カギツメモグラ
「ちょちょちょっ……これ大変な事になってるわよ!?」
鉱山の上空に到着すると、伝声管からメルティナの慌てた声が聞こえた。
何やら状況が切迫しているらしい。
「な、なんじゃこれは……!? これじゃから普段やらんような仕事は受けるなとあれほどぉぉ!!」
ソフィも驚きに目を丸くしている。
俺も近くにあった窓から下を見てみる。
地上では沢山の人々が、さらに多くの黒っぽい獣のようなモノと戦っていて大混乱に陥っている。
「あの黒っぽいのがカギツメモグラかい!? 鉱山の中にいるんじゃなかったの!?」
「ウチもそう聞いたと思うんやけど……」
下の様子を見て傭兵団の面々もざわざわと騒ぎ出す。
「本来、カギツメモグラが山から平地に出てくる事は殆ど無ェ……特に昼間はな。それがこんなことになってるって事は、アイツらの住処に何かあったんだろうな。群れ全体で一目散に逃げださなきゃならねぇような理由が」
先ほど話したリザード族の男だ。
「これってでも……どこに着陸するの?」
ミランダがもっともな疑問を口にした。するとまるでその言葉が聞こえていたかのように、伝声管からタイミング良くメルティナの声が届いた。
「傭兵団の皆さん、このままじゃ着陸できないから、悪いんだけど――」
皆が息を飲んで次の言葉を待った。
「飛び降りて!」
「えぇ~~~~~~~!?」
皆の合唱が一つになった。
「百戦錬磨の傭兵団でしょお!? できるだけ低速、低空で貨物室のハッチを開けるから! よろしくね!!」
メルティナが有無を言わさず言い切ると、程なくして一気に船の高度が落ちる。
気持ちの悪い浮遊感に襲われる事数十秒。
「ハッチ、開けるわよっ!!」
貨物室内に凄まじい風が吹き込む。
俺は恐る恐る下を覗き込んだ。
地上までの高さは……これ十メートルくらいはあるんじゃないか!? 十メートルといえばビルの三階くらいの高さだ。
その上船は時速百キロ以上で飛行中!
「いやいや! ここから飛び降りたら全身を強く打って死……」
俺が言いかけた瞬間。
「行くぞぉッ! 俺に続けぇ!!」
またしてもリザード族の男が先陣を切って飛び降りた。
男は着地するとゴロゴロと数メートル転がり、その勢いを利用して事も無げに立ち上がって見せた。
「おいおいウソだろ……!」
リザード族の男に続いて傭兵達もどんどん飛び降りては地上での戦闘に参加していく。
この世界の連中はどいつもこいつも超人だらけか!?
それともこれくらい出来て当たり前なのか!?
「さて、ウチもそろそろ行くけど、コーイチも行く?」
トモエがいつの間にか隣に立っていた。
手には体に纏うローブと同じ素材の布で覆われた、身の丈ほどもある太くて長い棒状の物が握られていた。
これがトモエの武器なのだろうか?
「い、行きたいのは山々だが、俺の今の力量じゃバラバラ死体になる可能性が……!!」
ギフト能力の修行もかなりやってきたが、こういった衝撃にも耐えられるのかは分からない。
それに別段命を賭けるような場面でもないこの状況で死んだら、末代までの恥だ。……いや、死んだ場合は俺が末代か?
「ならウチが連れてったろ」
トモエはそう言うと、俺を荷物みたいに軽々と小脇に抱えると――
「うわぁぁぁあああああああああああああっっっっっっ!!」
ひょいと船から飛び降りた。
とはいえ空中にいたのはほんの数秒。
すぐに襲ってくる着地の衝撃。
トモエは慣性によって後ろに吹き飛びそうになる体を、その強靭な足腰でもって抑え込む。
俺達二人の体は十メートルほど後ろ向きに滑って止まった。
……着地の衝撃で舌を噛みかけたのは内緒だ。口は閉じておくべきだったな。
――しかし、安心したのも束の間だった。
「GRUUUUUUUAAAAA!!」
近くにいたカギツメモグラが凄い速さで猛然と突進してくる。
土佐犬ほどもある胴体に数十センチはあろうかという巨大な鉤爪を持ち、牙を剥き出しにして襲ってくる。
「どわぁあああああっっっっ!! く、来るなぁぁぁああっっ!!」
未だトモエに抱えられて身動きが取れない俺に向かって、カギツメモグラが飛び掛かってくる。
吐息も嗅げそうな距離にカギツメモグラの大口が迫った瞬間。
ボグゥッッ――という、肉や骨や内蔵、あるいは命そのものがひしゃげるような破滅的な音が聞こえて――
カギツメモグラは俺の視界から消え去った。
「……あ?」
五秒ほどして、十メートル先の地面に叩きつけられるカギツメモグラが見えた。
当然ながら、ピクリとも動かなかった。
今のがトモエの仕業だと気付くのに、俺にはさらに五秒の時間が必要だった。




