ツバキとサザンカ
「はっ……ほんの少し前までは平和な日本でアイドルのプロデューサーやってたってのに、今はこんな所でドラゴン退治とはね」
「アイドルのプロデューサーやったら今でもやってるやん。ウチらのプロデューサーなんやろ? コーイチは」
「はは、もちろんそうさ。君達をトップアイドルにするまで粉骨砕身、頑張るつもりだよ」
かなり小声でボヤいたつもりだったのだが、トモエに聞こえてしまったようだ。
人生どうなるか分からないもんだ、なんてありふれた台詞では片付けられないほどの異常な状況。
今でも朝目覚めると、時折自分の状況が把握出来ずに混乱し、そしてあの瞬間を思い出しては思い悩む。
この世界は一体どう成り立ったんだろうか?
そして一体どこにあるのか?
俺がいた世界との関係は?
俺は何故ここに呼ばれた?
……ラインの乙女はどうなった?
暗闇の坑道をただ静かに歩いていると、やがて思考が空転し始める。
気分転換にトモエと何か話そうと思った時だった。
「扉のついてる横穴がある!」
トモエが瞳を輝かせて駆け出す。
もし本当にトモエの友達がいたら……トモエはどんな顔をするのだろうか?
トモエはノブをもぎ取りそうな勢いでドアを開けた。
俺もトモエの背後から部屋の中を覗き見る。
「だ、誰!?」
部屋の中にいた少女二人は怯えていた。
麻でできた粗末な貫頭衣に身を包み、痩せた手足に金属製の輪が巻き付いている。
伸び放題の髪の毛からは、トモエと同じように先端が切り落とされた角が覗いている。
「スズちゃん……やない、か」
どうやら目当ての人物ではなかったようだが、トモエはあまり落胆してはいなかった。
元々それほど期待していなかったのだろう。
「スズちゃん?」
「あぁ、こっちの話。ウチは君達を助けにきたんや。ほら見てみぃ」
トモエは自分の額にある角の痕を指さした。
「あ、アンタも鬼なの……!?」
少女達の瞳から怯えが消える。
トモエが同族という事で信用を得られたようだ。
「後ろの男は?」
「あー、コーイチは……せやなぁ。友達、同僚……? 自分ら『プロデューサー』って言葉知らんよな?」
少女二人は首を振った。
「取り敢えず同僚でいいんじゃないかい?」
共にサンドバイパーの船員とすれば同僚だ。さらに言えばトモエが先輩。
「ウチはトモエ。こっちはコーイチや」
「アタイはツバキ。こっちはサザンカ」
ツバキと名乗った少女の方は少しこちらに心を開いてくれたようだが、サザンカと呼ばれた少女は一言も発することなくツバキの背後に隠れている。
「そんな恥ずかしがらんといてぇな。ウチらは市の依頼でここの鉱山の人達を助けに来たんや。ここに残ってるのは二人だけ? ほれ、鮭とばでも食べるか?」
トモエは懐からさらりと赤黒く細長い物を出した。
た、確かにトモエが甲板で何やら干物を作っているのを見たことがあった。
「さ、鮭とば? い、いや、それは遠慮しとく。奴隷はアタイら二人だけさ。もしかしたらまだ鉱夫がこの先に取り残されてるかもしれないけどね。アンタ……はぐれ鬼なのに奴隷じゃないんだね」
「ウチは、運が良かっただけや。鮭とばほんまにいらへん? 美味いのに……まぁほんまは鮭やないねんけど」
トモエはがじがじと鮭じゃないとばをかじりながら苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、アタイは究極に運が悪かったんだね。とっつかまって奴隷にされた挙句にこのザマだ。ドアが閉まってたんでモグラはやり過ごせたけど、ここから動けやしない。地竜の唸り声も聞こえるし、万事休すって感じ」
ツバキは半ば自棄になっているようで、なんとも投げやりな態度だ。
「あんた達二人はウチが必ず助ける」
そんなツバキの目を真っ直ぐに見て、トモエはそう言い切った。
「はん、心意気は嬉しいけどね。どうするつもり? 鎖も足枷も鬼用の特別製だ。鍵が無きゃ外せない。持ってるのかい?」
トモエは黙って首を振った。
「せやけど待っといて。ウチが必ず鍵を探してくるさかい」
「期待しないで待ってるよ」
俺とトモエは部屋を出た。
サザンカの方は一度も言葉を発する事無く、トモエをじぃっと見つめるだけだった。
「トモエ以外の鬼族を初めて見たよ」
「コーイチは運がええよ。鬼族は地上ではほとんど見かけんさかい。こない短期間にウチも含めて三人も見れたんやからな」
「地上では? 鬼族はどこか地上とは別の場所に住んでるのかい?」
「せやで。鬼族が住んどる『鬼ヶ島』は浮遊島の一つなんや」
浮遊島! 初めてアゲイド市に行った時に見たアレだな。
あの時見たのは浮遊山脈だったか。
「鬼族の大半はそこに住んどるんやけど、地上にも少ないながら鬼族が住んではるんや。せやけどまぁ色々あって、鬼族は他の種族から忌み嫌われとるから……」
鬼族が他種族からどんな感情を向けられているかは、さっきの傭兵団の反応で分かった。
近年も鬼族の起こした事件は色々あるようだが、それだけではない根深さのようなものを感じた。




