大皇帝
帝国騎士ミレイユ視点のエピソードです。
「よい、ミレイユよ、面をあげよ」
「はっ!!」
私は顔を上げ、彼女の……「大皇帝」の姿を見た。
「フ、フフ。中々面白い話であった。妾もそなたのような冒険がしたいものだな」
「はっ……」
その可憐な蕾のような口元が綻んでいる。
美しい。その美しさは神域に達しており、肺を潰されたように息をするのを忘れてしまう。
姿を見ただけで「この人の願いを全て叶えなければならない」という強迫観念が湧き上がるのだ。
見ただけで精神に干渉する程の影響力は実際の美貌や巨大な権力に対する畏れ等、多数の要因による複合的な力だろうけれど……。
大皇帝陛下が使うという他人の記憶や認識、精神に作用する「知術」の力もあるのだろうか?
私も副団長として「知術」に抗する術は学んでいるのだが……もし陛下が私に対して本気で術を使ったならば。
おそらく抗う事は出来ないだろう。
私は意識的に深い呼吸を心掛けた。
「これで異邦人を連れて帰ってきておれば、ハッピーエンドの完璧な冒険譚だったというのに、勿体ないことだな」
「申し訳ございません!」
私はサンドバイパーを取り逃がした後「大皇帝」の「直々に報告を聞きたい」という要請を受け、ここにこうして跪いている。
アマンドラ帝国の王城、十二人の円卓の騎士達が居並ぶ謁見の間。
「よい。それに此度の失敗はそなたには責が無い事も分かっている。挽回のチャンスはまだまだあろう。しかしてそれほど時があるわけではないのも事実。存分に実力を発揮し、次こそ妾にハッピーエンドを約束する事、期待しておるぞ」
私には責任が無い?
自分で言うのも何だけど、あれほどの失態を演じておいて責任を問われないなんて逆に恐いのだけれど!
「はっ……次こそは必ずや異邦人を捕らえてご覧にいれます!!」
「フム……妾は異邦人なら誰でも良いと申しておるワケではない。我が海で先日起きた宝嵐より出でたる異邦人を欲しておる。彼か彼女かは分からぬが、その異邦人は我が国の存続に必要である可能性が高いのだ」
何? ……なるほど、それで副団長である私がここでの直接報告を求められたわけか。
「……先日、帝室情報院の先見……妾の妹が見たのだ。災厄の時を。そして先頭に立ってそれに抗う影を。さらにその影が我が国の海原に降り立つ姿を」
「先見」というのは「時術」の使い手の中でも「未来予知」に特化した術を使う者の事だ。
陛下の妹君は極めて優秀な先見だそうだが、姿を見たことがある者は殆どいない。無論私も。
それにしてもサンドバイパーの連中が拾った異邦人がそれほどの重要人物だったというの?
それが分かっていれば、下着姿に剥かれたくらいで引き下がらなかったものを……!!
……いや、やっぱ無理。あんなの反射で悲鳴上げちゃう。
兎に角、サンドバイパー号は次に見かけたら絶対落とす。
「よって彼の異邦人は必ず我が国の手中に納める必要があるのだ。その任をミレイユ、そなたに頼みたい」
「はっ!! 次にサンドバイパーを発見した際には必ずや異邦人を捕らえてご覧にいれます!」
「ふふ、そうではない。ミレイユ、そなたの帝国国境空挺騎士団副団長の任を解く」
私は思わず顔を上げた。
「は?」
「そなたには彼の異邦人の追跡に専念してもらう。これよりそなたに騎士団長相当の権限を与える。遺失船セスランスも自由に使ってよい。新たな部下も与えよう。あらゆる手を尽くして目的を果たすがよい」
「承知致しました……!! このミレイユ、大皇帝陛下のご期待に沿えるよう、命を賭けて任務に当たります!」
大皇帝は私の返事に満足したのか蕾のような唇から「フフ」と息を漏らした。
「そう気張らずともよい。そなたが必ずや異邦人を連れ帰ると妾は信じておる」
「はっ、信頼していただき恐悦至極であります」
最初は左遷かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
まぁ左遷や降格なら大皇帝陛下が直々にお伝え下さるはずも無し。
しかし私は帝国軍に入って以来騎士一筋だ。
諜報部に類する部隊に一度も所属したことの無い私がこのような任務に着くというのは腑に落ちないけれど……。
でも陛下が私に期待しているというのは本当のようだ。
どういう経緯でこうなったのかは分からないけれど、期待される事は素直に嬉しい。
同時に、私がこの期待に応えられなかった時に何が起こるのかを考えると、今から背筋が寒くなる思いだ。
「さて、ミレイユよ。そなたへの話は終わったが、もう一つ余興に付き合わんか?」
「は……余興、ですか?」
陛下は酷薄な笑みを浮かべた。
私の全身に悪寒が走り、脂汗が滲み出る。
「そうだ。そなたの船はそもそも何故あの海域へ向かった?」
陛下は何故そんな事を聞く?
「はっ、それは帝室情報院からの情報により、あの海域でまもなく宝嵐が発生し、異邦人が落ちてくるとみられるので保護せよとの命令を受け……」
メルティナには近くにいた商船が目撃したと言ったが、あれは情報源を隠すための方便だ。
帝室情報院は存在自体が極秘だからだ。
「そうであろう。妾の先見……妹のフュイオンは優秀だ。世界には多くの先見がいようが、こと帝国内の事にかけてはフュイオン程の精度で見られる者はおるまい。ましてや宝嵐の発生する正確な日時や場所を見る事などできようはずもない」
なるほど、陛下が何を言おうとしているのかがようやく私にも分かった。
「だというのに、彼の異邦人を拾った船はそなたの船より先に宝嵐に到着した。あの海域は一般的な飛行艇の航路からもかなり外れている。偶然発見したとは考えにくい」
「つまり陛下は、我々帝国しか知り得ない情報をサンドバイパーの連中が知っていたと仰りたいのですね」
「ふ、そういうことだ。そして我々の情報を漏らした反逆者はもう捕まえてある」
陛下が指で合図をすると、謁見の間に一人の男が連れてこられた。
「へ、陛下! どうか御慈悲を! い、命だけは!!」
後ろ手に縛られ、兵士二人に挟まれている男は、恐怖に顔を歪めて必死に命乞いをしている。
「何でも話しますっ! ですからっ」
「話さずともよい。直接頭に聞く事にするのでな。ヴァナン!」
「はっ!……風よ、戒めの鎖となれ。『風縛』」
陛下の隣に無言で控えていた大臣ヴァナン・マッシュが風術を使う。
反逆者の男は一切の身動きが取れなくなり、直立不動で空中に静止した。
「んっんーっ! んんー!!」
どうやら声も出せないらしい。
ヴァナンが操っているのだろう、男は滑るように空中を移動すると、陛下の目前でまた静止した。
陛下は着けていた白い手袋を外し、男の頭に手を伸ばす。
「頭の中を浚わせてもらう。裏切り者にかける慈悲は無い故、乱暴になるぞ?」
「んっんー!?」
陛下の指先から淡い燐光が漏れだすと、男はがくがくと震えだし、白目を剥いて激しく悶え始めた。
「んぐーッッ!! んーーッ!! んうーーーーーッッ!!」
男が血の涙を流し始めたところで陛下の指先の光が消えた。
「はっは……なるほどなぁ……」
これが陛下の得意とする術の一つ、「知術」だ。
他人を操ったり、間違った認識を与えたり、今陛下が行ったように他人の記憶を閲覧したりと極めて危険な使い方が出来る術だ。
それ故に帝国を含む世界各国では知術は規制されており、使える者は必ず登録が必要だ。さらに許可なく使用すれば罰則もある。
大きな権力を持つ人物はこの知術の影響を受けないようにするため「知術避け」効果のある術具を所持していたり、知術をレジストする訓練を積んでおくのが一般的らしい。
「ふーッ、ふーッ、ふーッ……」
「さて、必要な情報は貴様の頭から頂いた。故に用済みだ」
陛下は再び酷薄な笑みを浮かべる。
手は男の額に触れたままだ。
男は目を見開いた。これから自分が何をされるのか、すでに悟っているのだろう。
陛下の得意とするもう一つの術が見られるのだ。
私はゴクリと喉を鳴らした。
「滅びよ『灰掌』」
陛下が短く詠唱した途端、男の目から光が失われた。
そしてサラサラと目にも見えないほど細かい粒子となって徐々に掻き消えていく。
これがもう一つの得意術であり、陛下を象徴する術でもある「灰術」だ。
ありとあらゆる森羅万象を「滅ぼす」事のできる凶悪な術。
使いこなせる者は世界に数人と言われ、中でも陛下は最高最悪の使い手だとか。
灰術によって滅ぼされた者は跡形も残らない。
「妾の『灰術』とくと見たか? 中々見られんのだぞ?」
「はっ……見事で御座います」
「ま、そうであろうな。強力過ぎる術故、うっかり使ってしまわぬよう手袋が手放せん。応用もあまり効かぬし、今ではこのように大罪人を処刑する際にしか使わぬ術だがな」
陛下は自嘲気味に語っているが、私は全身の震えが止まらなかった。
かつてこの帝国が他国の侵略に晒された際、陛下は自ら最前線に立つと、この灰術の一薙ぎで数万からの軍勢を消滅させたという逸話がある。
それを聞いた人々はいつしか大皇帝モリガン・アイネン・ゲルダ・アマンドラ陛下をこんな愛称で呼ぶようになった。――灰かぶり姫と。




