、ようやく俺の緊張の糸も途切れた。
「はぁ~~~~……良かった……トモエが無事で良かったぁ~……」
気が付くと、俺の目からはポロポロと涙が零れていた。
「ちょちょっ……どないしたんコーイチ!?」
驚いたトモエが飛び起きる。
「どーしたもこーしたもないだろ!? なんであんな無茶したんだよ! 使命だかなんだか知らないが、死んだら何一つ果たせないまま終わりなんだぞ!!」
「いやぁ、イケると思たんやけど……ちと自惚れとったんかもなぁ、ハハハ……」
「ハハハじゃねぇ!! 俺はまた失うのかと……!」
俺が言葉を詰まらせると、トモエは不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「失う?」
「いや、こっちの話だ……とにかく! 君のプロデューサーとして、もうこんな無茶をさせる訳にはいかん! これからは俺の言う事もちゃんと聞いてもらう!」
「いや、ホンマ悪かった……最初は足手まといやと思たんやけど、コーイチがおらんかったら百パー死んでたわ。やるやんコーイチ! これからはもっと頼りにするで」
「ああ、そうしてくれ。俺には命懸けで守る覚悟がある」
「あ~、そこまで言われるとちょっとその、えっと……よろしゅう頼みます」
何やらもじもじしているトモエ。
まぁ、それだけ全身スプラッタでは気持ち悪いだろう。
その後、俺はまず水術でトモエの血塗れの体を洗い流した。
水の無い所でも当然のように発動できるとはどういう事なのか。
空気中の水分を集めているのかとも思ったが、そういう訳でもないようだ。
「だは~! さっぱりしたわぁ! コーイチが水術覚えてくれて良かったわぁ!」
全身ずぶ濡れになったことで、トモエの豊満な肉体のラインが露わになる。
万有引力によって引き寄せられる視線を、俺は全力で引き剥がした。
俺が自分の邪な心と対峙している間に、トモエは濡れた服を火術で秒速乾燥させていた。
あぁ、な、名残惜しい……。
「それじゃあ、まずそこの扉を開けてみようか。中にまだ隠れている鉱夫の人たちがいるかもしれないし……」
扉の方に向かおうとすると、トモエに止められた。
「や、ちょっと待ってもらってええか? 先にあの二人を解放したいんやけど……」
「……? いいけど?」
俺達は来た道を少し戻って二人のいた部屋に向かった。
「地竜を倒したぁ!? 一人でか!?」
高速具の外れた手足を軽く振りながら、ツバキは目を見開いて驚愕した。
「や、二人でや。コーイチの的確な支援があったから何とかなったんや~」
「な、なるほど。いやしかし地竜の成体ともなれば鬼でもかなりの人数はいないと……」
「……その人ならできても、おかしく、ない」
突然、それまで一度も口を開くことのなかったサザンカが言葉を発した。
「……あ? なんでだサザンカ?」
「トモエ……鬼が島五氏族の一つ、金熊の長子につけられる、名前……」
サザンカの言葉を聞いた途端、突然ツバキが強烈な殺気を放ち始めた。
トモエも反射的に俺を守ろうと前に出る。
「……どないしたんや? なんぞ気に障るような事でも言うた?」
ツバキは敵意を燃やした目でこちらを見つめる。
「……何が目的や? 何が目的でアタイらを助けた?」
「……は?」
トモエは心底意味が分からないという顔をしていた。
「アタイらを拷問して隠れ里の場所を吐かせようってハラか!? あぁ!?」
「いや、何を言うてるんか全然分からへんのやけど……ウチはただ、奴隷にされてる二人を助けたかっただけなんや」
「信じられねぇな!!」
ツバキは吐き捨てるように言った。
「口を出して悪いけど……本当だよ。さっきも話した通り、僕らは市の依頼を受けて鉱山にカギツメモグラの駆除に来ただけなんだ。……ところで気になったんだけど、さっきサザンカさんは、鬼ヶ島五氏族って言ったかい?」
「……? あぁ、それがどうした?」
ツバキは俺が何を言いたいのかが分からず怪訝な顔をしていたが、トモエは何かに気付いたようだった。
「ああ、あんたらもしかして、石熊の……?」
「……!? まさか、今気付いたんか!?」
「……?」
俺が気付いたのは、トモエがさっき「四氏族」と言っていたのに対して、サザンカが「五氏族」と言ったことだ。
そこに何か誤解を解く鍵があるかもしれないと思って指摘しただけなんだが……なにやら鬼族同士で勝手に納得しあっている。
出来れば俺にも説明して欲しいんだが?
「ウチが生まれるより前の事やから、寺子屋でチラっと聞いた程度しか知らんねんけど……鬼が島には代々「四氏族」っちゅう貴族みたいな家柄があって、その四つの家が島を支配しとるんや。でも昔は星熊、金熊、虎熊、牙熊の四氏族以外にももう一つ石熊ってのがいて、全部で五氏族だったんやと。そこから石熊が鬼ヶ島を出て行って、今の四氏族になったとか……」
「はぁ? 鬼ヶ島じゃその程度の事しか教えてないってのか!? ふざけんな!」
トモエの話を聞いたツバキは激怒し、拳で激しく地面を殴り付けた。
「石熊はただ出て行ったんじゃねぇ! お前ら四氏族に裏切られたんだ! お陰で石熊は他種族の連中から隠れて放浪する生活を強いられてんだ!」
ツバキは牙を剥き出しにして吠えるように捲し立てた。
「アタイは分家の中でも木っ端みたいなモンだけど、それでも石熊の端くれだ! お前らが忘れようとも、石熊の恨みの炎は昨日の事のように燃え上がったままなんだよ!」
「鬼ヶ島に住んどる鬼達は島の外に出る気が無いから、石熊の事を教える必要は無いと思たんかも……」
「舐めくさって……!」
なぜか落ち着いているトモエをよそに、ますます殺気を滾らせるツバキ。
流石に俺も緊張してきたのだが、次にツバキとサザンカの取った行動は俺には予想外のものだった。
「それでもアタイ達には、こうする他無い……!」
ツバキとサザンカの二人は地面に正座すると、トモエに向かって土下座をしたのだ。
「私達の命を助けて頂き、感謝する……命の恩は、いつか命で返すまで決して忘れませぬ……!!」
「私はサザンカ……石熊の長の長子で……あります……。この御恩は……石熊の名の在る限り……決して忘れられる事は……ありませぬ……」
鬼は他人から受けた命の恩は決して忘れない……か。
トモエはこの二人を鬼として信頼していたのだ。
見ず知らずの二人だけれど、鬼としての在り方を信じていたから、落ち着いていられたのだ。
「はは、うっかり石熊の長の娘に恩を売ってもうたか~。どういたしましてやで。……二人は死んだ事にしとくさかい、地竜の掘った穴から山の反対側に出るとええで。二度と奴隷商人に捕まらんようにな」
「くっ……何から何まで、情けない……」
ツバキは立ち去る直前に振り返って、
「この借りは必ず返す! それまで死ぬなよトモエ! コーイチ!」
声を張り上げてそう言うと、暗闇の中に消えていった。




