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鉱山の事情

「ん~~。久しぶりに思いっきり振ると気持ちええね」

 そう言うとトモエは俺を解放した。

 突然手を離されて地上数十センチから地面に落下した俺は受け身も取れず、体の前半分を地面に強打した。

「って~~! も、もうちょっと優しく下ろしてくれぇ!!」

「悪い悪い! コーイチ、ウチから離れたらアカンよ。ウチがコーイチを守るさかい、コーイチは見学しとき!」

 何とも情けない。

 もう二度とアイドルを失わない為に命懸けで守ると誓ったのに、現状は立場が逆か。


 カギツメモグラは尚も四方から俺達を屠らんと迫る。


 トモエが布の巻かれた棒を振る度に、それらは一撃で命を刈り取られていく。


 布はみるみるうちに真っ赤な血で染まっていった。


「その、トモエの得物にはなんで布が巻いてあるんだ?」

 トモエは苦笑いを浮かべながらも答えてくれた。

「それは……ウチがフード被ってるのとおんなじ理由。これは、ウチら鬼族の象徴的な武器やさかい。隠しとかんと正体がバレてしまうんや」


 鬼族の持つ象徴的な武器といえば……アレか?


「せやけど鬼族は皆、最初にこの武器の使い方を教わるから、今でも一番しっくり来る」

 話しながらもトモエは一頭、また一頭とカギツメモグラを肉塊に変えていく。


 そうして小一時間も過ぎた頃。

 ようやくカギツメモグラは全滅した。


 傭兵団は多少の負傷者を出した程度の損害で済んだが、鉱山関係者には数十人の犠牲者が出たようだ。


「おい貴様らっっ!! 遅かったじゃないか! これだけの損害をどう保障してくれるんだぁ!?」

 傭兵団が怪我人の手当てなどをしていると、事務所のような建物からでっぷりと太った偉そうな態度の中年男が飛び出してきた。

「貴様らがもっと早く着いておればこんなことにはならなかったんだぞ!?」

 男は口から大量の唾を飛ばしながら、傭兵団に向かって罵声を浴びせる。


 この鉱山の責任者だろうか?

 矢面に立ったのはやはりあのリザード族の男だった。

 どうやら彼は傭兵団のリーダーらしい。


 そりゃそうだよなぁ。


「おいおいオッサン、俺達は市に依頼されて『鉱山に大量発生したカギツメモグラを至急退治してくれ』と言われて来ただけだぜ。間に合わなかった場合の話なんて、契約には無ぇ。それに俺達は風の大精霊を擁する遺失船に乗って駆け付けたんだぜ? 何が言いたいかってーと、これ以上に早くここに到着する方法は無ぇってこった」

 リーダーのもっともな言葉にも、鉱山責任者の男は引き下がらない。

「知るか!! 俺は被害者だぞ!」

「そもそもこの鉱山は市営だろうが。損害が出てもアゲイド市が補填するんじゃないのか?」

「馬鹿者! 市営ではあるが、俺が利益の一部を受けとる代わりに運営を委託されとるんだ! お陰で損害の補填も俺が負担せねばならんのだ! 一部ではあるがな!」

「ハン、なるほどね」

「こうなったら貴様らの不手際を市に訴えて補填費用をむしりとってやるからな! ったく無学なトカゲ野郎め、イライラさせおって!」

 責任者の男の一言で、傭兵団にざわめきが広がる。


「あ~あ」

 トモエも俺の隣で苦笑いを浮かべている。


「どうしたんだ?」

「リザード族に『トカゲ野郎』は……禁句やんなぁ」


 リーダーの全身が硬直し、目に見えそうなほどの殺気が立ち上る。


「てんめぇ……今なんつったぁ……!?」

「む、むぅ!? なんじゃぁ貴様! この俺に手を上げようってのか!?」

 強気な受け答えとは裏腹に、責任者の男の声は震えている。


 そんなに臆病ならケンカ売らなきゃいいのに……。


「取り消せぇッッ!! さもないと、誰が相手だろうが落とし前はきっちり……」

「ぎっっっ!?」


 男が突如奇声を上げたかと思うと、白目を剥いてその場にバッタリと倒れこんだ。


「あぁっ!! リーダーがやっちまったぁ!!」

「待て待て! 俺はまだ何もしてねぇぞ!!」

 皆が不思議に思って顔を上げると、責任者の男のすぐ背後に別の男が立っていた。

「あぁ、やったのは俺だよ」

 その手には木製のスコップが握られている。

「このクソ野郎が失礼したな。普段からムカついてたが、助けに来てくれたアンタらに対してあんまり無礼なもんでよ。つい鬱憤を晴らしちまった。俺はここの鉱夫どもを仕切ってるウェッジってもんだ。よろしくな」

 ウェッジが手を差し出すと、リーダーはその手をがっちりと握り返した。

「俺はゲーハだ。ようやく話の出来そうなのが来て助かったぜ」

 リーダーはゲーハという名前だったらしい。

 他人を普段あだ名や役職名だけで呼んでいて、うっかり本名を忘れちゃう事ってあるよね。


「とりあえずモグラ共は全滅出来たが……何があったんだ?」

 ゲーハに促され、ウェッジは事の顛末を話した。


「二日ほど前かな、突然坑道に大量のカギツメモグラが現れるようになったんだ。元々山の反対側に住んでた連中が何故かこっちに来たのさ。それで採掘を中止して自分達で追い払おうとしたんだが、数が多すぎた。それで伝心石を使って助けを呼んだんだ。だがアンタらが来る直前に突然カギツメモグラが一斉に穴から飛び出して来やがってよ」


 なるほど。それでさっきまでの混乱があったわけか。


「原因に心当たりはあんのかい?」

 ゲーハの質問にウェッジは首を振る。

「分からねぇ。ただ……時々坑道の奥から聴こえるんだよ」

「聴こえるって、何が――」

 ゲーハが聞き返そうとした時だった。


「GUUUUOOOOOOO……」


 という、地を這うよう地響きのような不可解な音が周囲に響いた。


 そしてこの音は確かに坑道の奥から聴こえているようだ。


「本当だな……何の音だろう? 風鳴りかい?」

 そう言いながら俺は隣にいるトモエの方を見た。


 トモエは目を瞑って音に耳を傾けていた。


「いや、これは……何か生き物の声やな……。唸り声や。それもなんや懐かしい感じがするわ」

「懐かしい? 何の声なのか分かるのかい?」

「いや、それは思い出せへんのやけど……」

 トモエは腕を組んで唸っている。


「まぁ中に何がいるにせよ、坑道のかなり奥だとは思う。なので俺達は一度坑道の中に戻って負傷者を救助する。出てきてないのが結構な人数いるからな。ドワーフにオークに、奴隷の鬼族なんかがな」

 ウェッジの発言を聞いて、今度はトモエが反応した。


 難しい顔で記憶を探っていたかと思うと、突然血相を変えてウェッジの肩に掴みかかった。


「ちょっと!! 今何て!? ここには鬼族の奴隷がおるんか!?」


 驚いたウェッジは身を縮める。


「な、なんだ? 確かにいるよ。二人ほど女の鬼がな。鬼は力仕事が得意だとか言って、さっき俺が殴ったバカが奴隷商人から買ってきたんだ! 俺は鬼族は怖いから嫌だったんだが、意外としっかり働いてくれてたよ。鬼族といえど、隷属鉄環があれば従順になるもんだな」

「……なるほど、その二人がまだ坑道の中に?」

「あ、あぁ。まだ出てきてない……い、痛いんだが! 離してくれないか!?」

 ウェッジの悲鳴を聞いて我に返ったのか、トモエはようやくウェッジの肩から手を離した。

「ご、ごめんなさい。そんで、ウチも坑道の中に行く。二人を助ける」


 何だって?


 俺はトモエの横顔を見た。

 希望と不安と決意をないまぜにしたような表情だ。


 たった今、初めてトモエという人物に出会ったような気がした。


「いや、あんた達の仕事は終わった。無理しなくていい」

 トモエは持っていた『棒』の先で、どんっ、と強く地面を突いた。

「無理でも親切でもない。これは使命なんや」


 そうして頭部を覆っていたフードと、『棒』に巻き付けられた布を取り払った。


 露わになったのは切断された角と、鬼族の象徴たる武器――金棒だった。


「ウチも……鬼やからな」


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